アトラ・ハシス

後日談

『まだ見ぬ明日へ』

川岸満里亜

 彼に魅せられた
 彼に夢を見た
 何一つ敵わずとも
 この人を、より輝かせるために生きたいと
 自分の一生を捧げてもいいと、思った
 見初められて、女として求められ
 肩を並べて歩く事が許されないなら
 女として彼の為に在ろうと
 全てを捨てて
 彼の良き妻として仕えた
 自分の全てを懸けて

 それは、忠誠か
 それは、依存か

 彼の最後の言葉は
 “お前を解放してやれる”
 彼にはわかっていたのだろう
 私が無理をしていることが
 自分を殺し続けていたことが

 あの頃、私は若かった
 もう、同じ生き方はしない

*        *        *

 木々の隙間から、僅かに月が見える。
 淡い光が、僅かに足元を照らし行く手を指し示してくれる。
 吹き抜けた冷たい風に、一瞬目をつぶる。
 森の夜は、まだ寒い。

「ここにいらしたのですか」
 小川のほとりで、岩を背に毛布に包まって座っている女性がいる。
 身をかがめて、カップを差し出す。
「タウラス」
 振り向いた女性……レイニ・アルザラは、微笑んでカップを受け取った。
 両手でカップを包み、暖を取り込んだ後、口をつけてまだ温かいお茶を口に含んだ。
 タウラス・ルワールもレイニの隣に腰掛けて、自分用に淹れたお茶を、一口、飲む。
「テントにいらっしゃらなかったので、心配しました」
 元船員数名を引き連れ、港に適した場所の探索に出て2日。今回の探索で、大体目星はついた。明日には、村に戻らなければならない。
「水の傍が好きなの。ずっと見ていても飽きないわ。心配かけてごめんね。……で、何?」
 タウラスはカップを脇に置いて、穏やかな小川を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「少し、自分のことを話してみようと思って……あなたには知ってほしいから」
 共にいることは増えても、こうして2人で過す時間は、あまりなかった。
 レイニが身を起こす。瞬間、ふわりと毛布が宙を舞いタウラスの背に落ちる。ほんのり暖かい。
「聞かせて。あなたのこと、もっと知りたいわ」
 毛布の右端をタウラスが取り、左端をレイニが掴み、一枚の毛布が二人の背を覆った。
 タウラスは、自分の生い立ちを語り始める。
 あまり、語ることのない、過去を。
 レイニには、知っていてほしいと思った。
 もっと、互いを分かり合うためにも。
「主は伴侶というより免罪符です。供にあれば生きる意味を与えてもらえる……そういう存在でしたから、離れてからは自分に生き永らえる価値があるのかわからず不安でした。乗船しなければ違う命が救われたと思うと後悔も大きくて……。それでも、約束があったから命を投げ出すことは考えられなくて、彼のおかげでまた生きる道を与えてもらえたのに、その彼のために尽くせないことがもどかしかった……。少し前までは、あの場所へ帰ることが出来たら不安も歯がゆさも消えて、何もかもがよい方向に流れ出すと思っていました」
「馬鹿ね……生きる意味なんて、誰かに貰うものじゃないわ」
 優しい口調のレイニの言葉に、素直に頷く。今は、解る。
「今も再会を望む気持ちに変わりはありませんけれど、居場所を求めているわけではありません。約束を違えていないことをお伝えして、追いたい夢ができたことをご報告して、村やあなたのことも紹介して……」
「追いたい夢って?」
「船に乗ること。それから、世界の調整。そして……大切な人の手を離さないことです」
 そのタウラスの言葉に、小さく頷いたレイニの顔は、とても感慨深げであった。
「……自分の主を見つけること、だけだと思ってた、あなたの夢って。世界の調整は私の使命で、あなたはずっと主の為にあり続けるのだと。ずっと主を追い求めるあなたとは、いつか別れるのだと……思ってたわ」
「そう、一つ気になっていました。主に認められたいのは不甲斐ないままではお傍を離れる許しを貰えないからですよ? ただ誉めてもらうためだけに村の再建に尽くすなんて、そこまでひとりよがりなことは考えていません。一体、どこまで子供だと思われているんですか?」
 少し不満気に、軽く睨むようにレイニを見るタウラスに、レイニは笑みで返した。
「私の娘より、よ。私に依存して生きることをよしとせず、自分の道を自ら決め、私の元を去っていった……当時14歳の私の娘より、ずっと子供だと思っていたわ……だって、そう聞こえたんだもの」
 視線を落として、小川を見た。その先に続く、海を想っているのだろうか。
「今、こうして一緒にいても。海に出たら……その目的の違いに、お互いが気付き、あなたと私、何れは別の道を行くんだと思っていた。世界を見て、未来を勝ち得るために進む私と。ただ一人の人を探し、過去を追い求めるあなたと。
 でも……今の言葉が本当なら、もう少し一緒にいられると、思っていいのかな。同じ夢を追って生きれる人だと、思っていいのかしら」
 レイニの言葉に頷いて、タウラスは滑らかに言葉をつむぎ出す。
「先日おっしゃっていた村長家の話、良案だと思います。新しい家が完成したら一緒に移りましょう」
 村長を個人にするのではなく、家が担ってはどうかと、レイニはぽつりとタウラスに言っていた。そしてタウラスに、自分と一緒に担ってくれるのなら、自分の息子にならないか、と。
「一緒にって……私の、家族になってくれるの!?」
 笑顔を、タウラスに向けた。
 はい。とタウラスは頷いてみせる。
「あ、でも、ローンを半分負担させようって魂胆じゃないでしょうねぇ?」
「違いますよ。ローンはきちんと自分の稼ぎで支払います。それから、村の名前は『アルザラ』にしませんか? 以前寄航した先にも名前を覚えている方はいるでしょうし、そういう方達の耳に入れば村を目指すきっかけになりそうです」
 レイニの出身、港町の港は、レイニの嫁ぎ先の管轄下にあった為、通称アルザラ港と呼ばれていた。
 タウラスは、主にもアルザラ港から船が出るらしいと話して別れたと続ける。更に、レイニの娘にとっての目印になるだろう、と。
「それに……」
 そしてタウラスは、すうっとレイニの瞳を覗き込み、視線を絡めた。
 不思議そうな瞳で、レイニがタウラスを見返す。
 タウラスは、ゆっくりと言葉を出す。
「それに、村に名前を残せたら、苗字をかえてほしいと頼みやすいから……」
 レイニが一瞬、息を飲んだ。
「……タ、ウ……?」
 タウラスは、右手で掴む毛布を放して、手のひらをそっとレイニの頬に当てた。
 指の先で、髪を軽く払う。
「手を伸ばせば、焦がれる人がいるのに、良い息子を演じ続ける自信はありません」
 手を、顎に落とした後、項を経由して後頭部へと手を滑らせる。
 呆然と驚いた表情を見せているレイニの後頭部を少し、押して。より、自分に近づける。
「ち……ちょっと! なっ」
 タウラスの手から逃れ、立ち上がろうとしたレイニだが、毛布に足を取られ尻餅をつく。
「あ、あのねぇ……、な、何を言ってるのかなぁ、はははっ」
 明らかに動揺しているのが分る。
 完全にそういう目で見られていなかったということかと、タウラスは小さく息をつく。
「ええっっと……う……あ……」
 二人を包んでいた毛布は地に落ちていた。
 うなだれるレイニと、彼女を見つめるタウラス……。
 空に浮かんだ月が、淡い光で包み、二人を穏やかに見守っている。
「私、は……」
 今度は、レイニが語る番だった。
「ずっと、誰かと生きてきた。私の傍にはいつも、大切な誰かがいた。生まれた時には、母がいて。15になるまで、両親と一緒だった。親と別れてからは、研修仲間と寮で同じ時を過ごし、仕事に就いてからは、航海仲間が傍にいて……。結婚してからは、自分の家族がいた。夫を亡くしてからも、娘といつも一緒だった。あの子は、私の娘でありながら、一番の親友でもあった。
 毎朝晩、物心ついてからずっと、ベッドの中で挨拶をするのが普通のことで。夜中に目を覚ませば、誰かの寝息が聞こえ、顔を向ければ、寝顔が目に入る。それが普通だった」
 地についていた手を膝に回して、レイニは両手で足を抱え込んだ。
「ソファーで眠っているのはわざと。一人の部屋のベッドじゃ、寝付けない。仕事をしながら、いつの間にか眠るよう仕向けた方がよほど眠れる。私は一人でも、大丈夫。一人でも強く生きられる。だけど、寂しくないわけじゃない。人が恋しくないわけじゃない。……思い切り、特別に愛せる存在がほしいって言ったわよね。子供は、見返りを求めず、突き放されても、一方的にであっても、遠く離れてしまっても、愛し続けられる、愛することが許される存在だと思うから。
 傍にいる時は、力になってくれる。離れていても、心のどこかで必ず繋がっていられる……子供、なら。だから、一番身近になったあなたに、息子になってほしかった」
 タウラスを見つめて、また、すがるような眼をした。
「息子じゃ……だめ?」
 彼女の小さな言葉に、タウラスは首を左右にふる。
「何故、息子なのですか?」
「だって……あなたは、何れ私の元を離れるわ。私はあなたとは行けない。あなたは私の元から旅立っていってしまう」
 自分は自分の道を行く。
 二人の道は、分かれるだろう。
 だから、想いは一方的でもいい。
 だけど、切れない繋がりがほしい。
 生きていてくれれば。
 生きて、あなたが幸せであってくれれば。
 遠く離れていても、切れない絆が力になってくれるから……。
 そんなレイニの想いが、タウラスに伝わってくる。
「離れません」
 言い切って、再び……。
 タウラスは、手を伸ばした。
「今語ったこと……想いが、全て真実です。俺の夢と、あなたの夢は違いますか?」
 手が、頬に触れた途端、小さな衝撃を受けたかのような反応を、レイニが示す。
「母親ではなくて、添い遂げることのできる唯一の存在になってください」
 手を、首に回して引き寄せる。
 倒れ込むように、レイニの額がタウラスの胸に、当たった。彼女の右手がタウラスの服を掴む。
 徐徐に力が込められていくのが分かる。
「あ、なたが……」
 搾り出すような声が、レイニの口から漏れた。
 何度も息を付いて、途切れ途切れに声を出す。
「本当に……そ、れで、いいのなら……」
 胸の前で発せられたその言葉は、直接、タウラスの胸に響き渡った。
 レイニの顎に手を添える。
 もう一方の手で彼女を支えながら、顎を上に掬い上げ、仰向かせる。
「……うわっ、恥ずかしいっ!」
 目が合った瞬間、レイニは俯いてしまう。
「あなた、若、すぎるのよ! わ、私は、前の旦那に合わせようと……彼を失ってからは、一人で娘を育てる為に、ずっと背伸びをしてきたから。今は40代くらいの人と同年代な気持ちでいるの。それも、あなたを子供と見てしまう理由」
 でも……と、レイニは少し戸惑いながら、タウラスの胸に額を押し付けたまま、彼の背に手を回した。
「昔、ずっと年下の男性と結婚をした友人が言ってた。年下の旦那はいいよって。素直に甘えられて、思い切り甘えさせてあげることもできるからって。幸せだって言ってたわ。その時はピンとこなかったんだけれど……今は分かる。
 最近、あなたといると、楽だと感じるの。これくらい年が離れていると、大人に見せようとする必要はないし。背伸びをする必要もなくて、自然な自分でいられる。こう言われると嫌かもしれないけれど……あなたのこと、凄く可愛いって思う。だけど、頼りになるとも本当に思う。愛おしさと、敬愛、両方感じるわ」
 顔を上げた。
 恥ずかしそうに微笑んで。
「多分、普通の夫婦の2人分、あなたのことを愛せるわ」
 言った途端。
 再び俯くより早く、タウラスの唇がレイニの唇に重ねられた。
 それは、約束の印の、優しいキスだった。
「タウ……」
 タウラスが唇を離すと、レイニは目を瞑り、タウラスの首筋に頬を寄せた。
 タウラスは片手でレイニを抱き、もう一方の手で毛布を取って、体に掛けた。
「今夜は、ここで休みましょうか。一緒に」
「うん……」
 毛布の端と端を結びつけて、二人で包まった。
 互いの温もりを感じながら、抱きしめあい、互いに寄りかかりながら目を閉じる。
 朝が来なくてもいいと思った。
 闇も怖くない。
 光を求めて歩いていける。
 二人、一緒なら。

*        *        *

 結婚式を間近に控えたオリン・ギフトは、ピスカから説明を受けた花摘みへと出かけることになった。
 自らが声をかけた男性のほか、ピスカが声をかけた人物や学園の生徒など、多くの男性が彼に随った。
 タウラス・ルワールも、一時港の開発を中断し、主催者として挙式準備に携わっている。
 港町出身の男性の中に花に詳しい人物はおらず、花畑についてからも、手当たり次第花をちぎって台車に投げる人物から、ものめずらしそうに花を見る男性まで、様々であった。
 当のオリンといえば、珍しい花を見つけ次第、学術名に効能や薀蓄をはじめ、他の男性や生徒達を感嘆させている。
「はいはい、オリンさん。拘るのなら、学術名や効能ではなく、概観や花言葉にしてください」
 作業より、解説に熱をいれてしまっているオリンを、タウラスが嗜める。
「アリンさんには、あのような、純白や、淡い色の花がお似合いなのではないでしょうか?」
 白い可憐な花が咲き誇る場所に、オリンを誘導する。
 男性だけの花摘みは難航しそうに思えたが、タウラスの誘導により、なんとか女性陣の要望どおりの花が揃いつつあった。
 セルジオ・ラーゲルレーヴの「女性ってどんな花だと喜ぶんでしょう……」という問いにも、丁寧に答え、一緒に花を選んでくれた。
 そんな花選びに関して助言をしたり、ハーブを採っているタウラスを見て、セルジオはなんとなく懐かしさを覚える。皆の世話をする姿がとても似合っている。
 料理音痴で知られるタウラスだが、お茶の淹れ方は非常に上手い。
 多分、味見や、余計なアレンジは一切せず、分量をきっちり守れば料理も上手いんじゃないのかなぁと、セルジオは思うのだった。
「さ〜あ、早く済ませて帰りましょ〜ねぇ〜」
 ホラロ・エラリデンも、張り切って、整地作業を手伝っている。
 実は彼、オトしたい人物がいると、オリンに惚れ薬の調合法の教示を求めていた。オリンは作業を手伝うことを条件に了承し、レシピは既に研究所の机においてきたとのことだ。
 人数が集まったこともあり、また、暴風雨の影響もさほど受けていない場所であった為、作業は順調に進み、多くの色とりどりの花が台車に積み込まれた。
 村までは、半日の距離がある。未明に村を出発。昼過ぎには、帰宅準備を始めることになった。
 代わる代わる台車を押しながら、挙式の話をする。
 男性陣に冷やかされて、オリンは苦笑の連続だ。こういうことには、慣れてはいない。
「女の子に泣かれると困るよな〜」
 ほそりと呟いた言葉が、近くを歩いていたタウラスやホラロの耳に入り笑いを呼んだ。
 自然と、妻や彼女の話になってゆく。
 挙式用とは別に、花束を確保していたセルジオに、学園の生徒から、彼女にあげるのかと、質問がとぶ。
「いえ、彼女なんていませんけれど、贈りたい人がいるんです」
 彼女じゃないの? と生徒達は不思議な顔をする。
 セルジオと、ミコナ・ケイジは、2人でいることがとても自然に見え、学園の生徒達には理想のカップル像と見られているらしい。
 タウラスの手には、一輪だけ。紙でくるまれた鮮やかな花が、握られている。
 しかし、その顔には、先ほどから冷ややかな微笑みが浮かんでおり、花の贈り先を問える雰囲気ではなかった。視線の先には、自分専用の台車に多くの花を載せた船長の姿がある。
「二号は絶対、レイニちゃんだ。10年前から、ずっとアタックしているっていうのに〜。幼子連れで雇ってくれって来てさぁ。養ってやるっていってんのに、強情につっぱねて、ホント、素直じゃない女だよなぁ。この花束の半分を贈って、今日こそ、レイニちゃんのハートを掴んでやるぜ〜ぃ。女ってもんは、ホント物や花に弱いからな〜」
「あとの、半分はどうするんだ、船長?」
「もちろん、村中の俺のファンに配って回るさ〜」
 ファンというか……半分ぐらい利用されているのだが、気付いていない幸せな人である。
 オリンに問われ、ホラロも前妻の話をする。
 何でも、政略結婚だったとか。某国の中枢に入り込むために、婿入りしたとの話だ。
 奥さんには全く頭が上がらず。殆ど研究所で生活していたため、会うこともあまりなかったとか。
「でも、愛していましたよ」
 顔に似合わない言葉だった。
「私との結婚を飲んでくれた人ですからねぇ」
 自分が魔法だけの男だということは、自分自身よく分かっているらしい。
 一同、彼の意外な一面を見た気がした。
 たまにはこのように、同性だけの交わりを持つのも良いかもしれない。
 羽目を外した会話も、楽しかった。
 険しい山道も苦にならない。
 後の喜びを考えれば。

 男性達が花摘みで村を留守にしている間、女性達も結婚式の準備に勤しんでいた。
 リリア・アデレイトは、自分の部屋に、学園の少女達を集めて、ドレスとヴェールの飾りにするリボンを作っていた。
 寮に残っていた男子は、「付近で花を集めて来い!」と、追い出し済みである。
 少女達は、少女達で、挙式や気になる男子の話題で盛り上がっていた。
「いいなー。私もいつか着れるのかなぁ。村に男性少ないし……はあ……」
「難易度高いよね。タウラス様も、最近レイニさんと一緒にいること多いし。付き合い始めたのかなぁ」
「いやーっ。私のレイニ姐さまっ!」
「って、そっちか!」
 賑やかな笑い声が響きわたる。
「リィムさんは、ホントにホラロおじさんと結婚するつもりなのかな? 夜遅くまで、研究所で2人っきりで勉強してたりするみたいだし」
「なんの勉強してるのかな。魔法だけかなかな?」
「そりゃー、オトコとオンナが二人きりなら、他にもイロイロやることがあるんじゃないかとぉ」
「きゃあっ」
「でも、あのホラロおじさんだよ? そんな気になれないって」
「だよねー。子供化する研究の実験台にされてたりして、リィムさん」
「ありえるー。それあり得るよ!」
 きゃあきゃあ騒ぐ少女たち。
「……で、リリアとバリはどうなってるの?」
「え……っ!?」
 突然、皆の視線が自分に集まり、リリアの作業の手が止まる。
「付き合ってるんでしょ〜?」
「え、えええええーっ、つ、付き合ってなんか、ないよー」
「じゃ、片想いか〜。早く告白しちゃいなよ! 競争率高いんだから。バリはまだ子供だけどさー、きっといい男になるよ。早めにゲットしておかないと、後で後悔するよ」
「べっ、別に! 私は、そういうの、もっと先だからっ……痛っ」
 焦りまくり、針で指を刺してしまう。
「ふうーん。それじゃ、私がバリもらっちゃおうっかなー」
「あーずるい、カヨもバリ君欲しい〜」
「私も、私も!」
「それじゃ、じゃんけんで決めよっかー」
 少女達は、じゃんけんを始めた。
 バリってこんなにモテたんだ……と、呆然とリリアはまた指を刺してしまう。
 まあ、学級委員で、目立つし。
 頭もいいし。
 運動も出来るし。
 人望もあるし……。
 バイトとか、積極的にやってるし。
 ……。
 パーフェクトじゃん、アイツ!
「で、でもちょっと……ほら、生意気だよ、バリって」
「リリアちゃんから見ると、そうかもしれないけどー。私はバリ君と同い年だし。男の子はあれくらいしっかりしていた方が頼りがいがあるもん」
「そうよねー」
「だよねー」
 うわあ……これは、うかうかしてられないかも。
 う、ううん。べ、別に私はっっ。
「そ、そんなことより、い、今はドレスのリリリリボン作りをしなきゃ!!」
「あー、リリアが話逸らそうとしてるー」
「赤くなっちゃって、可愛い〜」
「ええーい、白状しろーっ! バリが好きなんだろ〜。違うんなら、好きな人の名前言え〜」
 少女が、リリアの首に腕を絡め、締め付ける。
「やー、やめてー。べ、別に関係ないもん。きゃははははははっ!」
 もう一人は、リリアの脇腹をくすぐる。
「か、か、関係ないんだもん。私は、まだ、よくわかんないし!」
「まだ言うか!」
「あははは、いや、ははははっ。やめて、やめてったらーっ!」
 リリアは足をばたつかせて抵抗するが、なかなか抜け出せない。
 賑やかな笑い声は夕方まで響いていた。
 作業は少し遅れ気味だ。女の子が集まると、どうも話に花が咲いてしまい作業が滞り気味だった。

 皆での作業を終えた後、リリアは、アリンの家に行くのが日課になっていた。
 学園の生徒達もちょくちょく訪れていたが、一応門限がある為、リリアほど自由は利かない。
「結婚式当日まで男の人には見せられないものがあるの!」
 訪れた男の子には、そう言って玄関先で帰ってもらう。花婿のオリンにも、まだドレスは見せていない。学園の女の子とリリアだけが衣装作りを手伝っている。
 アリンはドレスの試着をしながらも、心ここにあらずでため息ばかりついている。
 口から出るのは、「どうしよう」という言葉ばかりだ。
「どーしようって言っても、あと5日で花嫁さんになるんだよ!」
「そ、そうだけどぉ……えへへへへっ」
 今度は赤くなって笑い出す。新婚生活でも妄想しているらしい。
「んー、アリンちゃんドレス似合うね! 私もいつか、こんなの着てみたいな〜」
「ありがとー。リリアちゃんが、私に似合うドレス考えてくれたお陰だよぉ。リリアちゃんの時は、私が縫ってあげるからね! いつ頃になるのかなぁ。バリ君はまだ子供だもんねぇ」
「な、なんでバリの名前が出てくるのよ! わ、私はまだまだ先だもん」
「やだリリアちゃん、そんなこと言ってると、バリ君誰かに取られちゃうよ?」
「うっ……学園の子達にも、それ言われた」
 アリンちゃんになら、いいかな、と。リリアは、今の気持ちを話してみることにした。
 バリのことは気になるけれど、あまり意識されていないみたいだし……。私の方も恋愛とかよくわからなくて。
 でも、花梨さんとバリが凄く仲がいいのを見てると……ちょっと複雑な気持ちになるんだ、と。
 頷きながら、アリンはリリアの話を聞く。
「私も、そんなふうだったよ。先生に、憧れてて。先生が皆に優しいことが、ちょっと複雑で……。その時は恋愛とかよくわかってなかった。だけど、先生がいいなって思ったの。みんなの中で、特別になりたいなーって。一人だけ、見てほしくて……。ん、だからさ、リリアちゃんも、バリ君が好きなことは事実で、それが恋愛かどうか、分からないだけだと思うの。だったら、もっとバリ君と話をしたり、遊んだりして、本当に好きか確かめていかないと! 村には男の人少ないんだし、女の子から積極的にいかないと、他の子にとられちゃうよ!
 先生も、別に私の事好きでもなんでもなかったはず。生徒の中の一人で、同い年のリリアちゃんとは同じように見られていたと思う。だけど、先生が好きだって、先生と一緒になりたいって、私が伝えたから、私を見てくれたんだし。あの時、私が言わなかったら、多分、今頃、違う人が先生との結婚準備をしていたんだと思う。そして、私は、毎日泣きながら過ごして……。もしかしたら、生きてなかったかもっ」
「な、何言ってんのよっ」
「えへへ……。だって、本当に希望がなかったんだもん。未来が怖くて。だからさあ、欲しいもは、欲しいってまず、言ってみなきゃダメなんだと思う。欲しいかどうかわからないのなら、欲しいかどうかちゃんと調べてみないと、ね! リリアちゃんも頑張って」
 今夜は、逆にアリンに励まされてしまった。
 今はまだ、深刻に考えてはいないけれど。
 自分の未来も、彼女のように真剣に考える時がくるだろう。
 今日の作業を終えて、アリンと別れ、リリアは外へ出る。狭い村である。寮まで数分だけの距離だ。
「きゃっ!」
 道路に出た直後、誰かとぶつかり荷物を落としてしまう。
「ごめんなさい」
「ごめん……って、なんだリリアか」
「バリ!?」
 それは、噂の人物バリだった。
 一瞬、話を聞かれていないか焦ったが、彼はオリン達と花摘みに出かけていたはずだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「なんだはないでしょ! 荷物落としちゃったじゃない」
 ちょっと膨れてみせながら、荷物を急いで拾い集める。
 手の中に収め、立ち上がった直後、ぐらりと周囲が回った。
「って、リリア!?」
 バリの手が伸びて、リリアを支えた。
「わたっ、ごめん、ちょっと寝不足でっ、立ちくらみがっ!」
 作業が遅れているせいで、毎晩遅くまでリリアは頑張っているのだ。
 バリの手から逃れた途端、今度は小石につまずいて体勢を崩す。
 バリはリリアの手を掴んで、体勢を立て直させる。
「危ない奴だなぁ。寮まで送ってやるよ」
「いいよ、子供じゃないんだし!」
「んー」
 ちょっと考えた後、バリは頭を掻きながら、悪戯っぽく言ったのだった。
「じゃあ、リリア姉、俺を寮まで送ってくれよ」
 バリの言葉に、リリアはぷいっと背を向ける。
「しょうがないわね! 送ってあげるわよ。……こ、怖かったら、手掴んでもいいからっ!」
 笑いながら、バリはリリアの手を掴んだ。
 バリの手は暖かかった。
 街灯がないことに感謝をする。
 顔の色を見られずにすむから。

「……ですが、できれば当日驚かせたいので……内緒にしてくれませんか?」
「うん、いいよ〜。仕上げは当日にやろうね! んーもう、羨ましいなぁ。じゃ、頑張ってね〜っ」
 同じく、花摘みの日の晩、セルジオ・ラーゲルレーヴは、ピスカと別れ帰路についた。
 手の中のは、小さな袋がある。大切そうに抱え込み道路に出る。
「でさ、俺の作った塩をさー」
「うんうん」
 同じ年頃の、手を繋いだ男女とすれ違う。バリとリリアだ。
 リリアの方が少し年上で、今はまだ、リリアの方が背が高いけれど……成長期のバリは、あっという間にリリアを抜かすだろう。
(そうしたら、きっと、素敵なカップルになりますね)
 ふと、セルジオは立ち止まる。
 今日、彼女は遅番のはずだ。
「夕食は食堂でいただきましょうか」
 ふいに、ミコナ・ケイジの笑顔が見たくなり、セルジオは自宅とは逆の方向へと歩き出したのだった。

 翌朝、レイニ・アルザラが執務室へ入るより早く、ドアの前で彼女を待っていた人物がいた。
「お願いがあるんです」
 レイニは切羽詰った表情のリィム・フェスタスを執務室へ入れる。
 ソファーに座らせ、向かいに自分も腰掛ける。
「どうしたの?」
「レイニさん、私を魔法研究所で働かせてください。
 農作物の方に関しては、これからの季節ならハウス栽培に頼らなくても、天候的な問題は無いでしょうし、作業に関しても、特別な事をする訳ではないので大丈夫でしょう!
 研究ばかりでは体に悪そうなので、時々顔を出すようにしますし」
「それは構わないけれど、どうして急に?」
「……今朝、悪夢を見たんです……子供になった夢を……その傍らでニヤニヤ笑っている人物の姿を」
 リィムは1枚のレシピを見せながら、涙目でレイニに訴える。
「研究所での研究に関しては、私を『ホラロの助手・サポート』と言った立場ではなく、『1人の研究者』として扱ってください。
 ホラロが『私に対して』どのような考えを持っているか、多少なりともご存知のはずです、この島の女性のためにも……いえ、直に言わせて頂きます……『私の身の安全のためにも』私自身に、それなりの権限のある立場を下さい」
「ああ、なるほどね……」
 見せられたレシピは、惚れ薬のレシピとのことだ。この薬を使って、リィムを自由にしようとホラロは企てたらしい。
 レイニには話はしないがこのレシピ、先日オリン・ギフトに頼み込み、教えてもらったものだ。一度だけ書き、机の上においておくというレシピを、ホラロを出し抜き手に入れたのはいいが……。その後の彼のしつこさといえば、耐えられるものではなかった。
 自分の子供の姿や、自分の子供ばかり求める彼の態度に、リィムの心は疲れ果てていた。
「栽培の方は、管理をしていてくれれば、大丈夫だと思うわ。リィムが研究所で働いてくれたら、こちらも助かるし……。権限というか、事業部を分ければいいんじゃないかしら。研究部門を変えるの。ホラロは、魔法学や魔法具全般だけれど、リィムは魔法を生活に活かすための研究を進めたらどうかしら? どちらにしろ、所長がホラロであることは変えられないけれど……」
「わかりました。では、私のことは、村長直属の魔法産業開発研究員ということにしてはいただけないでしょうか?」
「んー、分かったわ。だけど、そんなに嫌なら、逆に彼に関わらない方法を考えた方がよくないかしら? 変な噂もたっているけれど、ホントのところ、リィムは、ホラロをどう思っているの?」
 少し、迷いながら。しかし、思い切ってリィムはレイニに本心を語りだした。
「正直言って、ホラロさんの事は嫌い……ではありません。
 地魔法の使用に関して、発掘や薬品などの魔法鉱石に関する一連の事、オントから住民を守る時……確かに、彼自身の為だと言えばそれまでだけど、何だかんだ言いながら、要所要所で私達の力になってくれています。
 彼自身もそうでしょうけど、私達も彼と出会わなければ、冬を越すことは出来なかったんじゃないかな……そういった面では、彼を尊敬はしています」
 手を組み、頷きながら、レイニはリィムの話を真剣に聞いている。
「そう……尊敬もしているし、正直、彼に惹かれているところもあります」
 バン、とリィムは惚れ薬のレシピを叩く。レイニがいるのを忘れたかのように、やり切れない思いを吐き出す。
「た〜だ〜し〜〜〜〜……彼が見ているモノ・頭の中に在るモノって、『今の私』じゃなくって、『子供の頃の私』或いは『私の子供』なんですよね……それが一番の悩み、もしも、初めから『今の私』だけを見ていてくれたのなら……この気持ちももっと素直に伝える事が出来ると思うのに……ねぇ?」
「そうかぁ……」
 レイニはリィムの心を聞くと、しばらく考え込む。
 そして、リィムにこう語ったのだった。
「あなたと同じくらい、私はホラロと仕事や村について話し合っているわ。まあ、確かに彼は変態だけど。一応人間ではあるわけで……。性癖に問題があるとはいえ、普通に人を好いたり、嫌ったりしているわ。身勝手な発言も多いけれど、リィムが言っている通り、誰かのためになっていることが多いでしょ? 言葉だけではなく、成したことだけを見れば、尊敬も出来る人物なのよね」
 レイニの言葉に、リィムは頷く。その通りだと、リィムも思っている。
「だったら、それをリィムの方から言ってあげたらどう? ホラロがリィム個人を見ないと言うけれど、リィムの方はどうなのかな? ホラロ個人を褒めたり、尊敬の意を示したり、認めてあげたこと、ある? 私は、ホラロの方は、リィムの事を可愛いだとか、立派だとか、認めたり、褒めたりしていると思うんだけどなぁ。素直な言葉ではないと思うけれど」
 可愛いという言葉や、働き者という褒め言葉……言われたことは確かにある。
 ただ、アレは、自分が彼の役にたったからで……。
「彼が先住民を卑下しているのも、自分が救えなかった部族があるからというのが、大きいと思うの。救うためには、自分の知識で支配し、強制的に言うことを聞かせるしかない、と考えてるんでしょうね。私や、オリンはある程度彼を理解し評価して要望も聞いている。彼を、認めることで、関係を築いているわ。
 リィムもそうしてみたらどうかな? アレな人だし、恋愛関係は勧めはしないけれど、あなた達なら、信頼関係を築き、共に向上していくことができるんじゃないかと思うわ」
 自分の言動を思い返してみる。
 彼の行いを否定してばかりいた。認められるものではなかったとはいえ……。
「考えて……みます。ありがとうございました」
 深くお辞儀をして、リィムは執務室を後にする。
 そうかも、しれない。
 まず、自分から折れるべきなのかもしれない……。
 考えながら、研究室へとたどり着く。
 ドアを開けた途端、研究机に向かっていたホラロが振り向く。
「あ、リィムさ〜ん、惚れ薬ホラロオリジナル試作品が出来たんですがぁ〜、飲ぉぉんでみませんかぁぁぁ〜☆」
 ……。
 で、ど う 褒 め ろ と!?

 イベントを間近に控えていても、日常業務は欠かせない。
「これ、湖の集落の人たちから差し入れなんやけど……」
 そう言う橘・花梨の声は消え入りそうだ。
 レイニは、花梨が受け取ってきた、花束や、肉や酒、小物類をそれぞれの担当に渡すように、指示を出すと、花梨にソファーに腰掛けるよう言った。
 おずおずと、花梨はソファーに腰掛ける。
 何を言われるかは検討がついている。
「まず……。湖の集落の方々には、感謝の言葉を伝えておいて。オリンも、アリンも喜んでくれると思うわ。交流再開のきっかけになるといいわね」
「はい」
「……で」
 ビクリと花梨は身を縮まらせる。
「これが業績」
 レイニは数枚の紙を花梨に差し出す。交易の業績が纏められた書類だ。
「赤字になる交易なら、やらない方が村の為なのだけれど……」
「そ、そんな! 人道支援はするって村の皆も言ってたし」
「そうなんだけどね……。余裕があれば、支援はしたいと思うわ。向うは死者も出てるしね……。だけれど、赤字を出して……身を切ってまでの、支援は出来ないのよ。特に、今の関係では。今月は色々忙しくて会議をやっている暇がないからいいけど、こう、赤字が続くようだと、交易も中止になっちゃうわよ?」
 雇い入れた人物達にも、厳しい指示が出せずにいる為、なかなか思うような成果が得られない。風邪をひいたと言われれば、無理はするなと休ませてしまうし、子供が怪我をといえば、子供についててあげてと言ってしまう。……多分、仮病を使って休んでいる人物もいるだろう。体調が悪いと言われると、簡単に、有給の許可を出してしまうのも、花梨の甘さだ。
「うち、商人、向いてないんやろか……」
「そうね」
 レイニの言葉は厳しい。花梨がガクリと落ち込んでしまう。
「多分、大陸では向いてなかったでしょうね」
 落ち込む花梨に、吐息をつくと、優しい口調でレイニは語りかけた。
「だけど、ここでは、花梨くらいの優しさがあった方が上手くいくんだと思う。あなたが担っていなければ、交易も中止していたと思うから。多分、会議をやって、この業績を見せても、あなたへ不満が向けられることはないと思うわ」
 花梨は、不思議そうにレイニを見上げる。
 自分が交易の代表であり、赤字を出してしまっているのは、自分だというのに。
「だって、あなたはそれほど、皆に好かれているから。その優しさが、皆の心を暖かくしてくれているのよ。だから、赤字であっても、仕方ないって皆、思ってくれると思う。あなたは許されるわ、皆に」
「そう……やろか」
「ええ。だけれど、いつまでもそれではダメだというのは、分かるわよね?」
 こくりと花梨は頷く。
「だったら、どうしたらいいのか。情を持ちつつ、商売を成功させるのはどうしたらいいのか……その辺りから、考えていくといいかもね。商売だけではなく、色々な制度を変えなければいけないのでしょうから」
 例えば、先住民への支援であるのなら。
 支援は商売人の仕事ではなく、本来村でやるべきことだ。
 商売人の支援は、対価をもらってこそである。無利子であても、対価は約束されてこそ商売だ。
「一緒に頑張っていきましょう、花梨」
 ぽん、とレイニは花梨の頭を叩いた。
 強く頷いて、花梨は立ち上がる。
 これが自分の出来る事なのだから、やるしかないのだ。
 大丈夫、自分には沢山の仲間がいる。
 外に出れば、多くの笑顔が迎えてくれる。
 バリにリリアに……多くの仕事仲間が。
 そして、村の老人達は、花梨を見かけると花梨が気付かずとも、必ず声をかけてくれる。
「さ、今日も頑張っていこかー!」
 元気良く、花梨は笑って見せた。
 元気が伝染するかのように、周囲に活気が溢れた。

*        *        *

 暖かい陽射しが降り注ぐ日だった。
 二人の門出、そして村中の人々を祝福しているかのような、天候だった。
 澄み渡った空の下、早朝から村人達は忙しなく動き回っていた。
 フレデリカ・ステイシーは、病人達の元へ。
 怪我人は車椅子で。
 病人も、軽症であれば、少しだけ式に顔を出せるように手はずを整えてあった。
 といっても、入院患者は僅か2名である。車椅子に乗せた二人を会場に運ぶと、主催側控え室に使っている応接室に戻る。
「はあ!?」
「ですから、私が進行を引き受けますので、レイニさんは花嫁の父親役をお願いします」
 執務室では、タウラス・ルワールが、にこやかに自分の一張羅をレイニに手渡している。
「卒業生の父親役には、オリンさんが適任でしょうけれど、花婿に兼任させるわけにもいきませんから」
「う゛ーーーーん」
 不満気にうなっているレイニに、構わずタウラスは服を着せていく。妙に楽しげだ。
「これで仕上げだねー。うん、可愛いっ」
「ありがとうございます、ピスカさん」
 部屋の隅では、セルジオがピスカになんらかの手解きを受けていた。
「フレデリカ」
 ふいに、レイニに名前を呼ばれて彼女の傍へと寄る。
「あなたの分のドレス、用意してあるの。私のドレスとお揃いだったんだけどなぁ」
「え!? いえ、私はこのままで結構です」
「こんな日くらい、お洒落しなさいよ。ピスカ、執務室にかけてあるから、着せてあげて。あ、フリルもつけてあげてね」
「うん、姐さま☆ さー、フレデリカちゃん、こっち来てね〜」
 フレデリカは、ピスカにぐいぐい腕を引っ張られる。
「やっぱり、これ大きいわよ」
 レイニは、鏡映る自分の姿を見ながら、袖や脇を引っ張った。
 タウラスに着せられた服は、少し大きめであった。
「体格、やっぱり違うわよね」
 タウラスの顔を見て、ちょっと笑う。
 中に服を着込んで、上着を羽織ることになった。
 最初は不満気であったが、既に楽しそうに鏡の前でポーズを決めたりしている。
「仕上げにこれを」
 一輪。
 タウラスは、花摘みで持ち帰った花を、レイニの胸元に挿した。
 紫とも、赤とも見える、鮮やかな色の花であった。
「ありがと。……でも、なんだか複雑だわ」
 そう言って微笑みあう二人に、セルジオは既視感を覚えるのだった。
 二人を見ると、思い出すのだ。
 堂々としていて、頼りになる父を。
 優しく気が回る母を……。
(性別は反対ですが)
 くすりとセルジオは一人、笑った。
「ち、ちょっと、これは、肌が露出しすぎですっっっ!!!」
「これくらい、全然大したことないって」
「せ、せめて、上着をください!」
「んもう、可愛いのにー。じゃ、肩掛け貸してあげるわよぅ」
 ピスカは、フレデリカを控え室に押し入れると、自分の家へと走っていった。
「うわっ、フレデリカとても綺麗よ」
 フリルをつけた、スカイブルーのドレスだ。
 真っ赤になって立ち尽くしているフレデリカの手をレイニが引いて、鏡の前に座らせる。
「機能的ではないので、着替えたいのですけれど。私は裏方希望ですし……」
「裏方も、全員式に参列するのよ、フレデリカ自身、病人をも誘導したじゃない」
 レイニはアクセサリーを取り出して、フレデリカを飾ってゆく。自分がしていたネックレスも、この格好じゃ似合わないから、とフレデリカの首にかけた。
「化粧は自分でできる?」
 こくこくとフレデリカは頷く。
 本当は、嫌いじゃない。
 こういう綺麗な服。
 この村にきて、こんな服を着る機会があるなんて……。
 なんだか、不思議な気持ちだった。
「そろそろ皆さん、入場してください」
 フッツが顔を出す。彼も正装だ。草臥れたおじさん風の彼も、きちんとした格好をすればそれなりにいい男だ。
「では。先に行って、準備を整えてきます!」
 化粧を終えたフレデリカが、一足先に控え室を出る。
「それでは、父親役、よろしくお願いいたします」
 レイニに軽く礼をして、タウラスも会場へと向う。
「うわ……素敵です。レイニさん」
 レイニの男装に、感嘆の声をあげるフッツ。
「はっはっはっ。それ、褒め言葉かしら?」
「そうそう、もう一人、素敵な方がいましたよね。先ほど出て行かれた綺麗な女性、どなたですか? 村の女性ですよね? 美しい方でした」
 フレデリカだと、気付いていないらしい。
 レイニは笑いながら答える。
「さあ、誰かしらねぇ。あの子はダメよ。あなたみたいな貧弱な男にはあげないわ。私の娘のようなものなの」
「レイニさんの娘ですか。でしたら、彼女もさぞ、勇ましく優しい方なのでしょうね」
「ええ、勿論」
 レイニは強気な笑顔でフッツの言葉を肯定し、花嫁控え室へと向っていくのだった。

「あ、花婿さんだ〜! ほら、アリンちゃん、どーしよどーしよって言ってる場合じゃないよ!」
 リリア・アデレイトは、アリンの背を押す。
 アリンは化粧の最中もおろおろしっぱなしだった。
 花嫁控え室を訪れたオリンは、自分の妻となる人物の可愛らしさに、一瞬目を奪われる。
 まるで、人形のようだった。
 純白の清楚なドレスは、アリンの祖母とリリアが毎晩遅くまで縫い、ようやく完成させたものだ。
 ブーケやリボンには、学園の少女達の手も加えられている。一つ一つ丁寧に作られた可憐な飾りはアリンにとても合っている。
 アリンだけの為に、彼女に似合うよう、サイズも彼女に合わせて作られた衣装だった。
「えへへへへっ」
 照れ笑いしながら、オリンを見上げる顔は、まだ幼い。
「綺麗だよ、アリン」
 言って、優しく微笑み、オリンはアリンを軽く抱きしめた。
 彼女の保護者……祖母への挨拶は、数日前にすませてある。
 彼女がどんな子であったのかも、祖母の口から聞いていた。
 小さい頃は、人見知りのするとても大人しい子であったと。
 学校に通うようになってからは、多くの友達に恵まれ、家にいつも様々な友人が遊びにきていた。
 だけれど、特定の男性を連れてきたことはなく、多分オリンが始めて付き合った男性だろうと。
 そんな話まで、聞かせてもらっていた。
「大丈夫だから」
 彼女の耳元で、そう囁いた。
 アリンは小さく頷く。
 オリンが摘み、女性達が束ねてくれた小さな花束を、アリンはとった。
 その中から、一輪、淡い赤色の花を抜いてオリンの胸に挿した。
「ずっと、先生が傍にいてくれるんだもんね……」
「こらっ、先生じゃないでしょ!」
 リリアの叱責が飛ぶ。
 途端、周囲に笑みが広がった。
「さ、行こうか」
 手を差し出したのは、レイニであった。
「はい」
 アリンはオリンから離れると、レイニの手をとって、足を踏み出した――。

 会場には既に、新郎の姿がある。
 普段、会議室として使われているその場は、可憐な花々で飾られている。
 集まった人々もみな、煌びやかな衣装を纏っていた。
 赤い、絨毯の上を。
 一歩、一歩。
 村長、レイニ・アルザラの手に手を回した花嫁、アリンが、歩く。
 皆の前に到着すると、二人と、新婦は揃って礼をする。
 そしてまた、一歩。
 一歩ずつ進み、新婦は新郎に手渡された。
 アリンは、オリンの腕に手を絡め、俯いた。緊張で前を見ることができないらしい。
 オリン・ギフトは周囲を見回して、言葉を発する。
「大洪水があり、それから色々とありましたが、これだけは言えます。最愛の女性と巡りあえたこの島に、今日という日にいてくれた皆様に、そして、私の妻となるアリンさんに感謝します。
 希望はいつだってここにあるから、その手の温もりを信じて歩き続けよう、答えはきっとみつかるから。幸せはそこにあるのだから」
 ユズの娘、オリンの教え子の中では一番若いカヨが、リングピローを持って登場する。
 この日の為に、オリンが作り上げた指輪だった。
 オリンは指輪を受け取り、アリンの手をゆっくりと取った。少し、震えているのが分かる。
 一瞬、優しく手を包み込んだ後、彼女の細い指に、指輪を嵌める。
 手をひっくり返し。今度はアリンが。
 オリンの長い指に、指輪を嵌めた。
 互いの手を会場の皆に見せる。
「私は、皆様のお力をいただきながら、アリンさんと、やがて生まれる子供たちを幸せにするよう、守っていくことを誓います」
 言って、腕を軽く引き、優しい瞳でアリンを見つめる。
「わ、私は オ、オリンさんを夫とし、病めるときも、健康なときも、順調なときも、ま、また、逆境のときも、オ、オリンさんを助け、オリンさんを敬い、オリンさんを愛し、ともに暖かな家庭を作り上げていくことを誓います」
 彼女の言葉が終わると、オリンは、アリンの顔を覆うベールに手をかける。ゆっくりと上げて、後方へ下ろす。
 アリンがオリンを見上げた。
 少し、戸惑いを含んだ瞳で。
 少しだけ、おびえた表情で。
 凄く、美しい顔で。
 目を閉じて、アリンは背伸びをした。このままでは、到底届かないのはわかっている。
 オリンは、身をかがめて……彼女の小さな赤い唇に、唇を重ねた。
 司会の声と共に、静まっていた会場に、承認の拍手が響きわたる。
 アリンは再び、赤くなって俯いてしまった。しかし、その手はオリンの腕をしっかりと掴んでいる。
 今度は、オリンと共に皆の間を通る。
 リリアと学園の少女達が、二人に付き添い花を振りまく。
 花を浴びたアリンは、赤らんだ顔を嬉しそうにほころばせた。
 オリンは幼な妻を愛しみの篭った目で見つめる。
 幸せそうな様子に、周囲から感嘆のため息が漏れるのだった。

 挙式後、披露宴が食堂で行われる。
 ミコナ・ケイジは、準備の為、挙式には殆ど参列できなかった。
 リィム・フェスタスも、披露宴の準備を手伝おうと食堂を訪れる。
「ミコナさん、素敵な髪飾りですね。とてもお似合いです」
「あ、ええ。ありがとうございます」
 ミコナの髪に飾られた髪飾りを褒めると、ミコナは少し赤くなり幸せそうに微笑んだのだった。
 挙式前――。
 式が始まる直前に、セルジオ・ラーゲルレーヴがミコナを呼び出した。
 会場の直ぐ脇、二人きりで向き合った。
「お渡ししたいものがあるんです」
 ウェイトレス姿の彼女の頭に、手を伸ばす。
「……やっぱり、可憐な花が、ミコナさんには似合いますね」
 セルジオは、ミコナの茶色の髪に花の髪飾りを挿した。
 白い花を中心に、黄色の花をちりばめて。
 メインには、控えめに赤い花を取り入れた。
「あ、ありがとうございます……」
 まるで、注目を浴びた花嫁がはにかむように、ミコナは赤くなった。
「嬉しいです……」
 そして、花嫁と同じように俯いた。
「喜んでいただけて嬉しいです」
 顔を上げたミコナを見たセルジオは、少し戸惑う。
 ミコナの眼に、涙が浮かんでいた。
「あ……ごめんなさい。お兄ちゃん以外の男の人から、プレゼントを貰ったことなんてなくて……。しかも、こんな素敵なものを……手作り、ですよね」
 見れば分かる。手の込んだものだということが。
「お返しできるものが、何も……思い浮かばないです」
「お返しなんて……。いつも、ミコナさんから、頂いています。優しい、気持ちを」
「それは、私こそ、セルジオさんからもらってます……」
「では、また食事を作りにきてください。とても楽しみにしていますので」
「は、はいっ。それじゃ、セルジオさんに美味しいものを食べてもらえるよう、私、もっと料理も勉強します……」
 ミコナは、赤く染まった顔で微笑んだ。
 その顔には、愛情が溢れている。
 言葉にせずとも、好きだという思いがあふれ出ている顔だった。
 しかし、若い彼女達の告白は、まだもう少し先のようだった。

 披露宴会場に、村人と新郎新婦が揃う。扉は開け放たれ、外にもテーブルがある。
 スペース的都合で、立食パーティとなった。
 ここからは、賑やかな雰囲気で、学園の生徒達も大はしゃぎである。
「あっ!」
 式場の簡単な片付け等をすませ、遅れてやってきたタウラス・ルワールは入り口付近で、リィム・フェスタスと思い切りぶつかってしまう。
「失礼いたしました。大丈夫ですか?」
 タウラスは散らばった砂糖を集め、リィムの持つトレーの上に置く。幸い、きちんと蓋が閉まっていたため零れはしなかった。
「はい。タウラスさんも楽しんでくださいね。腕を振るいましたから!」
 リィムは、数日前から、仕込みや準備を手伝っていた。
 先ほど運び込まれたウエディングケーキは彼女の自信作である。
 リィムは、外の客のサービスに回り、タウラスは中へと入る。
 新婦が花束を、祖母に渡していた。
「おばあちゃん、今までありがとう。私、頑張って立派な奥さんになるからね!」
 涙を浮かべている祖母を、アリンはそっと抱きしめた。
 その後、オリンと目を合わせると、式の間持っていた花束を取り、村長の元へ。
「いつも、ありがとうございます。私達のお母さん……あっ、今はお父さんだっけっ」
 笑いながら、小さな花束をレイニに差し出す。
「ありがとう、幸せになるのよ」
 レイニは軽くアリンの頭を撫でて、肩を抱いた。
「はいっ」
 元気良く頷いて、アリンはちょこちょこと旦那の元に戻っていく。その姿はとても幼く、とても可愛らしい花嫁であった。
「高等科の生徒達で、新郎新婦に歌を贈りまーす」
 声をあげたのは、バリだった。高等科の生徒達が、舞台とされている敷物が敷かれた場へと上がる。
 その歌は、あの日、彼等が会議室で歌っていた歌だ。
 先住民の子供達も共に。
 皆で励ましあいながら、歌っていた歌であった。希望の込められた、未来へを見つめる歌……。
「タウラス様ぁ〜」
 突如、舞台を微笑ましげに眺めていたタウラスの腕に、女性の腕が絡められた。
「やーん、タウラス様は、こっちで私と飲むのぉ」
 反対の腕も引っ張られる。
 酔ってしまったのだろうかと、しなだれかかってくる女性達を支えつつ、外へ連れ出そうとする。
 ……と、行く手をふさぐかのように、外から現れた女性達が次々に自分に迫ってくるではないか。
「タウラスさま、わ、私、前から、タウラス様のことが……」
 頬を赤らめている少女の姿まである。
 何事かと、戸惑っていると……背後から刺すような視線を感じた。
 振り向くと、レイニと目が合う。
 冷ややかな目で、タウラスを見た後、レイニは、自分の腕を掴んでいる女性の背に手を回した。
「んー、姐様ぁ〜」
 ピスカだ。レイニの腰にぎゅっと抱きつく。
「ピスカ、今日も可愛いわよ〜」
 レイニもこれ見よがしにピスカを抱きしめて、頭を撫でたりしている。
 彼女の回りも、タウラスと同じ状況だった。
 つまり、女性が異常なほど集まり、レイニにくっついている。
 確かに、自分もレイニも女性に慕われている方とはいえ、なんだか異様だ。まるで……。
 タウラスは、ハッとして、自分の胸ポケットに手を当てる。……な、ナイ。悩んだ末、使わずポケットにいれておいた、白い粉状のアレがッ。
「失礼」
 即座に、女性達の腕を振り解き、女性達を掻き分けるように、奥へと……レイニの元へたどり着き、彼女の腕を探し当て、引っぱりあげた。
「なによぅ」
 驚いたようにタウラスを見たレイニは、少し上気していた。ほろ酔いのようだ。
 ぐいっと、手を引っ張り、集まった女性達の間から、レイニを救い出す。
「仕事に戻らなければなりませんので。皆様、お先に失礼いたします」
「今日ぐらい、仕事はなしにしようって……って、タウラスー」
 そしてそのまま、会場の外へ、レイニを連れ出したのだった。

「お嬢さん、もう一杯いかがですか?」
 紳士的な口調で話しかけられ、フレデリカは少しドキリとする。この村に、タウラス以外にこのような滑らかな口調で話す男性がいただろうか?
「あ、ああ、フッツさんですか。いえ、私はもう結構です。この後、片付けもありますし。気分が悪くなった方が出ましたら、私が介抱して差し上げなければ。花婿の手を煩わせるわけにはいきませんから」
 声の主はフッツだった。あまり直接話すことはないのだが、共にレイニの傍で働いている人物ではある。
 フレデリカは、外のテーブルで、皆の状態を気遣いながら会話を楽しんでいた。
 先ほどから、相手のいる男女がいちゃつき始めたことがどうにも気になるが、病人も含め、気分が悪くなった人はいないようだ。
「いやあ、フレデリカさんが、こんなに綺麗な方だとは、気付きませんでしたよー」
 いらないと言っているのに、構わず、フッツはフレデリカのグラスに酒をついていく。
 手が、突然フレデリカの肩に回る。
「どうですか、二人でこのまま会場を抜け出すというのは。むしろ……貴女を浚って逃げてしまいたい」
 その言葉と態度に、一瞬フレデリカは固まった。
「な、な、な何を言ってるんですかっ!! 離してください!」
 思い切り突き飛ばす。
 酔っているせいもあり、フッツは派手に転び、頭をテーブルに打ちつけた。
「だ、大丈夫ですか」
 さすがに慌てて、フレデリカは手を差し出す。
「いえいえ、慣れてますから。何せ私は、あのレイニ様に長く付き従っていますからね」
 フレデリカの手を掴み、立ち上がった後も、フッツは手を離さず微笑んでいる。
 すかさず、反対の手がフレデリカに伸びる……。
「離してくださいッ!」
 ドン!
 フッツの手がフレデリカの髪に触れた瞬間、再びフッツは突き飛ばされたのだった。

「リィムさん、このお砂糖甘くないわよ」
 外のテーブルで楽しんでいた女性に、瓶を手渡される。
「あれ?」
 手の上に、白い粉を出し、なめてみるが、確かに甘くない……というか、この味……。
 先日レシピを手に入れ、密かに作ってみたアレではないか。
 リィムは一瞬青くなる。
「こ、効果はそんなに長くないはずですし……大丈夫ですよね、はははっ」
 でも、なんでこんなところにあるんだろう。
 自分が作ったアレは、厳重管理してある。
 リィムは不思議に思いながら、回収した小瓶の中身を、排水に混ぜて処分することにした。
 
「あ〜、暑かった」
 タウラスに着せられた服を脱ぐと、その下は普段着であった。
「で、披露宴会場から、花嫁の父を連れ出して何の用かしら?」
 ふて腐れたように言うその顔は、まだ少し上気しており、色っぽい。
 タウラスとレイニは、仕事部屋である執務室に戻っていた。
「あの場にいることに、危険を感じましたので。俺も……レイニさんも」
 自分が原因だということは、伏せておく。
 レイニは身を投げ出すように、椅子に腰掛ける。
「着込んでて暑かったし、慣れない格好で疲れたー」
 タウラスから水を受け取り、一息つく。
「そう、話といえば……部屋があの有様ですので、今晩は、ソファーに間借りさせてください」
 さらりと言われた言葉に、レイニの水を口に運ぶ手が止まる。
「う、うそ。寝室だけなら、数時間もあれば、復旧させられるでしょうに」
 軽くタウラスを睨む。
 タウラスは、微笑みで答えた。
 肩をすくめた後、レイニは引き出しに手を入れる。
「手、出して……」
 言われたとおり、タウラスは右手を差し出す。
 手の上に、何かが置かれた。そのまま、レイニはタウラスの手を握る。
 見えなくても、感触で分かる。それが何であるかは……。
「私、あなたに、好きという言葉を貰った覚えも、交際を申し込まれた覚えもないけれど、プロポーズは受け入れた……と思ってる。だからもう、私が使っている部屋もあなたの部屋だから。いつでも好きな時に、使って」
 くいっと、手を引っ張られる。
 タウラスの右手を……傷跡のある、右の甲を、レイニは自分の頬に押し当てる。
 目を閉じると、愛おしげに愛撫した。
「この先、沢山喧嘩もすると思う。私、短気な方だから、少しのことで、怒ってしまったりするかもしれないけれど。……本当に必要としている時……命の危険があった、あの時、あんな体の状態であったのに、一緒に行くと言ってくれた。そして、言葉どおり、一緒に来てくれたあなたを、私が嫌いになることは絶対にないから。信じて、いてね」
 目を開けて、頬から手を離す。まだ、二人の手は繋がれたままだ。
 瞳を上げて、訴えるようにレイニはタウラスを見つめる。
「だから……もっと直接的な理由をつけてくれたら……一緒に住みたい、とか……一緒に、いたい、とか……言ってくれたら、嬉しいんだけどな。それとも、やっぱり仕方がないからなの? 自分の部屋が使えない状態だから……」
「いいえ」
 言葉を否定して、彼女の手を引いた。
 そして、顔を近づける。
「タウ……」
 レイニの赤い顔にゆっくりと近付いてゆく。
 緊張の為か、ニ三度、目を瞬かせた後、レイニが目を閉じた。
 タウラスが、顔を傾ける――。
「姐様っ!」
 バン!! ガタガタドカッ!
「……何やってんの、姐様」
「ピ、ピスカ、あ、あははははっ、いきなりドア開くんだもの、びっくりして、躓いちゃったじゃない。いたたっ」
「レ、レイニさん、大丈夫ですか」
 タウラスは、繋いでいた手をひっぱって、椅子から転がり落ちたレイニを起す。
「ふーん。椅子に座ったまま、つまずくなんてー、相変わらず器用だねぇ、姐様……」
 タウラスをちらりと見た後、ピスカは近付いてレイニの腕を引いた。
「さ、披露宴会場に戻ろ〜。ギフト夫婦ってば、気球に乗って新婚旅行に出発するんだって〜。見届けなきゃっ」
「そ、そうねー。じゃあ、戻ろっか、タウラス」
 赤い顔で、気恥ずかしそうに微笑みながら、レイニはピスカに引っ張られるように出て行く。
 タウラスは、手の中の鍵を握り締め、ため息一つついて、心をクリアする。
 そして、ギフト夫婦を思い描き、いつものように優しい笑みを浮かべながら、二人の後についていった。

 食堂の方を向いた。
 集まった皆に背を向けて。
 アリンは、ブーケトス用の小さなブーケを後方へ放り投げた。
 清楚な花が空気に溶けるように舞い上がり、蝶のように空を飛んだ。
 軽く作られたその花束は、沢山の手の中に落ちる。
「私の、私のっ!!」
 多くの手の中から、もぎ取るようにブーケを掴んだのは、リリアであった。
「やった、やったよ〜っ」
「わあっ、いいな、リリアちゃん」
 祝福と、残念そうなため息が飛び交う。
 ミコナ・ケイジは、素敵な花嫁の姿と、喜ぶリリアを遠くで見守っていた。
「参加、しなかったのですね」
 ミコナ同様、ウエイトレス姿をしているリィムが語りかけた。
「はい。私には、まだ早いですから……。先に、好きな人に好きって言えるくらいの、一人前の女性にならないとって思うんです」
「そっか〜。ミコナさんは、立派ですね」
「いえっ! ただ、臆病なだけなんです……でも、頑張らなきゃって思わせてくれた人がいるから……」
 照れている様子がとても可愛らしい。
 リィムも、恋をしてみたいな、と思う時もある。
 しかし……。
「リィムさんは、ホラロさんとご結婚の予定、あるのですか?」
 ミコナが問う。
「ないっ、です」
 そう、ホラロの飼い主的に見られ、他の男性達に対象外と思われているらしいことが、リィムの恋愛の最大の障害になっていると言っていい。

 オリン・ギフトは、妻となった女性の手を引いて、気球に乗せる。
 二人きりの飛行は危険を伴うため、保養所までの飛行と制限された。
 保養所は、タウラスの手配で、7日間は二人だけに貸し出されることになっている。
「お幸せに!」
「羨ましいぞぉー!!」
「楽しんできてね〜〜〜」
「アリンちゃーーん、アリン・ギフトォ!」
「2人で共に頑張り、末永くお幸せに!!」
 リィムも大声で二人を祝福する。
 歓声と、花びらを浴びせられながら、二人はゆっくりと浮上していく。
 空高く。
 皆の姿が豆粒ほどになるまで、声は二人に届いていた。
 恐々とアリンは、オリンの手にしがみついている。
 たまに、撫でてあげながら、魔法で火を調整し、目的地へゆっくり進みだした。
 二人、だけの空を……。

*        *        *

 カーテンの隙間から、柔らかな光が射し込んでいる。
 人々の喧騒は聞こえない。
 聞こえるのは、小鳥の囀りと、僅かな水の音。
 そして。
 小さな寝息。
 オリン・ギフトは、傍らで眠るまだ幼さの残る、自分の妻の髪を優しく撫でる。
 自分の腕を枕にし、寄りかかり眠る彼女の姿は、堪らなく愛おしい。
 彼女に逢わなかったら、きっと自分は愛するということ、愛されるということを深く考えなかっただろう。
 私がアリンを救ったように、私もまたアリンの心によって救われたのだ。
 そう、思いながら、優しく優しく髪を撫で続ける。
「あ……先生、お……お、はよう……」
 目を覚ますなり、アリンは赤くなり下を向いた。
「おはよう」
 オリンはアリンの額に、そっとキスをした。
「あ……う、か、顔洗ってこなきゃ! か、髪もぼさぼさだよねっ」
 身を起こすアリンと、一緒に起きあがり彼女の肩を抱いた。
「いいよ、このままで。少し、話そうか」
「やーっ、うわっ、どうしようっ、こんな格好……」
 少し、固くなっている姿が、また可愛らしい。
 二人は、ゆっくりと話し出す。
 お互いのことを。
 生まれた頃のこと。
 子供の頃のこと。
 洪水を経て。
 この島に来てからのこと。
 辛かった日々。
 忙しなかった毎日。
 その間中、オリンはアリンの肩を抱きしめていた。
 今まで、甘えさせてあげられなかった分を取り戻すかのように。
 彼女の小さな体を自分の胸の中に抱き寄せた。
 オリンの左手が、アリンの左手を背後から、絡めるように、取った。
「よろしくお願いします」
 ――愛しい、アリン――
 花のように笑った彼女の唇に、唇を重ねる。
 背中に腕を回し、アリンがオリンの胸に擦り寄った。
「せんせ……オ、オリンさん、大好き……」
 二人の左手に、射し込んだ光が、当たる。
 2つ同時に。眩しい輝きを放った――。

*        *        *

 挙式から1月が過ぎた。
 村には日常が戻っており、オリン・ギフトの授業も再開されていた。
 近頃は、海へ下りる人が増えた。
 レイニ・アルザラは、洪水の原因、世界の魔力調整について村人達にも説明し、理解を得た。
 恐怖は消えはしないけれど。
 海を愛していた人々ばかりである。
 少しずつゆっくりと、皆海と共に生きる生活へと、戻っていくのだろう。
 タウラス・ルワールは、研究所に足を運んでは、航海に必要な物資の研究を指示している。
「分かりました。保存食の製造は、私の方で担当させていただきます」
 航海に持っていく保存食の研究は、タウラス・ルワールの指示の下、リィム・フェスタスが担当することになる。
 中身作りは、レイニ、タウラス、フレデリカで相談し、もう少し計画が進んでから、フレデリカ・ステイシーを中心に製造されることになった。フレデリカは、航海用の食料の他、燻製用のかまど作りなと、冬に向けての保存食製造にも既に着手しているようだ。
 その食料の相談の際「自分で作ると鮮度に関係なく食べられないようですし……」とタウラスはぼやいていたとか。
「燃料の研究の進み具合は、どうでしょう?」
 タウラスがオリンに問う。
「原理からして可能ではあるが、まだ何とも言えないな。5年を目処に、石炭を燃焼させる代わりに、魔法鉱石をつかい魔法エネルギーで機関をまわす研究を進めようと思っている」
「5年ですか……」
 オリンはレイニが船での探索を打ち出す前から、魔法をエネルギーに転換する研究に興味を持ち、ホラロと討議を交わしていた。
 ホラロの脳は、その方法は記憶されているのだが、彼は船のエンジンについての知識は皆無である。このあたりは、オリンが引き上げたクルーズ客船から構造を学んで、二人の知識を合わせ研究を進めているところだ。
 5年以内に出発できる際には、試作品を搭載させるとの事である。どちらにせよ、魔法をエネルギーとするのなら、魔法具の扱いに長けた者数名の乗船が必須になる。
 候補にあがったのは、シャオ、ラルバ、フッツ、アルファード、シオン、その他2名であった。そのうち、アルファードは湖の集落に留まっていることが多いため、除外した。後の魔力の吹き溜まりへの対処も視野にいれ、残りの人物は魔法学を学び、体力作りに励むことになる。無論、その気のない人物には強制はしない。
 また、魔法鉱石の方は、リィムが暇を見つけては、ピスカと探索に出かけ、小さな鉱石を研究所に運び入んでいた。
 ……自分用にこっそりどでかい鉱石をストックしてあるのはピスカと彼女だけの秘密だ。
「しかし、石炭がないというのに、レイニさんはどうやって海へ出るつもりだったんだ? まさか、帆船や、漁船で出ようと思っていたわけではないよな?」
「ああ、それでしたら全く考えてなかったそうです。すべきことを決める。仲間を集める。行動に移す。が彼女の信条のようですから。海に出る事を決め、仲間を集めたら、自分の専門外のことは仲間に頼るのがレイニさんの信念のようです。現場指揮能力には長けていますしね」
「……しかし、実際は、決める前から体が動いて一人でつっぱしってないか? 色々と」
「……否定はしません……」
 顔を合わせて笑いあう。
 探索船の方は、船長とレイニで話し合いを進めている。オリンもたまに加わり、設計図を起したりと、協力をしている。
 生存者を探索する船である。それなりの大型船になる予定だ。
 また、レイニの意見で、小船の他、小型の漁船も搭載することになる。船の規模の割りに、搭乗員は少なく、漁の経験のある者もいるだろうとの事で、万が一の場合の食料確保も考えての案だった。
「さて、この後、病院の方にも来るんだよな?」
「はい、よろしくお願いいたします」
 タウラスは、オリンの下医術を学んでいる。
 海に出るには、医療の知識のある者が必要になると考え、ならば、一番海の知識のない自分こそ、学ぶべきだと考えた。忙しい時間を縫い、毎晩のように病院に通い、オリンの指導を受けている。
 リィムに後を任せ、オリンとタウラスは研究所を出る。
「ところで……オリンさん」
 病院に向いながら、タウラスは近頃気にしていることを、悩み顔でオリンに訊ねる。
「リスクなく出産できる年齢ってどの程度なんでしょう……」
 唐突な質問に、オリンは僅かに驚くが、平静で返す。
「どうだな……35未満ってところか」
「35未満、ですか……。では、子供は妊娠後、どれくらいの期間で生まれてくるものなのでしょう?」
「大体10ヶ月くらいってところだなぁ」
 34歳1ヶ月頃がタイムリミットだとするなら……あと半年ないということに!?
 一人悩みこむタウラスの姿に、オリンは苦笑する。
「まあ、初産の場合はだけれどな。初産でなければ、それを過ぎても母体のリスクは少ないだろう。それでも、母子共に健康であることを願うのなら、30代半ばくらいまでがいいんじゃないか?」
 とはいえ、レイニさんなら、50代になろうが、元気すぎる子供を出産しそうだけれどな、とオリンは心の中で付け加える。
「そうですか……」
 タウラスは胸を撫で下ろす。
 なんらかの葛藤があるようだが、オリンには彼の内なる思いは分からなかった。
「そういうことは、相手と良く相談することだ。……うちもそうしている」
 幼な妻を想い、笑みを見せる。
 アリンは、子供はまだ要らないといっていた。
 もっと、学ばなければならないことがあるから。
 今は、勉強をしたい、と。私はまだお母さんになるには、早すぎるから……。
 そう、言っていた。
 彼女の意見を尊重し、子供はもう少し後にすることに決めたのだった。
「そういえば、アリンさんとの新婚生活はどうですか?」
「彼女はよくやってくれるよ。ただ、家でも先生って呼ぶのはそろそろ卒業して欲しいんだが。感情の高まった時だけ、オリンさんと言うんだけどなぁ」
「家でも、先生と呼ばれているのですか」
 照れだけではない。多分、彼女にとって、オリンは家でも先生なのだろう。
 教え、諭してくれる、先生なのだ。今はまだ。
 でも、二人きりで過ごす甘い時間には、彼を、愛する伴侶として、その名を自然に呼ぶのだろう。
 タウラスは笑いながら、ふと思う。
 そういえば、自分達もそうだ。
 普段は今でも、レイニはタウラスを呼び捨てで呼ぶ。
 しかし、ふとした拍子、タウラスだけに話しかける時に、愛称で呼ぶのだ。
 そんな時には、タウラスの方も自然と、敬称をつけずにレイニの名を呼ぶようになった。
 ほどなく、病院に着く。
「先生、お帰りなさいっ! あ、タウラスさん、いらっしゃい」
 可愛いらしい若奥さんが2人を出迎えてくれた。

 週に1日、村人の休息日が設けられている。
 役場も、学園も、その日は休みである。
 仕事に追われていたレイニやタウラスも、近頃は休みを取るようにしている。レイニの場合、休みの日こそ、更に活発に動き回っているのが実情だが、それがストレス発散にもなっている。
 リィム・フェスタスは、村の状態が落ち着いてきた頃から、昼過ぎにお茶会を催すようになった。
 ボランティアの方や、友人を集め、披露宴後に新しく出来た食堂のカフェテラスで、穏やかな時を過すのだ。
「リィムちゃん、ホラロおじ様☆とは、どうなってるの? 噂どおり、ホントに結婚考えてるの〜?」
 随分と親しくなった、ピスカが興味津々に聞いてくる。取材ではないようだ。
「そういうことは、考えていません」
「それなら、他の男性と付き合ったらどうなん? そしたら、子供子供ーって騒がなくなるんやない?」
 そう言ったのは、向かいに腰かけている、橘・花梨だ。彼女も久しぶりの余暇を楽しんでいる。
「そうそう、リィムさん結構学園の男の子に人気あるんだよ! ね、バリ」
「うん、まあな」
 花梨の右隣はバリ。左隣にはリリアの姿がある。
「それでも、その男性との子供を楽しみにされるだけです……」
 肩で息をつく。
 でも……。
 自分にだけなんだよね、とリィムは思う。 
 可愛い女の子といえば、目の前の花梨が一番に思い浮かぶ。隣のピスカも可愛い系の女性だ。
 綺麗な女性といえば、レイニやイリーだろうか。
 だけれど、ホラロがしつこく迫ってくるのは、リィムにだけだ。
 それだけ、自分に興味があるということなんだろうけれど……単に身近にいるからってこともあるんだろうし。
 再び、息をつく。
「そういうバリも、リィムさんファンなんか?」
「いや、俺は仕事一筋っすよ、花梨ねーちゃん」
「あれ〜、バリ、この間は、勉学一筋っていってなかったっけぇ?」
 花梨の問いに答えるバリに、すかさずつっこむリリア。
「バリはまだ、仕事も勉学のうちやもんな。ん〜、ええ子や☆」
 手を伸ばして、バリの肩を抱き寄せる花梨。
「ちょ、ちょっと花梨さん」
 抱き寄せられて赤くなるバリを見て、リリアは心中穏やかでいられない。
「リリアちゃんも、いい子や〜☆」
 花梨は反対の手を伸ばして、リリアをも抱き寄せる。
 そして、二人をぎゅっと。両腕で包み込んだ。
「か、花梨さんっ。んもう、今日は酔ってないはずなのに」
 リリアも赤くなる。
 顔が熱いのは、花梨に抱きしめられて動揺しているからか。
 それとも、バリと密着している恥かしさからなのか……。
 自分では、判断できなかった。

 村の開発事業もオリン・ギフト主導で着実に進んでいる。
 冬の間は作業のしにくい土地だ。その分、夏はすごしやすいだろう。
 皆、汗を流し、よりよい生活を得るために、日々、努力している。
 冬の終わりから手がけている散水塔は、完成間近であった。
 平行して上下水道の設備も整えられつつある。こちらは、何れは村全体に管を通すことになると思われるが、それにはまだ時間がかかりそうだ。
 散水塔周辺の設備が整い次第、モデルハウスと道路の舗装工事に着手する予定だ。
 モデルハウスを兼ねるルワール邸の建築に関しては、タウラスは、共同住宅から一戸建てに皆が移り住む際に割り振られた土地と、簡易住宅の建築の権利をまだ行使していないため、村から補助金が出ることになった。ルワール邸建築に際しては、2人分の補助金が計上されているが、今はまだ公にはされていない。
 学園や役場棟の建て替え計画も、既に承認が取れている。
 オリン・ギフト自身の家は、もう少し先だ。
 ルワール邸の建築設計や、開発事業で資金を稼ぎ、二世帯住宅で、高い天井とゆったりとした空間のある豪邸を建造予定だった。

 役場では、タウラスとフレデリカにより、各種書類の作成が進められている。
 戸籍制度も導入され、随分の住民の状況が分りやすくなった。
「レイニさん、お手紙です」
 フレデリカは、外務から執務室に戻ったレイニに、一通の手紙を手渡す。
 それは、花梨を経由して届けられた、原住民の少年、ルビイ・サ・フレスからの手紙であった。
 彼からの手紙は、フレデリカにもたまに届く。
 オリン宛てにも、治療の感謝の手紙が届いていた。
 ルビイがこの村で交わった人、全てに彼からの手紙は届いている。
 手紙には、湖の集落の状況がつづられており、また会える日を楽しみにしてますと締められていた。
「いつでも、会いにきていいのよ、と返事書いておいてくれる?」
「いいのですか!?」
「いいわよ。でも、今は彼だけね。ちゃんと皆に紹介するから、私達の命の恩人ですって」
「わかりました」
 フレデリカは微笑んで、便箋とペンを取った。
 ――親愛なる、ルビイ・サ・フレス様。
 また、両集落の親交について、相談出来る日が、早く訪れることを祈って――。

「さて、いこか!」
 橘・花梨は、仲間と共に、沢山の荷物を背負って門を出る。
 荷物の他に、手紙の束を大切に抱えて。
 その中には、ギフト夫婦からの感謝の手紙や、ミコナ・ケイジから、ルビイに宛てられた手紙もある。
 多分、来年の今頃は、この数倍の手紙を抱えて、湖の集落に向かうのだろう。……そう、願う。

 何度、この道を往復しただろうか。
 通いなれた通学路より険しいのに。
 あの頃と同じように、自分は笑っている。
 あの頃と同じように、悩み、苦しみながら。
 それでも、前に。
 仲間と共に、自分はここに在る。
 みんな、笑顔をありがとう。
 皆がいるから、自分の仕事は成り立つんだ。
 皆がいるから、生きていけるんだね。

 この、島で――。

※それから
【タウラス・ルワール】
【レイニ・アルザラ】
初冬にルワール邸が完成、それを期に婚姻をし、2人移り住む。
子供に関しては、タウラスはもうしばらく二人でいたいと考えており、レイニとしては、タウラスがずっと一緒であるなら、航海の妨げになるので無理に儲けなくても良いという考えから、しばらく見送ることに。
二人が婚姻後、村長の任は、家が担う事に決定される。
レイニが嫁いだ形となったため、戸籍上の家長はタウラスとなり、名前の上での村の代表はタウラスとなる。しかし、実情村ではレイニが指揮を担っている。また、その事由により、代表直々に他集落を定期的に訪問するわけにもいかず、以後、外交はフレデリカ・ステイシーが担当することになった。
タウラス「みなさんのことをどうお呼びしたらいいのか迷っています」
レイニ「どう、説明しよう……。補佐に手を出したって言われちゃうわ(赤面)」

〜3年後〜
村人の協力が十分に得られたことから、順調に船は完成。出航した。
タウラス・ルワールが探索船アルザラ1号の船長となり、船員をまとめる。
レイニ・ルワールは航海士として、船を先導する。
二人は、船上でささやかな挙式を挙げ、海に向かい、世界中の人々に世界の安定と二人の永遠の愛を誓った。
その後、レイニの妊娠が発覚。補給の為、たまに島に戻ってはいるのだが、臨月には一旦村に戻り、暫らく滞在する予定だとか。

【オリン・ギフト】
【アリン・ギフト】
夫はもとより、勉学に、家事に、仕事にと、アリンも忙しい日々を送る。
アリンの祖母とは別居。将来迎えに行くというオリン言葉に、アリンの祖母は首を横に振ったのだが、将来的には2世帯にし、迎え入れる予定。
学園には、紙の他に煉瓦作りの設備も整えた。
オリン
みなさんお疲れさまでした。
正直、こんなハズカシクてコソバユイ展開になろうとは思ってもいませんでした(笑)
でも、すごく楽しかったし充実しましたので、一緒に参加していただいた全ての方に大感謝です。
教訓:泣く娘には勝てないよなぁ
アリン「先生、考えごと(妄想)してて、ちょっと料理こがしちゃった。……ごめんなさいっ。明日は、ちゃんと作るから(うるうる)」

〜3年後〜
アリンは看護婦として立派に成長。18歳で女の子を出産。オリンがエリンと命名。親子三人で探索船を見送る。
生きて戻ってくる約束を条件に、オリンは村長を引き受ける。
現在アリンは2人目を妊娠中。女の子ならマリンと名付ける予定。更に、もう2、3人子供が欲しいとアリンは言っている。

【フレデリカ・ステイシー】
役場棟談話室には、フレデリカの依頼で描かれたオリン、アリンの挙式の絵が飾られている。村中の人々と、祝福された夫婦の姿が。
その後も、村長と補佐のサポートをそつなくこなす。
島外の生存者受け入れに関しては、食料の制作の他、目印となるよう、学園の子供達と大旗を作成し、船に掲げたり、積極的に動いている。
難民達の感情が落ち着いて来た頃、タウラスと共に、湖の集落を訪問し、再び両集落の友好に動き出す。
「べ、別にすぐに手がでるタイプという訳では…。(徐々にもごもごとフェードアウト)」

〜3年後〜
アルザラ船出港後、村長補佐となり、オリン・ギフトをサポート。
フッツからしつこく求婚されているが、現在のところ、仕事一筋頑張っている。
次期村長候補と噂されているとのことだ。

【リィム・フェスタス】
鉱石の探索、農作物の製造、諸研究に携わり、努力の人である。
ホラロには相変わらず困らされている。
「この島にたどり着いてから、色々あったよね。
ハウス栽培も、始めは全然駄目だったけど、何とか形になり、みんなに食べ物が行き届くようになって、本当に良かった・・・
 ボランティアで手伝ってくれた皆さん、本当にありがとうございました。
 この島で生活して、支えあう事の大切さを改めて実感しました。
今は未だ無理かもしてないけど、先住民の方々とも仲良く暮らせる日が早く来ると良いですね」

〜3年後〜
保養所に温泉設備を設けることに成功し、たまにツアーを開催している。
お茶会も無論、継続中。わきあいあい、村人との交わりを楽しんでいる。
ホラロのことは、上手く操っているようだ。一説にはイケナイ薬でホラロを懐柔しているという説もある。

【橘・花梨】
交易代表として、日々、仕事に勤しむ。
情に厚い性格故に、なかなか厳しい対応が出来ず、損失を出してしまうこともしばしば。
時間ができれば、お年寄りの家を訪問し、仕事を手伝ったり、保存食を作ったりしている。
バリや他研修生も得、毎日のように、人材育成にも励んでいる。
「春ばんざい!」

〜3年後〜
特定の相手との浮ついた話はないが、皆に好かれ、いつも友人に囲まれている。
先住民との通貨制度もようやく導入されたところ。

【アルファード・セドリック】
湖の集落で暮らすことが多くなり、向うの住民として登録されることになった。
ただ、彼に関してはこちらの村に許可なく入村可能とされている。

【セルジオ・ラーゲルレーヴ】
温室ハウスを目指し、奮闘。船長の元に通っては技術を学んだり、温水の配管工事を発案、作業事態も手伝ったり。鉄柵で周囲を覆い、室内を暖めるという案である。
村の名前をつけることを提案。
協議を結果、タウラスの発案と、レイニの願いもあり、「アルザラ」と決まる。
「僕はここで生きて行こうと思います、もしかしたら、遠いところで僕のように頑張ってるかもしれない友と、両親にいつか会えたときに胸を張ってあえるように。大切な人と」

〜3年後〜
立派な青年へと成長。
ドーム型の温室ハウスは、十分な役割を担い、今月も、美味しい果実の収穫が見込まれる。
ミコナ・ケイジとの仲はゆっくりモード。周囲からは恋人同士と見られているらしい。
告白はまだのようだが、既に付き合っているのだろう。

【リリア・アデレイト】
寮監として、寮生を監督している。寮生だけではなく、学園の子供達から相談をされることも多いらしい。
たまに、アリンの家に遊びに行き、のろけ話を聞いている。また、アリンに恋愛相談をしたりもしている。
もう少し落ち着いた頃に、花梨の交易の手伝いを再開するらしい。
「いつか、また皆で笑える日があるように。
向こうの村の人と、仲良くできるときが来るように。
時間がかかっても…私は絶対に、やってみせるんだから!」

〜3年後〜
初等科の子供達の面倒を看ている。近頃、初等科の子供が減ってきた為、近年には他の仕事に就く予定。それに伴い、寮も出る予定である。
バリとは毎日のように会っているようだ。
リリアの部屋には、ドライフラワー化したあのブーケが、今も飾られている。

【ホラロ・エラリデン】
魔法具の研究に勤しんでいる。
魔法薬の研究にも余念ない。

〜3年後〜
主に、膨大な魔力を調和する技術の開発に携わっている。
子供の数が減ってきたことを非常に残念がっている。
リィムさん、そろそろ私と結婚しませんか? とプロポーズしてみたりしているらしい。

【ラルバ・ケイジ】
武道場を設け、鍛錬に勤しんでいる。
花梨に付き添い湖の集落を訪れることが増えた。
「いや、ルルナ、お前は湖の集落に行くのはまだ早いだろ、うん」

〜3年後〜
フッツに警備隊総統括の座を押し付けようと画策中。
どうやら、湖の集落に意中の人がいるらしい……。

【ミコナ・ケイジ】
ユズおばさんに誠心誠意尽くし、分かり合おうと努力を続けた結果、散水塔の管理人として働く許可を得る。
食堂の手伝いも続けている。
「あっ、好きな食べ物聞くの忘れちゃった。……それを理由に会いに行っちゃおうかな(照)」

〜3年後〜
ユズ宅で暮らしているが、兄が家を出たそうな雰囲気なので、ミコナもユズ家から独立し、ルルナを引き取りたいと考え初めているところ。
休暇の日は、食材を持って、セルジオの家を訪れている。

【ルルナ・ケイジ】
ラルバに付きまとっては、知識や武術を吸収している。
高等科の生徒達とも、随分仲良くなった。
ただし、バリとは相変わらず。
「お兄ちゃんが最近、護衛の時に、村長達に悪口言われてるみたいなの。ルルナが助けてあげないと……。ホントだよ! 当て付けらてイヤだって、ぼそりと言ってたの聞いたんだからっ! 
 ん? 当て付けって皮肉のことだよね?」

〜3年後〜
学園卒業時には、オリン・ギフト開発の魔法剣をプレゼントすると約束してもらい、大張り切り。
武術の腕も随分とあがった。
今では高等科の学級委員だ。

【ピスカ】
船に乗りたいと希望するが、家族を置いて長期渡航は無理と判断され、島に残ることに。
後に、先住民の彼氏ができたとか。

【フッツ】
猛烈に鍛えているらしい。
村が気掛かりなため、船には乗らず、村に残ることを選択。
ただし、魔力の吹き溜まり対処時には、同行を求められれば乗船する予定。

【バリ】
この後、急激に成長し、3年後には、身長180を越え、まだのび続けている。
花梨の手伝いを続けているが、将来のことを真剣に考え始めた頃。
花梨を慕い、リリアを好いているが、今の関係が気に入っており、今はまだ、一歩踏み出そうとは思っていないらしい。

※マスターより
こんにちは、川岸です。
後日談シナリオにご参加いただき、ありがとうございます。
今回は全て通常リアで描かせていただきました。
悔いのないラストを迎えられたでしょうか?
書き手としては、良い終わりを迎えられたと嬉しく思っています。
アトラ・ハシス〜唯一残された希望〜のリアクションはこれで本当に最後になります。
皆様、イベントも含め、8回の精力的なアクション、ありがとうございました!

〜今後〜
投稿を募集いたしております。
イラストや文章を書くのはちょっと苦手という方も、PCの今の気持ちや、今後の日常を想像させる一言を、PCメッセージでいただけたら幸いです。
チャット会も17日夜に予定していますので、ご都合のつく方は是非ご参加ください。

〜川岸のこの後〜
現在のところ、他PBeM企画及び、他PBeMでのマスター参加予定はありません。
ですが、テラネッツのオーダーメイドCOMに、クリエーター登録をさせていただくことになりましたので、また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
プラリアを書くので、NPCの反応を教えてほしいという問い合わせに関しては、アトラの連絡用フォームで問い合わせいただければ、返信させていただきます(その場合は、絶対書いてね!)。
両方共に、他のPCにも大きな影響ができてしまう描写、返答はしかねますがご了承ください(村の制度変更等、ベースに関わってくることなど)。

それでは、お世話になりました!
またどこかで☆