アトラ・ハシス

第三回リアクション

『微笑み、その奥に』

鈴鹿高丸

 すっかりと冬は訪れて。
 世界はやがて真白に覆われる。
 残した足跡も、何も無かったように消えてしまう。
 全ては真白に覆い尽くされて。
 その下にあるものが、隠されてしまう。
 それは、人の心にも、少しだけ。
 似ているのかもしれない。

*        *        *

「……ですので、ラルバさんを含め、もう島の外から来た人たちも祭具の一件に巻き込まれてる言ってもいいと……そう思うんです」
 オントを目の前にして、リエラ・ナ・スウラの口調はいつもに増して、消え入りそうなほどだった。心なしかその頬も上気しているように、隣に座る妹――マユラ・ナ・スウラには見えた。
「彼らのことは……正直、まだよくわからないけど……この間ここに来た人みたいに、ちゃんと話を聞いてくれる人もいます……ちゃんと話せば、力を借りられるかも……って」
 二人はラルバの世話・監視や日々の生活の合間を縫って、オントに会いにきていた。
 用件はもちろん、ラルバのこと。祭具の情報を提供しようというのも、その一つだった。
 そして。
「ラルバさんを、祭具の捜索に加えて欲しいんです。その許可が、欲しいんです」
 そこだけは、はっきりと伝える。それこそがリエラの、そしてマユラの言いたいことだった。ラルバは既に普通に行動するくらいなら問題ない程度に回復している。そこでラルバ自身が、願ったのだった。
 一刻も早く、村に帰りたいと。そのために、祭具の件があるというなら、その手伝いがしたいと。『仮面』と戦闘をした辺りや周辺に行ってみれば、思い出すこともあるかもしれない――と。
 二人はその言葉を聞きいれ、オントの元へと来たのだから。
 無許可で勝手に出かけることもできた。それでもこうしてやってきたのは、やはり筋は通しておかないと、と思ったからだった。
 珍しく即答せず、考え込むオント。
「もちろん、他の探索メンバーと混ぜるのは良くないでしょう。反感も買うかもしれないですし」
 そこへ、マユラが始めて口を開いた。あいもかわらず、年齢不相応の落ち着いた口調で。
「でも、もちろん誰もつけないというわけにもいかないと思います。ないとは思いますが、ラルバさんが逃げ出すことや、仮面の集団が再度現れる危険もありますし。そこで……カケイさんに、一緒に来ていただくようにできないでしょうか。カケイさんならラルバさんが何かしようとしても、仮面の集団が来ても心強いかと思います。ケセラお婆様も納得してくれるのではないでしょうか」
 長々と語り、ふぅっと息をつく。考えは大人びていても、まだ十も数えない年齢なのだ。口調だって本当に素の口調というわけでもない。マユラなりに、必死に『しっかりとした性格』でいようと気を張ってのものなのだから。
「……適わねぇな。今でこれだ。末が恐ろしいなこの子は」
 苦笑するオント。言い方は悪いが、その響きに棘はなかった。
「わかった。言いたいことは筋が通ってる。カケイに依頼してみよう。明日にでも聞いておく。ただな――ラルバの方だが……いずれ正式な代表者会談をすることになるだろうから、そこで詳細にはな」
 リエラもマユラもまだ言い足りないところはあったが、話はそこで打ち切られた。どうやらいつもに増して忙しいらしく、次の来客も待っているらしい。
 そして翌日。
 オントから、カケイ及びケセラの了解が取れた旨の連絡が入る。後はカケイと打ち合わせして日付なども決めてくれれば良い、ということだった。
 ケセラも不満はまだ残っていたが、変わらない状況を思えば仕方ない、ということのようだった。

*        *        *

「ここが、島の人たちの村なのね」
 湖の集落の近く。少し高台になっていて、集落を全て見渡すとまで言わなくとも、一部が見下ろせるところ。
 そこに、二人の人影がたっていた。
 声を発したのは、そのうち背の低い方。プラチナブルーの髪が風を受けてなびく。マール・ティアウォーターだった。脇に立つのは、護衛として一緒にやってきた、シャオ・フェイティン。どちらも島外の人間である。
 二人は連れ立って――というより、マールが頼み込んで、ここ湖の集落までやってきたのだった。歩みはマールに合わせたとはいえ、季節はもう冬。体力がないマールには辛い道中のはずだったが、それでも無事に着けたのは一重にシャオのおかげだった。マールに気づかれない程度に、マールに歩みを合わせ、それでも辛そうならば無理にでも休ませる。そういった無言の気遣いがあった。
「ありがとう、シャオ――じゃ、行こっか」
 それを知ってか知らずか、笑顔を見せるマール。心なしか村にいたときよりも溌剌としているように、シャオには見えるのだった。
 だまって頷き、シャオはマールの後を追った。

「おい」
 だけれど。
 到着して浮き立つ気分は、すぐに消えることになった。
 あがったのは、誰何の声。向けられたのは、明らかに、マールとシャオだった。
 集落には境界線となるような柵などがあるわけでもなく、二人はそのまま入りこんでいた。まずはマールの目的、族長と会うこと――とは言っても誰がそれか分かるわけもなく、ちょうどのその辺りにいる人間に声をかけようとした、そのときのことだった。
 屈強な男たちを中心とした数人がこちらへ寄ってくる。その中の一人が声をあげたようだ。
 相手に気づかれないように懐に手を入れる。それはシャオにとって、ほぼ反射的に身についている動きだった。
「お前たち、島の者じゃあないな。何をしに来た――まだ、島外のやつらが来るといった時までは日があるはずだが」
 声に、剣呑な響きが感じ取れる。明らかにこちらを怪しんでいた。まあ、当然のことではあるが。服装を見れば島の者ではないのは一目瞭然なのだから。
「わたしはっ、マール。マール・ティアウォーターよっ。お話があるの! 族長さんに、会わせてっ」
 叫ぶようにして、相手の一人、声をかけてきた中心にいる男に向けて声をあげる。
 いきなりの名乗りに、相手が戸惑うのがわかる。
「……いきなり何を言っているんだこのガキは。お前らが島の外から来たやつらの代表とは思えんな。それとも、向こうのやつらはこんなのを交渉役として送ってきたってのか?」
 その問いに、マールは首を振る。マール個人として、提案したいことがあってきたのだと、告げる。
「……お前は馬鹿か? やつらの代表でもない、個人的に族長に会いたい。島の人間でもないお前にいきなりそう言われてはいそうですか、と納得できるか。とりあえず貴様らは不審者として、拘束させてもらうぞ」
 男がマールの手首をつかむ。シャオが反射的にその手を払う。
 男とシャオの視線がぶつかり、にらみ合う。
 緊迫した空気が流れる。
「分かったもん。ついていくから、これだけは族長さんに伝えて。こっちと島の人たちとが争いにならないようにするために、案があるって。聞いてもらえばわかるって!」
 動こうとしたシャオを抑えて、マールが言い放つ。ここで争いになってしまっては本末転倒。シャオもそれを察する。
 では、と武器を全て差し出すように言われ、二人は手持ちの武器になりそうなものを奪われる。まあ、シャオの本当の武器は一見しても武器には見えないブレスレットだから気づかれはしなかったし、実は見られて困るようなものは集落外に隠してある。それほど問題はなかった。
 そして二人は集落の外れの、小屋といっても言い小さな家屋に押し込められる。
 そしてほどなくして。
 男が戻ってきて、こう言った。
「族長が、お会いになられるそうだ。ただし、そっちの嬢ちゃんだけだ。さっさと来い」
 舌打ちしながら、族長も物好きだと吐く男。
 結果的には、マールの思惑通りにことは進められそうだった。

「俺が、ここの族長、オント・ナ・ウスタだ。で、なんだね可愛いお嬢さん」
 目の前の大男が、そう告げた。
 別室で待たされていたマールの前に現れたのは、族長のイメージからは程遠い、いかつい男だった。
 果たして話が通じるのかと、少しだけ不安に思う。
「固くならんでいいから。時間もそんなにあるわけじゃない。話ってのは?」
 再度問いかけてくるオントに、うん、と心の中でつぶやくマール。
 村の大人たちなんかより、話が通じそうだもん。
 声に出さずにそういうと、オントに向かって口を開く。
「ええっと、まず……ごめんなさいっ」
 いきなりだ。相手が呆然とするのが分かる。
 あわてて、補足をする。
 原住民が居た島に知らずとは言え、無断で入り込んで村を作っている事、大人が何か悪い事をしたということについて、マールとしてまず謝りたかったのだということ。謝罪は村全体の意志ではなく、マールの個人的なことだけれど、分かりあえば謝りたいと思っている人も多い事も合わせて主張する。
「島のルールを知っていたら、そんなこともしなかったはず。村の大人は自分の事ばかりで、他の人を見ようとはしないけど、ダメって言われている事をする程悪い人は居ないもん。村の中でもルールを決めて、それは守っている……みたいだもん」
 続いて、その上で、自分たちには島の人間に危害を加えるほどの人数もいないと、その構成――男女や、年齢ごとの数を、詳細に伝える。子供と高齢者、しかも女性が多いのだ。それは分かってもらえるだろうと思った。
「だからこそ、島の人たちと仲良くしてきたいと、わたしは思うの。それで……ホームステイをできないか、って。まずは島の人たちの数人にこっちへ来てもらって。最初は短くてもいいから」
 そこで一拍間を置いて、改めてオントの顔を覗き込む。反応は特にない。視線で促されるようにされて、マールはさらに詳細を話していく。
 難民村に住んでいる間は村の仕事を手伝って貰い、住居は集合住宅を基準に受け入れ希望の個人宅も考慮すること。その間発生する問題に関してお互いに協力してあたること。双方のメリット――自分たちには働き手が足りないことや、交流によって島側の人間が持っている規律や禁忌をこちらに伝える機会がもてること、お互いの技術、知識が体験できること――語っていくなか、お互いの技術や知識の交換についてなどは、オントは興味のあるところを見せてくれた。悪くない反応だった。
 そのまま、動機についても語る。村の許可を得ずに、ここまで来て直接こうして話している理由。
 村の大人の為ではなく、島で生活していくのに今のままだと村同士が意固地になって、双方いがみ合い争いになるかもしれない。そうなると大人は自業自得だが、小さな子供が巻き込まれると言う危惧と、同じ島で近くに住んでいながら少しの事で相手を憎む大人が許せないので行動した事などを。
 そこで、オントの表情が変わった。それまではごつい体格に反して、落ち着いた、理解のありそうな、興味深そうに聞いていたその顔が――とたんに厳しいものになる。
「案は、興味がある。特に、知識や技術の交換なんかは、こっちとしても願うところだ。人手だけなら、余っているほどだしな。悪くはないと思う――がだ」
 言葉を切るオント。えも言えぬ圧迫感がマールを包む。
「お前さんの案に乗って、人を派遣したとしてだ。それはそっちの村で通るのかい? のこのこ出かけていって『そんな話は聞いてない』となったら、余計話はこじれないか? 俺はそっちの村とは穏便にやっていきたいと思っている。村の了解を得ずにやってきた女の子の案に乗って、村の大人ってのを許せないと反発している人間の味方について、その大人たちと俺たちは仲良くやれるのかい」
 決して大声ではない。落ち着いた声で言われるのが、かえって厳しく聞こえた。
「主張は分かる。したいこともな。お譲ちゃんの歳で、本音と建前を使い分けろなんてことも言わない。だが、主張だけするんじゃなくて、やり方ってのを考えないとな。お嬢ちゃん、順番を間違えてるわ。人を束ねる者としては、お嬢ちゃんの案に興味があっても、すぐさま乗るわけにはいかんよ」
 言い返せず、肩を落とすマール。
 だが、オントはまだ続けた。
「だけれども、だけれどもだ。案には興味がある。今月も、もう少ししたらタウラス、ってそっちの村のやつが来るはずだ。そいつとの話し合い――それに、あんたも出てもらう。そこで、もう一度説明を通しな。どっちにも了解を得られるようにな。それまで――そんな良いところじゃないが、仮住まいくらいはなんとかしてやろう。こんな可愛いお嬢ちゃんを追い出して死なれたりしたらこっちも後味悪い」
 じゃあ、ここまでだ。と告げるオント。監視は多少つくかもしれないが、その日までは自由にしていいと告げる。それはマールの年齢と見た目からして、さほど危険ではないと判断されたこともあったのかもしれない。
 すんなりとはうまくいかない。でもタウラスとの話し合いにも出れるのなら、それは考えていた範囲内のことだった。
 まだ希望もある。
 マールはそう思うのだった。

 戻ると、一旦シャオは集落を離れると言って出て行った。
 シャオはシャオなりに、色々と考えも目的もあるのだろう。元々、マールが滞在する場所を確保するまで、と思っていたらしい。とりあえず危険というほどのことはなさそうなので、マールとしても引き止める理由はなかった。
 話し合いの日まで時間はある。
 マールはその間に、集落内を散策する。
 そこにはまず、第一の目的があった。
 ほどなく、その目的が見つかる。
 忘れようものない大きな身体。カタラ・ナ・イスハークだった。
「んん? マールちんだよー」
 かろうじてマールのことは覚えていたらしい。マールにとって、島の人たちの中で唯一知っている人間だ。その風貌、体格からは考えられないほど幼い。
 さっそく、ホームステイの話をする。どういったものか噛み砕いて説明するのに骨が折れたが、なんとか分かってくれたようだった。
「カタラ、ほーむすていするだよ〜」
 さっそく乗り気になっているカタラ。
 今にも飛び出さんばかりの彼に、マールは手紙を渡す。
 それは、タウラス宛の手紙。カタラにも、タウラスを頼るように伝える。
 手紙には、オントと会った感触や、タウラスの口ぞえがあればなんとかなりそうだということ、カタラのことをお願いしますという内容が書いてある。
 さっそくにも出発しようとするカタラ。フライング気味の行動になってしまうが、まずは『既成事実』を作ることも大事だと思っていた。
 後は、タウラスが来るのを待つばかりだった。

 一方その部屋を出たオントはといえば――自宅に戻ると、家事手伝いをしてくれているルビイ・サ・フレスにつかまっていた。
 話がある、とのことだった。
 次々と来る来客、用件。さすがに少し疲れたような表情をしてしまったのか、ルビイは「後にしましょうか?」と言った。
 だがそれを留めて、何かあるなら聞くぞ、とオントは返す。忙しい上に家族もいないオント。普段から掃除料理など家事をしてくれているルビイの話なら、聞かないわけにもいかない。
「島の外から来た人たちのことですけど……同じ土地で暮らしてるのに仲良く出来ないとか、争いになるかもとか……そういうのって、寂しいですよね」
 ぽつり、と、つぶやくようにルビイが語り始める。その始まりに、なんだかオントは既視感を覚えていた。ついさっき聞いたことのあるような内容。
 そして、その後に続く言葉も、オントにとってはどこかで聞いたことのあるような話だった。
「難しい事はよく分からないですけど……僕、難民の皆さんの事、もっと知りたいです。あの人たちの持つ技術がこの村を豊かにするから取り入れたいっていうのもあるけど、それよりも、仲良く一緒に暮らしていけたらって思います。だから、ケンカなんかしたくないです。もっともっと仲良くなって、いずれはラルバさんの事を『誤解してごめんなさい』って謝って許してもらえるようになれたらって。それで……両方の子供たちが相手のところへ行って――合宿みたいなこと、できないかなと思うんです」
 大人と子供という違いはあったが――それはさっきマールという娘から聞いた話と似たような方向の話だった。数人の交換をして、数日間、相手の生活を体験する。そこから交流を始められないかというもの。もちろん、最初にはルビイもその一員に加わりたいと話す。
「あー……今、ついさっき、な。似たようなホームステイの話を、いきなり飛び込んできた向こうの娘さんから聞いたところだ。それは、今月の向こうとの正式な話し合いで、もう一度話題にしようと思ってる……そうだな。それにルビイ、お前も出ろ。そこでもう一回話してくれ」
 すぐさま、オントは答える。
 同意ではないものの、あっさりと話を分かってもらえる――その偶然に、ルビイは感謝するのだった。

*        *        *

「まったく、ごめんよぉ。ここに来たときから迷惑かけっぱなしで」
 集落のはずれに近いところにある、他部族の人間たちが主に住んでいる仮住まいのある辺り。
 そこで、アルファード・セドリックは目の前の少女に謝っていた。
「いえ……助けてもらったのはわたしですし……」
 そう返すのは、メルフェニ・ミ・エレレト。まだ少し、恐る恐るという感は否めなかったが、それでも人見知りするメルフェニとしてはだいぶアルファードには慣れてきていた。
 集落外で偶然出会い、仮面の一団の襲撃で行動をともにしてから、メルフェニはたびたびアルファードの元を訪れ、怪我の手当てなどをしていた。そのアルファードは、怪我人、しかも集落の人間を助けて怪我を負ったも同然の者を放り出すわけにはいかないということで、集落内で受け入れられているのだった。
 最初はメルフェニの態度も硬かったのだが、それでも恩人な上に、難民の生活への好奇心が勝ってきたのか、これでも打ち解けてきたほうだ。
 その日も、メルフェニが持ってきた素朴なお菓子――とは言っても、保存食でもある果物の乾燥させたものだが――と一緒に、難民側の文化のことなどを話していた。
 と、アルファードが、首から提げられた石に気づく。
「その、石。確か、あのとき拾ったんだっけ?」
 なんとはなしに話を向けると、メルフェニがえへへ、と珍しく笑みを浮かべる。
「えへへ、透き通ってるのがちょっと綺麗なのです」
 歳相応の子供らしさがのぞく。
「でも、ちょっとこう、なんだろ。オレッチにはよくわからないけど、その辺に落ちてるようなもんじゃないっスな」
 アルファードのつぶやきに頷く。それは、メルフェニも感じていた。子供の目から見ても、それは明らかに、人の手が加えられているようなきれいな形をしていた。削ったものだろうか。
「あの仮面が持っていたものかもしんないっスね」
 十分考えられることだった。再びメルフェニは頷く。意見は一致しているらしい。
 だが、確証はない。二人とも、石や宝石に詳しいというわけでもない。これ以上気になるなら、もっと調べなければいけないだろう。
「そういえば……ちょっと、お願いがあるっスが」
 そろそろいいだろう、とアルファードが心に溜めていたことを口にする。それは、慣れてきたらおいおい頼もうとずっと思っていたことだった。
「族長さんに、会うことってできないっスかね? 一度、お話してみたいんっス」
 問いかけに、ちょっとだけ驚いた顔をするメルフェニ。
 でも、せっかくできた島の外の人の知り合い。メルフェニとしても大事にしたいし、それに力になってあげたいという思いもあった。
「分かりましたっ、任せてくださいっ。族長様に、お話してみますですの」
 背を張り、とん、と自分の胸を叩く。
 その途端にむせてしまい、アルファードを心配させることにはなったのは、ちょっとしたご愛嬌だったが。

 さっそく、アルファードと別れメルフェニは族長オントの元へと向かう。まずは自宅だ。忙しくしているオント、そこにいるとは限らないが、メルフェニには他にあてもない。
 そこへ、綺麗な女性が通りがかる。
 何度か、見たことのある、山の一族の女性だった。
 メルフェニに比べたら、ずっと背も高い。スタイルだって抜群だ。もちろんメルフェニと比べるのは何か間違っている気はするが、どうしても目がいってしまう。
 と、視線の先。
 ちょうど、その――確か、アイリさん。そのアイリの、手首がきらりと輝く。日の光を反射して。
 ブレスレットのように巻いている紐があって、その紐には――きらりと輝いたそのもの。
 メルフェニの持っているものと同じような、石が結び付けられていた。
 思わず、はっとする。顔を上げると、ちょうど視線が合う。
「どうしたの、可愛いお嬢さん。オント様にご用事? お忙しいから会ってもらえないかもしれないけれど、今ならいらっしゃるわよ」
 すぐそこに見えるオントの家を指し示しそう言うと、そのまま立ち去っていく。
 とっさに、聞けなかった。
 こういうときに積極的になれない自分が少しだけ、嫌になる。どうしても警戒心だとか、臆病なところが出てしまうのだ。
 気になるけれど、もうアイリは行ってしまった。
 後ろ髪引かれながらも、オントの家を訪問するメルフェニ。
 言われたとおり、オントは家にいた。
 そして、アルファードとも近いうちに少しだけでも話をする時間を取る、と約束してくれたのだった。

 一方、メルフェニと別れた後のアルファード。手持ち無沙汰に集落をうろうろとしてみたり。
 数日間を、集落を見て回ることだけに費やし――そして、そのままオントとの面会に臨むのだった。
 ――そして、結果。
 アルファードはオントからも正式に、他部族扱いで集落内で住むことを許された。期限は特に定めないが、島外の人間全てに対する話ではなく、メルフェニの恩人ということもありアルファードに限って、ではあるが。
 またいくつかのことは聞けた。以前メルフェニに少しだけ聞いていた生贄の儀式のことも気になり、「生贄を求める神などはおかしい」と問いただして見はしたが――そう思うのは勝手だが、おおっぴらに触れて回ると山の一族の不評を買うから止しておいたほうがいい、と釘を刺されるのみだった。
 ただ、
「俺も本当は、個人としてはな……犠牲を求める今の儀式は賛成ではないのだけれどな……これは、ここだけの話だがな」
 と、オントの本音らしきものを聞けたのだけでも、まだましと言えたのかもしれなかった。

*        *        *

 こうしてオントが次々と訪問を受け、寝る暇もないほど――とは言わなくとも慌しく、忙しく族長として動き回っている間。
 他の者たちが避ける、山の一族の一人であり、『契りの娘』の世話役、実質山の一族を束ねている老女、ケセラの元を一人の男が訪れていた。
「――祭具の捜索も行き詰っている。このままではいけないだろう。そろそろ、難民側とも協力体制――とまで言わなくとも、情報の共有や取引が必要なんじゃないだろうか」
 ケセラに促され話し始めたその男は、アガタ・ナ・ベッラだった。
 眉間にもしわを寄せ、難しい顔のままのケセラ。彼女が穏和な表情を見せるところなど想像もできはしないが。
「そこで、だ。情報の取引や、その他一般の物なんかの取引の交渉役を買ってでたいと思っているんだ。許可を……できればオントにも話を通してはくれないだろうか」
 アガタはあまりオントと面識があるわけではない。どちらかといえば前月のことで、ケセラとは何度か話もしている。こちらから根回しをするのが得策と考えたのだった。
「物の取引については、わしではなくオントに話すことだろう。なんなら、今ここへ呼ぶか? ……だが、儀式についてはな。これは島の中のこと。島外の者たちに教えることも教えられることもなかろうて」
 相変わらずの無愛想な言い草。それでも通商についてはオントに取り次いでもらえるだけ、ましなのかもしれない。
 オントはちょうど戻ってきているということで、さっそく人が使われて呼びにやられる。
 だが、情報についても、簡単には引けない。そんなケセラの態度ももうアガタには慣れたものだった。応対は心得てきている。
「――じゃあ、何か代わりに、現状を打破できるような案があるのか?」
 突きつけるように、強く言う。
 その問いに対する応えはない。
 アガタの図星のようだった。
「ケセラ婆様、何のようだい?」
 なんとも言い難い空気で場が固まっていた中。
 呼ばれたオントがそう言いながら扉を開けた。
 にらみ合っているような二人の様子に気づき、説明を求める。
 アガタが改めて、自分の提案を伝える。
 ふんふん、と一々うなづくと、オントは口を開いた。
「あー……そうだな。先月、向こうからも取引の話が出ていた。こっちも誰か担当を決めないとと思っていたところだ。やる気があるなら歓迎だ。今度相手が来た時には同席してもらおう……と、情報の方だが」
 ちらりと、ケセラに目をやる。
「ケセラ婆様にも話しておかないといけないな、これは。その、祭具関連の話だがな――向こうとの正式な場で、向こうの代表者も交えたところで、話題に出そうと思うんだ。まだ先の話にはなるが、その時にはケセラ婆様も出て欲しい――アガタの言うとおり、時間はどんどん差し迫ってきてるんだ。猫の手も借りる、相手のことが怪しいって言うにしても、毒を食らわば皿までって、どうですかね」
 語る対象がアガタ、ケセラところころと変わるせいか、口調もなんだか混ざっている。けれど、言いたいことは二人には十二分に伝わった。
 アガタとしては、その時期がいつか、ということ以外は何の問題もない。
 一方――
 ケセラは押し黙っている。
 まだ納得がいっていないらしい。
 再度、アガタも言う。手詰まりになっているのでは、ないかと。
 やがて。
 ケセラは仕方なしにといった体も隠さず、代表者会談の出席とその際に祭具のことを話にあげることを了承したのだった。

*        *        *

 そして――しばらく後。ちらつく雪を払いながら、また一人、難民の村からやってきた者がいた。
 こちらは正式な訪問である。
 それはしかし、マールの待ち望むタウラスではなかった。
 やってきたのは、橘・花梨。
 もちろん、その目的は交易のことについてだった。
 着いて早速、オントと話し合いの約束を取り付ける。
 先に連絡してあったため、すぐ翌日に、その機会は設けられた。
 原住民側からは、オント以外にまた前回とは違った人間が一人出席するらしい。
 結果的にはまともな人間が多かった前回でも、最初見たときは異様な面々だった。今回はどうなのだろうと、少しだけ花梨は不安に思いながらも、打ち合わせ用の部屋でオントらを待つ。
「すまない、待たせたな。っと、で、こっちが今回からそちらとの取引の担当になるアガタだ。今日は俺も話に加わるが、今後は細かい詰めや実務レベルの話はこいつとしてもらうことが多くなると思う」
 紹介された隣の男――アガタがぺこりと頭を下げる。
 オントと並んでも遜色ない背の高さ。ただオントとは違って、褐色の肌に彫りの深い涼しげな顔が、中々渋い雰囲気をかもし出している。
「はじめまして。橘・花梨言います。よろしう、お願いします」
 大男二人に並ばれて少し圧倒されながらも、花梨も頭を深く下げる。
「まー二人とも固くならんでも。きっと長い付き合いになることだろうしな」
 そのまま何とはなしに立っていた二人に座るように進めると、オントは自分も床に座る。
 そして、取引に関しての打ち合わせが始まった。

「今回は、前よりも具体的な話をしようと思って来ましたん。こっちと、そっち――お互いに何が足りなくて、何を交換するといいのかってことですやね」
 こっち、そっちと言いながら大きく身振り手振りで話す。
 見ていると、なんだか微笑ましい。
 真面目な話をしているはずなのだが、なぜかオントもアガタも笑みを浮かべてしまう。本人にそこまでの意識はなくとも、場をやわらかくする、それは花梨の才能かもしれなかった。
「まずは、基本的には食料の交換ですかね。お互いに持ち合わせてない食材なんか、あると思うんですけど。例えば――」
 と、サンプルとして、花梨の力でも持ってこれるだけ持ってきたものを取り出す。まずは食材――それは、カイワレダイコンに、もやしだった。
 それを目にした二人が目を白黒するのが分かる。
「これは……食べられるのか?」
 思わずアガタがつぶやく。同意するように、オントが花梨を覗き込むように見つめる。
「これはどっちも、生でも食べられます。こっちなんかは焼いても美味しいし」
 もやしをつまんで言う。
「これらの良いところは、促成栽培――って言っても分からないか。えっと、種から数日……とは言わんでも、数週間もあればで食べられるようになるのんが、いいところなんですわ」
 次いで、他にも細かく説明していく。島の人間にとっては、栽培という概念が無いわけではないが、農業というほどの考えはない。これら二つの食材は、特に目を引くようだった。
 食料については、原住民からも話があがる。厳しい冬を越えることを生活の一部としてきたのだから、それなりにノウハウはある。島で取れる食べられる芋や球根類、また果物や魚、肉を乾物にしたものなど、余裕があるわけではないが、お互いに相手にないもの同士を交換するのは良い案に思えた。
 さらに花梨はこういうものも、と次々と手荷物から取りだす。それは、木を使った簡単な工芸品――おもちゃなども含んでいた。
「こういうのも、実際に取引したいと思うし――これを作るのもそうだけど、お互い、知らない技術を教えあうっていうのも取引やと思うんよ……どうかな?」
 問いかける花梨に、それはまた、この後もホームステイ、とやらについても話し合いがある予定だということも伝えられる。技術や知識の取り入れに関しては、この族長には特に積極的なようだ。
「それで、それにまあ、関することでもあるんやけど、今回は、うち個人としても『原住民の知恵』を学びたいとそう思ってますのん。交易でもあくまでこっちが外からきた、言わば、余所者やし。学べるところは色々と、学びたいんだけども……」
 最後は少しおずおずと。
 すると、今度はアガタが答える。
「それを言ったら、こちらとしてもそちらの生活や、知識、状況、文化の違いなんかを学びたい。そう、俺も思っていた」
 考えていることは似たようなところだったらしい。
「なら、そうだな――花梨さん、数日はこっちの生活、ってのを見てみるといい。その間は、アガタ、お前が案内すればいいし……それでその後、取引に関する代表として、少し向こうの生活を見てきたらどうだ。向こうへの道中は、彼女の護衛にもなるわけだしな」
 オントのその提案は、二人にとっても願うところだった。
 一も二もなく、同意が得られる。
 ということで。
 食料の交換、難民側から工芸品を少しばかり、また島の民からは防寒用具や毛皮など、それらの取引を始めることを前提として、二人がお互いの生活を体験してみることが決まったのだった。

「ふんふん。やっぱり、勉強になるわぁ。やっぱり食べ物一つ、着るもの一つとっても結構違うもんやね」
 とは言っても、あまり長居はしていられない。さっそく翌日から、アガタを連れ回す花梨だった。
 食事を取ってはメモ、あちらこちらで服を見せてもらったりしながら、またメモ。言葉は通じるといっても、やはり生活様式はかなり違う。特に、毛皮を使った防寒具と、冬を見越してのものだろう、果実や魚、肉の乾物の充実には目を見張るものがあった。
 と。
 雪が止んだ頃合を見計らって散歩しているときだった。
 二人の少し向こうを、まだかなり幼いと見える少女が、ちょこちょこと歩いていく。
 花梨には分からないが、それはメルフェニだった。
 その日もアルファードの相手をして、集落の大人の手伝いをして。その帰り。
 その姿を見て――花梨の目が光った。
 ように、アガタには見えた。
 にじり寄るようにそーっと近づく。
 懐から竹とんぼを取り出し。
 メルフェニの背中越しに飛ばす。
「ひゃあっ」
 いきなり現われて飛んでいく妙な物体――竹とんぼなのだが――にびっくりして、思わず尻餅をつくメルフェニ。
 それを見て、慌てて花梨が話しかける。
「ご、ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんよ、大丈夫?」
「……ええ、大丈夫で――」
 そのまま雪に汚れるのも構わず後ずさる。花梨の服装を見て、警戒心が首をもたげたのだった。
 アルファードで慣れているはずなのだが、メルフェニは生来警戒心の強いほうだ。
 だけれどもそれ以上に、花梨は可愛い子供に弱かった。
「だいじょーーぶっ、取って食ったりなんかしないって。ね、一緒に遊ばへん?」
 満面の笑みを浮かべて近寄って、メルフェニの手を取る。喜びが通り過ぎていていっそ怪しいほどだ。
 手を払ってなおも少し後ずさるメルフェニ。
「ほーら、ほら。何にもしないってーね?」
 持ってきたいろんなおもちゃを出しては気を引こうと必死な花梨。
 元々、容姿もその口調も、受け入れられにくいほうではない。
 島の民であるアガタが側についているのも手伝ってか。
 二人が仲良くなるのにさほどの時間はかからなかった。花梨の持ってきたもので遊んだりもしながら、メルフェニが持ってきていたお菓子――とは言っても、果物を干しただけのものだが――をもらったりする。
 数日後。
 花梨はアガタとともに、村への帰途へついた。
 案外簡単に、打ち解けることもできるんだよね、うん。
 そう、思いながら。

*        *        *

 花梨の出発と入れ替わるようにして。
 マールにとっては、ようやく。
 タウラス・ルワールが集落に到着した。
 雪の中、これでもう何度目の道中だったろうか。
 きついと言えばきついのだが、来る甲斐は毎回ある、と思っていた。収穫はあるのだ。そして、誰かがやらなければいけない。そういう思いもあった。
 花梨と同じく、さっそく到着したことをオントに伝える。仮の宿泊場所をもらい――打ち合わせが、翌日に決まる。既に把握はしていたし少しだけ、そうなるだろうとは思っていたが、マールがオント族長に対しホームステイのことを直訴したらしい。そのことが議題としてあがると、伝え聞く。今回も大変そうだ。
 とにもかくにも、それまで、今日はゆっくり――
 しているわけにもいかない。
 一息ついた後、夕方ごろに部屋を出る。
 集落内も少しずつ勝手はわかってきていた。目指す場所へ向かう。到着直後に、待ち合わせを約束した相手がいるのだ。
 目印の木が見えてくる・
 人影を見つけて、タウラスは手を振った。
 気づいて、相手も手を振る。
「リエラさん、お待たせしました」
 最後は駆け寄るようにして、挨拶の声をかける。
 切れ長の茶の瞳と穏やかな微笑みが彼を迎える。
「そ、そんなことはありません……私も今着たばかりですよ」
 その笑みに、少しだけほっとする。
 しかし。
 なんだか、少しだけ。
 違和感を感じる。
 突き刺さるような――そう、視線だ。
 ふと、目を下に向けると。
 そこに、視線の主がいた。
 リエラの足に捕まるようにして、こちらを見つめる二つの目が、剣呑な力を帯びている。
 少なくとも、帯びているようにタウラスには見えた。
「マユラ・ナ・スウラと申します。姉様がお世話になっているそうで」
 こちらも、姉譲りの微笑みを見せる。
 姉譲りの――けれども、なんだか。
 背筋に冷たいものを感じる。そんな微笑み。
 別に何もしていないのに、タウラスは思わずマユラから目をそらしてしまう。
 リエラと目が合う。
 そのリエラは何も感じていないらしい。タウラスの様子が少しおかしいのを見て、首をかしげる。
「どうかしましたか? それより……ラルバさんのことですが、色々情報交換がしたくて。こちらから、話したいこともありますし。その……ラルバさんがここを出れない理由を」
 その声で、タウラスは本題を思い出す。そう、ラルバのことを聞きにきたのだ。リエラから、先月聞いたラルバのことについて、もっと詳しい話がしたいとのことだった。
「ある事件、ですか」
「ええ」
 うなずいて、リエラは話し始めた。
 島で行われている、儀式があること。それに必要となる三種の祭具が何者かに盗まれたこと。そして、ラルバが戦闘になり、怪我をした相手というのが――祭具を盗んだ相手として怪しい――だけれども、助けられたとき、ラルバが――その相手が戦闘中に落としたと思われる、祭具の一つ、黒神石を持っていたことにより、疑われていることを。
 そのおかげで、怪我がほぼ癒えた今でも、ラルバはこの集落から出してもらえないということらしかった。
 確かに、微妙な問題ではある。
「それで……少しでも早くラルバさんが帰れるように……何か祭具のことで気づかれたことがあったら、教えてください」
「わかりました。一つあるのですが……それは、会議のときにオントさんにお伝えします――そう、その会議なのですが――ラルバさんがここにいるというのを知っていることを、伝えようかと思うんです。もちろん、リエラさんの名前は出さないように配慮します。そちらに責がいかないように私が守ります」
 その言葉を噛みしめるようにして、ゆっくりとリエラはもう一度微笑む。
 そして、大きく頷く。
「もちろん、タウラスさんのこと、信じてますから。それに、ラルバさんが少しでも早く、帰れるようにするためですもの」
 その言葉に合わせて、また下の方から黒いオーラが漂ってくるの感じたタウラスは、では、また会議でと言い残して、退散することにするのだった。

*        *        *

 テセラ・ナ・ウィルトは一人、集落の外にいた。
 粉雪が舞い落ちてくる灰色の空が見える。
 そこは例の、木々が伐採された場所だった。
 仮面の集団は、難民の人たちをも襲ったらしい。
 ならば――可能性があるのは……、山の一族、もしくはまだ集落に表れていない生き残りがいるか、その両方か……。
 山の一族の中にも、儀式を反対とする者たちがいるのではないか。それがテセラの推測だった。それに、そうだとするならば、この間死んだ仮面の者についても説明がつく。
 ――カケイさんが、後日に彼が死んだって事実だけを伝えて、詳細を明らかにしてくれなかったことなんかもね。
 心の中でつぶやく。
 そしてテセラの考えでは、ここには何らかの、第三者の意図があるはずだ。
 以前は、これが第三者の仕業などとまでは考えもしなかったから、気にもしなかったもの。
 これだけの木を切ってできたもの。燃やせば気づかれる可能性がある。そんなに遠くまで運ぶこともできないはず。それが見つかれば、難民のやったことでない証拠と、それを陥れようとしている第三者の存在が明らかになる。
 伐採場所から、少しずつ範囲を広げて調べていく。地道な作業だ。
 だが、甲斐はあった。
 雪に埋もれた木材らしきものを、ばらばらと少しずつ発見したのだ。
 量的に、やはり処理しきれなかったのだろう。ばらばらにわけておくのが精一杯だったのかもしれない。
 これで、はっきりした。
 ただ、本当のことを言えば……行方不明の恋人が仮面の集団の中にでもいないのだろうか。テセラは、そんな、考えられないようなほんの少しだけの可能性にも、すがりたいだけなのかもしれなかった。

 こちらは、マールと分かれた、シャオ・フェイティン。
 一旦集落の外に出て、隠しておいた荷物を拾い出す。
 さらには、ちゃっかり集落内で物々交換にて手に入れてきた衣装に身を通し。
 少し後には。
 再び、集落内を歩いていた。
 島の民の、女性として。
 元々シャオを知っている人間ならばれてしまう程度のものだったが、それでも元々どちらかと言えば女性的な顔立ちでもある。一見しては分からないだろう。
 口調などでばれないように気をつけながら、差し障りのない話題を向けながら、情報収集をする。
 丹念に情報を拾い集める。
 また途中、タウラスとすれ違い、気づかれそうになったが――逆に、かなりの情報を把握していたタウラスから、儀式のこと、祭具のこと、『契りの娘』のことなどの情報を手に入れることができた。
 ラルバもこの集落にいて、そして事件に巻き込まれていることも。どうやら、仮面の一団との関連まで疑われている節もあるらしい。
 それで、村へと帰れないということか。
 それならば。
 持ってきた荷物の中にある物のことを思い出す。
 ちょうど良かった。
 と、シャオは心の中でつぶやいた。

 さらに、ヴィーダ・ナ・パリドはといえば。
 やはり目を盗んで、今ではすっかり仲の良い友人となったシャナと会っていた。
「しかし、ほんと、自由がないのってのも辛いんだろうな」
 集落はずれ。集落を見下ろしながら、隣にいるシャナに向かって、ヴィーダはつぶやくように語る。今ごろ集落内では山の一族のお付きの者がまたシャナを探して回っているだろう。
「ん……まあね。それも、自由とか、そういうのの意味が本当に分かってきたのもこの集落に着てからかもしれないけど。今までは、あまり考えてもいなかったのかもしれない」
 感慨深げに、シャナもつぶやく。
 なあ、とヴィーダが続ける。
「……仮面の集団さ。本当はやつらのこと、知ってるか……心当たりがあるんじゃないのか?」
 さりげなく。本当にさりげなく。軽くボールを投げるように、言葉を受け渡すかのように、聞く。
「え? ……何言ってるの……知らないわ。知ってるわけ、ないじゃない……そういうことに、しておいて……くれないかな」
「そか。俺はシャナを困らせたい訳じゃねえ。言えないなら、言えるようになったり、言いたくなったときに言ってくれれば、それでいい……暫く、会えないかも知れないけどこれだけは忘れないでくれ」
 と、ヴィーダはシャナに正対する。
「死にたく、ない……最近はちょっとだけ、そう思うの。ケセラは『契りの娘』としての私しか見てくれないし、カケイは母親の言いなり……ここにいると、生きてるって実感するけど、その分……死ぬってどんなことなのか、ようやく分かってきたのかもしれない」
 言葉に、軽く頷き返す。
 そして、ゆっくりと、その身体に手を回した。軽い、抱擁。
 友情の証。
「シャナが何者でも俺は親友だ、味方だから利用したいならそうしてくれ。何があって
も、何を知ってもシャナを嫌いにはならない」
 腕を、最初のときと同じように、ゆっくりと、離す。
 目線が合う。
 軽く微笑んで、背を向ける。
 手を挙げて、軽く振りながら。
 珍しく晴れたその日の昼間の月を見ながら、その場を去る。

*        *        *

 そして、今月もタウラスを迎えての話し合いが始まろうとしていた。
 今回の参加者は――
 難民側からは、タウラス・ルワールと、筆記係にピスカ。そして、マール・ティアウォーター。
 一方集落からは、族長オント・ナ・ウスタ、テセラ・ナ・ウィルト。さらには――ホームステイ・合宿のことに関して意見するために、ルビイ・サ・フレス。後は、どうしても出席したいと、リエラ・ナ・スウラがいた。
 以上の六人だった。マユラなども参加したいと言ってきたのだが、今回は特に出席を希望する者が多かったので、さすがにオントが断りを入れていた。
 参加者のほうにも、今後は希望者が多くなってきた以上は人を制限することにはなる、と話される。
「じゃあ、色々話さなきゃいけないこともあるし、さっさと始めようか」
 そのオントの一言で、長い会議が始まった。

「では――まず、行うという話だけ進めてきた、正式な代表者同士の会談なのですが、そろそろ日程も決めていきたいと思うのです。時期は来月初め……それで、場所なのですが。こちらに来ていただいたこともないですし、私たちの村で行えないでしょうか。こちらの都合で申し訳ないのですが、代表が不在になれば村の運営がたちいかなくなるでしょう。お恥ずかしい話ですが、未だに村は不安定な状態ですので……。こちらの代表者は女性です。レディファーストと思ってのんではいただけないでしょうか?」
 タウラスがまず発言する。代表者会談についてだ。
「……そうだな……、実は、この間言っていた、山の一族――その取りまとめ役みたいなところにも、出席してもらえるよう約束は取り付けたんだが……まあそっちにも一度聞いてみよう。時期については問題ない。場所も、そこさえクリアできれば大丈夫だろう……たださ」
 と、そこで区切るオント。何か他に重大な問題でもあるのかと、一瞬、タウラスは身構える。
「レディファースト、ってのはなんだ? 意味がよくわからんのだが」
「……あ、ああ……なんだ、そういうことですか」
 思わず脱力するタウラス。そうなのだ。言葉が、意味が通じるとしても、概念は通じないことはあるだろう。レディファースト、という考え方について説明することになる。
 なんとなくだが、島の人たちにも分かってもらえたようだった。
 まあそれはおいておいて。
「で、だ。なんで、こっちは俺と、山の一族の代表。後は本人が希望すれば、一応一人二人は連れて行くかもしれない。代表者会談はともかく、その後も他にも色々話機会を持つことになるかもしれないしな、ま、そんなところだ」
 ということで。
 次回は正式な代表者会談が、難民の村の側で行われることが決められた。
 そして。
「次は……じゃあ、ホームステイ、だっけか? の話をするか?」
 と、オントはマールに目をやる。発言を促すように。
 それを受けて、マールがぴょこん、と立ち上がる。
「じゃあ、わたしから話すのよ」
 周りを見渡し、自分より小さな子供までいることに少しほっとしながら、マールは語り始めた。さすがにオントから釘を刺された感情論は少しだけ控えめにして、ホームステイ計画の詳細をもう一度話す。
 内容自体に変更はない。まずは数日間だけでもいいので集落側の数人、大人の男性に来てもらい、その後お互いにホームステイを始める、というもの。
「あの、そのホームステイってものの案なんですが、僕も少し似たようなことを考えていたんです。僕の考えたのは、大人じゃなくて、子供同士の合宿――なんですけど」
 その内容に一々興味深そうに首を縦に振っていた少年が話を始めた。マールと同じか、いや、少し年下だろうか。
 ルビイ・サ・フレスだった。
 計画の骨子をお互いにぶつけ合う。大人と子供という違いもあるし、細かいところは他にも色々違う。だが、お互いの生活の体験、そして交流を目的としているところは同じだった。
 あくまで最初は大人の男性をこちらに、と主張するマールだったが――難民側の村に男手が足りないというのはあくまで難民側の都合であったし、マールが思っていた島の人たちが男性比率が高いというのもそんなことはないということだった。
 また、ルビイの子供合宿の案についても、もちろん子供たちだけで行き来をするわけにも、またできるわけもない。
 マールが実際には難民側の代表者の許可を得てきているわけではないことも含め。
 案としては、大人男性数人と、それらを保護者として、同じく数名の子供たち。という内容でホームステイを行うことを、次回行われる難民側の代表者会談で話にあげ、決定に向けて進める、ということになるのだった。
 マールとしても、前向きに捕らえて進めてもらえるのならば仕方ないというところで折れる。
 ここで、今回はホームステイ関連の話は打ち切られた。

「一つ、こちらから……」
 今度はテセラがオントに目配せをし、発言する。既に二人の間では打ち合わせ済みの事項だった。
 伐採されていたという場所の、件である。
「伐採されていたということで話にあがった、崩落場所の件ですが――罪を着せてしまい、申し訳ありません。どうやらあれは、私どもでも貴方たちでもない、第三者がおこなったことのようです。伐った木材が、離れた場所に少しずつ、ばらばらに分かれて隠されるようにして発見されました」
 静かに放ったテセラの言葉に、タウラスが戸惑う。
 一度謝罪までしているのだが、こうなると微妙な話だ。仕方なく、前回の謝罪はこちらに覚えがなくとも、他の場所で伐採している事実もあるし、事を荒立てないためのものだったと説明する。
 微妙な、間が。
 どちらともなく、この件は手打ちということで、という話になる。
 しかし、一つだけ残る、ひっかかりが。
 ならば、難民でもない、集落の人間でもない。
 誰がそれをやったのか。
 仮面の一団――それ以外には、考えられない。
 口にして言わずとも、その場の全員が、そう考えていた。

「では、後は――こちらから。お話を」
 しばらくの間のあと。仮面の一団の考えが浮かんだこともあってか。
 タウラスが、意を決したように発した。
 その言葉で、リエラも身を引き締める。
 言うのだ。あのことを。ラルバのことを。
「私どもの村の、ラルバ・ケイジという者を保護していただいているとお聞きしたのですが」
 言った。
 場が――硬直するのが見えた。
「それをどこから……そうか。リエラか」
 リエラの様子、そしてどうしても参加したいと言ったその理由を察して、オントがつぶやいた。
 リエラは、否定しなかった。
「私が、独断でしたことです」
 はっきりと、言う。
「無理を言って聞き出したのは私です。彼女を咎めないでいただきたい……それに、保護していただいているのは感謝しております」
 すかさずタウラスが今度はリエラをかばう。
 ふう、とオントが一つため息をついた。
「まあ、知ってしまっているならどうしようもないだろう。おいおい、話そうと思っていたしな……儀式や祭具のことも話したのか?」
 リエラが頷く。
 そこで、もう知っているのなら、と再度儀式、祭具について説明がある。銀鏡、黒神石、紅玉の短刀のことなど――と、タウラスには一点思い当たることがあった。
「先月もお話した村の者を襲った人物が短刀をもっていたようですが……そう、そういえば、その男の似顔絵を書いてもってきたんです。見ていただけますか?」
 懐から一枚の紙を取り出し、オントに渡す。
「襲われた者の記憶にそって描いたものです」
 言葉を継ぎ足しながら、オントの様子を伺う。
 無言だ。
 だが――一瞬見せた厳しい表情をタウラスは見逃さなかった。
 そして、原住民側。
 ルビイは背も届かず見ることもできなかったが、テセラとリエラはオントの両脇でちらりとのぞき見る。
 そこに描かれていたのは、黒髪の男。いや、男と聞いているので男だと判断してしまうが。
 整った顔立ち。髪型も違うが――それは――どこかで見た姿と、面影が、似ていた。
 『契りの娘』シャナと。
「ありがとう。何か分かったら、またこちらからも知らせよう。では――今回はこの辺りかな」
 オントも気づいているだろう。だが、そのことには触れない。
 他の面々も言いはしなかった。
 しかし、それは明らかに――似ていたのだった。

 会議が終わった後。
 タウラスはその日一日は滞在した後、村に戻ることになっていた。
 今回も集落内を見て回ることにする。
 と、子供の声が、タウラスを呼ぶ。
 振り向くと、どこか前に見たことのある少女が駆け寄ってきていた。
 島の民には珍しい、赤みがかった、オレンジ色にも見えるツインテールの髪を揺らすその少女は――そう、アディシア・ラ・スエルだった。
「タウラスさんっ、またこっちに来てたのね」
 偶然ではなかった。アディシアはタウラスが到着したことを噂で聞いて、探していたのだった。
「また、色々、向こうのお話、聞きたくって」
 駆けてきたので少し息を切らしながら、タウラスを見上げる。
 色々と、お互いことを話したり、雑談をする。
「あ、あと、できたらっ、一回難民の人たちのところへ行ってみたいです。こっそり行くなら、顔を隠したりとか……無理なら、しかたないけど……」
 やがてアディシアがおずおずと、切り出す。これが一番の目的だった。
 ん? と首をかしげた後。
 タウラスは言った。
「あー……そうか、聞いてないか。うん。あのね、ちょうど今の話し合いで、ホームステイの案が出たんだ。もし実現したら、君も推薦してあげるよ」
 アディシアには初耳だった。というか、ホームステイの意味が分からず聞き返してしまう。意味を説明するタウラス。すると、アディシアの瞳が好奇心に輝いてくるのが分かる。公式に相手の村へ行けるというなら、それは大歓迎なのだ。
 もちろん、と約束を取り付けるアディシアだった。

*        *        *

 会議があってから数日後。
 ついに、ラルバが探索に出る日がやってきた。
 集まったのは、ラルバ、カケイ、マユラ、リエラ。そして、ここが自分の出番とばかりにはりきる、セイル・ラ・フォーリーだった。
「ピクニックウガー」
 なんだか間違っている気がしないでもないが。
 また、リエラがついていくのは本当は周りは止めたのだが、本人はと言えば、
「足手まといには、ならないようにします……ラルバさんを、無事に妹さん達のところに帰すって……それまで守るって、約束したから。危険かもしれない場所に行かせて、じっと待つなんてできないわ」
 と言って梃子でも動かない。言い出すときかないのは分かっていたから、マユラもついていくことにしたのだった。手伝いというよりは、リエラに無理をさせないための監視役だが。
 まずは、戦闘のあった場所へ。そこから倒れていた場所まで、思い出せる限り思い出しながら歩いていこうということが決まる。
 小雪が散らつく中。
 五人はその場所まで向かう。集落からは少し距離がある。
 マユラ、リエラの足にあわせる格好になるので、かなりの時間がかかるが、吹雪いてくることもなく、順調に、その場所に着く。
 何の変哲もない、森の中だ。本当にこの場所かどうかはラルバの記憶も定かではないけれど、おそらくこの辺りだろうということだった。
「まずは、ここに何かあるかだな。あの時は、もう相手の攻撃をさばくのに夢中で……周りの把握をする余裕はなかったし、相手が逃げた後も怪我で、意識すら朦朧としてたからな……今となっては戦闘の痕跡もないだろうな」
 ラルバが雪を蹴飛ばしながらも、一応周りを探る。
 特に収穫はない。
 そして――しばらくすると。
「いつまで、隠れているつもりだ?」
 ずっと四人を監視するように、見守るようにしていたカケイが唐突に口を開く。
 その背後の茂みの中で、がさごそ、と音がして。
 次の瞬間には。
 影が――飛び出してきた。
 それも、複数。
 六つの影が、一団となったカケイ、セイルを囲む。ラルバ、マユラ、リエラはその輪の外だ。
 白装束――そして、仮面。
 予想通りの集団ではあった。
 それらが――一斉に、手をかざした。
 術だ。
 リエラが気づく。
「逃げてっ!」
 叫びはしたものの、囲まれての六方向からのカマイタチが避けれるはずもない。
 散らつく雪をも切り裂き、一直線に刃が二人のもとへ。
 だが。
 その無音の刃は全て途中でかき消された。
 カケイの、術。おそらく、同じカマイタチをぶつけてかき消したのだろうが――六方向に対して瞬時にそれをやってのける。そんなことができるとは。
 と――しかし、その瞬間には、既に仮面たちはその場にいない。術の発動と同時に、二人に向けて飛び掛る。
 またもや、一斉に。
「ウガガーッ!」
 言葉にならない――いや、いつもの口調ではあるのだが――叫びをあげて、そのうち一人の放った斬撃を、自前の長槍で受けるセイル。力任せにそのまま押し返し、吹き飛ばす。
 同じく、カケイも剣を抜き――一撃の元に相手を切り伏せた。
 しかし、まだ残り四人も相手はいる。
 多勢に、無勢。セイルは肩を、カケイがわき腹を斬られる。
 そして――さらに一人がカケイに斬りかかった。
 リエラが悲鳴を上げる。
 そして、刃が振り下ろされようかという、その瞬間。
 その相手が、吹き飛んだ。
 ラルバだった。
 さっきまで、ここにいたのに――マユラが見るその目の前には、もちろんもうその姿はない。
 二人を助けるために、体当たりをかけたのだった。
 両手に風の手甲をまとわせて拳からぶつかるその体当たりは、思ったよりもずっと吹き飛ばす力が強い。
 吹き飛ばすとそちらには目もくれず、それぞれに複数を相手にしているセイルとカケイのうち、形勢不利なセイルのところに加わる。
 手甲を風の短剣に変えて切り込んだ。
 病み上がりとはいえ、それでも相手と一対一ならラルバも引けを取らない。セイルも相手が一人ならなんとかなるようだ。
 カケイと言えば――銅剣二本を抜き放ち、見事なまでに二人を相手にしている。わき腹から血がほとばしりながらのその様は、鬼の如しと言えた。
 このままなら、押し切れると思えた。
 が、そのとき。
 最初にラルバが吹っ飛ばした一人が起き上がる。
 ――三人はそれぞれの相手をするのに一杯だった。
 その男が、駆ける。
 カケイでも、セイルでも、そして、ラルバでもなく。
 状況に置いていかれるように呆然とするしかなかったリエラとマユラの元へ。
 不利な現状を打開するための――人質か。
「逃げろっ!」
 ラルバが叫ぶ。しかし、目の前の仮面を相手に、さすがに背を向けることができない。
 リエラの目の前に、輝く刃が。
 身がすくんで、動かない。声もでない。
 思わず、目をつぶってしまう。
 その途端。
 薄く積もった雪の上に、押し倒される。
 痛みは、襲ってこない。
 目を開ける。
 自分の腰にしがみつくようにして。
 妹――マユラが。
 背中を、切りつけられていた。服が破れ、血がにじむ。
 マユラが、咄嗟にリエラをかばうように前に出て、押し倒したのだ。
 それで、代わりに、斬られて――
 だけれど、なおも男は、もう一度振りかぶる。
 今度こそ――終わり。
 かと思えたそのとき。
 振りかぶったその腕が、そのままの姿勢で止まる。
 その相手が困惑するのが分かる。
 よく見ると、腕には、糸のようなものがからみついていた。
 それで、引っ張られているのだ。
 そして、その糸の先には――一人の男がいた。
 島の民の格好はしているが――リエラにとって見覚えのある人間ではない。
 簡単には振りほどけないと悟ったのか、二人を諦め、仮面が男と正対し、剣を捨て飛び掛った。
 その突撃をあっさりと交わすと、男が右腕を振る。
 と同時に、仮面の腕から血がほとばしった。
 見慣れぬ武器での攻撃に戸惑う相手に、近寄った男はここぞとばかりに渾身の蹴りを腹部に食らわす。鈍い悲鳴を残し、仮面はうずくまるように倒れた。
 その悲鳴を聞いて。
 残りの仮面たちが、反応した。
 波が引いていくように、逃げ散る。
 セイル、カケイは手傷を負っている。
 ラルバも、慌ててマユラの元に駆け寄る。追う者はいない。
 そして、その場には。
 倒れ付すマユラ、腕とわき腹にそれぞれ怪我を負ったセイル、カケイ。リエラとラルバ――うずくまる仮面が二人――一人は明らかに絶命している――、そして見慣れぬ男が残ったのだった。

「……命に別状は、ないわ……意識もうっすらだけど、ある。うん……うん」
 自分に言い聞かせるようにつぶやくリエラ。
 すぐさま、マユラに応急処置をして、呼びかけ、傷の重さを見たのだった。幸いにも、血の多さに比べ傷は深くないようだ。それでも、背中とは言え――きっと傷は残るだろう。
 なぜあの時、動けなかったのか。妹を守らなければならないのは自分なのに、結局――無理を言ってついてきた結果が、これだ。
 次から次へと、後悔の波が襲ってくる。
「すまない――あのとき、俺が二人の前から離れなければ……」
 リエラの脇にラルバも座り込み、マユラの様子を覗き込む。同じような思いを抱いているのが、痛いほどにわかる。
「いえ……ラルバさんがいなければ、カケイさんもセイルさんも危なかったんですから……あっ、そういえば……お二人の怪我はっ」
 リエラが慌てて二人を仰ぎ見る。
「だいじょうぶ、これくらいなんともないウガ」
 セイルはそういうと怪我をした肩をぶんぶんと振り回す。血はまだにじんでいるが、こちらはそれほどでもないようだ。
 一方――カケイは――既に自ら応急処置をしたようだった。斬られた右わき腹を布で固めていた。しかし、その布は既に赤く染まっている。浅い怪我では、ないようだった。
 リエラは、薬を持ってカケイのわき腹を見ようとする。だが、やんわりと押しとどめられる。
「妹を見ていてやれ。こっちもどう、ということはない……それよりも、お前は誰だ……? まず、礼は言っておくが」
 と、途中から加わりリエラ、マユラを助けた男に目を遣る。とりあえず、カケイは知らない相手らしい。
「……お前は……見たことがあるぞ。名前は分からんが」
 そう言ったのは、ラルバだった。相手が小さく頷く。どうやら――島外の人間のようだった。
「シャオ、と言う。すまないが、つけさせてもらっていた」
 実は――シャオは、仮面をつけ、ラルバを襲うつもりでいた。そして適当なところで逃げれば、ラルバが仮面の一味と関連しているという疑いは晴れる。そういう狙いだったのだが――まさか、本物が現われるとは。
 しかたなく状況を見ていたとき、襲われたリエラ、マユラを見て思わず飛び出してしまったのだった。
 仕方なく、自分のことを一部話す。ラルバがこの村にいることを知り、その様子を見て報告するためにいたのだと。そこで襲撃の現場を見て、思わず飛び出したのだと。
 カケイはまだ少し不信感を抱いていたようだが、助けられたのも事実。
 それより、マユラのことが心配だ。
 とりあえずシャオも一緒に、集落へ一刻も早く戻ることにする。
 絶命している者はともかく、もう一人意識を失っている仮面の者を縛り上げる。
 ラルバがマユラを背負い、セイルがその仮面の者を担ごうとする。
 そこで――無造作に。
 セイルがその仮面を取った。
「やはり――か」
 小さくつぶやくそのカケイの声を、リエラは聞き逃さなかった。
 歩き出しながら、問う
「……知っているんですか? この人」
 マユラも怪我をしたのだ。聞かずにはいられなかった。
 その意思を感じ取ったのだろう。
 しばらく歩いた後。
 諦めたように、カケイは口を開き始めた。
「この男は――山の社に残っていたはずの、一族の者だ。あの連携の確かさ、そしてこちらの、私の戦い方をしってのあの動き――他の者も、少なくとも全てではなくとも、一族の者だろう」
 全員が、息を呑む。
 カケイは、続ける。
「巻き込んでしまった以上、話さねばならんか……先月死んだ仮面の男も……そうだった。明らかに、儀式を邪魔しようとしている、身内がいるということだ。ケセラ様の指示で、外には報せなかったが……追及をせねばならんだろうな。誰が、後ろで糸を引いているのか。山の社にも一度戻らなければならないな……」
 どちらかと言えば普段から厳しい顔つきに見えるカケイだったが――なお、険しく、そして、辛そうに――そう、リエラには見えた。
「儀式は、行わなければいけない。島の未来のために。ア・クシャスは風の守り手。その守り手の平安を損ねて、この島が大洪水のこの力を防げるはずもない――敵も身内と分かり、しかもこうして巻き込んでしまってこんなことは言えないが……これは山の一族としてではなく、私個人として、特にそこの二人に……協力をお願いできないだろうか」
 いつになく饒舌に、カケイが、特にラルバとセイルを見据えて話す。
 なんにしろ――大きな手がかりではあったが――
 リエラたちには、代償も大きくはあったのだった。

RAリスト
・a4-01:島外の難民と交渉・応対をする。(湖の集落にて)
・a4-02:島外の難民と交渉・応対をする。(難民側村にて)
・a4-03:その他島外の難民に対して行動する
・a4-04:残りの祭具を捜索する。
・a4-05:集落内にいる山の一族・儀式に関わる・調べる
・a4-06:その他集落内部で何かする。
・a4-07:その他集落外部で何かする。

※選択肢注意点
 ・a4-02:島外の難民と交渉・応対をする。(難民側村にて)
 オントに対して代表者会談に参加・もしくは同行したい要望をあげ、通った場合のみ成功します。(会議そのものに参加したい要望が通る可能性はかなり低いです)ただし、テセラ・ナ・ウィルトは称号もありますので要望があれば参加できます。


【アクションについてのご説明】

アトラ・ハシスでは、方針については載せてありますが、普通のメイルゲームマニュアルにあるような、アクションの書き方についての詳しい説明は省かせていただいています。
初心者の参加をお勧めしておらず、現にメイルゲーム初体験と思われる方は参加されていませんが、この、ゲームでの方針を明記してあることが、メイルゲームの基本を逸脱したマスタリングが行われているとの誤解を受けてしまう可能性があるようです。

アトラ・ハシスにおいても、メイルゲームの基本に沿ったアクションを求めており、マスタリングも、マスタリングの基本に則って行っております。
(基本に則った上での、マスター毎の基準、方針、持ち味というものが、個々にあります)

現在複数アクションが非常に多いです。
そのため、ここでメイルゲームのアクション基本について、説明をさせていただきたいと思います。
皆様、ご理解いただいているとは思いますが、今一度ご確認の上、ご協力お願いいたします。

☆【アクションの書き方】リンク☆

※マスターより
こんにちは。鈴鹿高丸です。

次回、オント、ケセラは代表者会談のため難民の村へ向かいます。
カケイは集落に残る予定です。(山の一族の社へ向かうことなどは別として、行動拠点としては集落になります)

では、アクションお待ちしております。