アトラ・ハシス

ショートストーリー

『私の役目』

川岸満里亜

 何も、不自由していない。
 私は、恵まれている。
 一緒に暮らす人がいて。
 この村で、私ほどめぐまれた人がいるだろうか。

 住む、家があり。
 食べ物も、十分たくわえがあり。
 着る物も、与えられて。
 必要なものは、全て揃っていて。

 何も、不自由していない。
 していないのに。

 私は、まだ求めるの?

 人はどれだけ貪欲なのだろう。
 苦しんでいる人々が沢山いるというのに。
 それがわかっていながら、自分の幸せばかり願っている。

 だけどね。
 自分の為だけじゃないの。
 ルルナに幸せになってほしいことも。
 お兄ちゃんの無事を願うことも。
 自分が幸せになりたいからだけでは、ないと思うの。

 それを証明できる時が来たんだと思う。
 私が、自分の幸せだけを願う小さな人間なら。
 誰かに押し付けて、自分は安全な場所で自分の大切なものだけ抱きしめているはずだから。
 私が、それを受けるということは。
 自分はそんなに狡い人間じゃないと、自分自身に証明することでもあるんだと思う。

 誰も、もう死んでほしくない。
 毎日、怖い。
 気を抜くと、震えている。
 大陸での日々は、大切な思い出なのに。
 思い出すのが、怖い。
 考えるだけで、暗闇に引きずりこまれて、光の中に戻ってこれないような。
 そんな絶望を感じてしまう。

 守られて生き延びて。
 何の不自由もなく暮らし。
 何の役にも立てていない自分だから。
 私の、番だ。
 今度は、私の番。
 私にも、皆を守ることができる。
 役立てることが、ある。

 最近、仲良くなった友人の顔が思い浮かぶ。
 セルジオさん。
 自分と良く似た雰囲気を持っていると言われる男の子。
 一つ年下なのに。
 会議に出席して、積極的に意見を出しているという。
 彼は、家族も、友人も失ったというのに……。
 似てるのは、雰囲気だけ。
 内面は全然違う。
 彼は、とても素敵な人だ。
 誰にも頼ることなく。
 一人で自分のすべきことを見つけた。
 一方的に誰かに頼るのではなく、助け合う道を……自分の居場所を手に入れた。
 それに比べて、自分は……。
 未だに、いなくてもいい人物だ。
 必要とされたいと思うわけではないけれど。
 必要とされるような、自分になれたらいいのに。

 でも。
 何をすればいいのか。
 どうしたら、今を抜け出せるのか。

 何も不自由していないのに。
 何一つ、不足していないのに。
 だけど。
 大きな何かが。
 きっと、大きな何かが足りない。

 一人、ベッドに入って目を瞑れば。
 兄を案じてくれた少年の顔を思い出す。
“あなたが、お兄さんとの思い出を思い出せますように”
 これは約束。
 毎日祈るという約束。
 ただ、祈っているだけ。
 私は、あなたの為に、他に何ができますか……?

 祈っているだけで。
 願っているだけで。
 誰かが願いを叶えてくれるなんて。

 求めているだけで。
 想っているだけで。
 誰かが手に入れて、持ってきてくれるだなんて。

 そんなふうには思っていない。
 思っていないけれど。
 多分、自分は心のどこかでそれを願ってしまっている。

 誰かが何とかしてくれる。
 誰か、助けて……と。