アトラ・ハシス

第五回リアクション

『生きて』

川岸満里亜


 さよならなんて言わないで
 あなたと出会えて嬉しいから
 もっと、同じ時を過ごしたいから

 きっと、これからもっと
 互いを知っていき
 互いをずっと、好きになっていくんだ

 だから、さよならなんて、言わないで――

*        *        *

 真冬よりは、降雪量が減ったようだ。
 だけれど、雪の日は相変わらず多く、凍えるような寒さもまた、相変わらずだ。心なしか、強風の日が増えたようだ。
 空はどんよりとしていて。
 長く見上げていると、気持ちまで引き込まれそうになってしまう。
 空を見るのをやめて、前に視線を戻した。
 木造の広い庭のある家を、見た。
 村で唯一の食堂だ。食堂といっても、普段はさほど客は多くない。村の人口が少ないのだから、当たり前だ。
 しかし今は……食べ物を求める村人が、頻繁に訪れているようだ。
 だから。
 学園は休みなのだが、彼女は忙しいらしい。
 しらばらくして、少女が姿を現す。
 家を見ていた少年は、立ち上がって手招きをした。
 セルジオ・ラーゲルレーヴは、走り寄ってきた、ミコナ・ケイジと並んで、再びベンチに腰掛けた。
「今日、これから村長さんのところに、行こうかと思ってるの。……お兄ちゃんと会ってからだと、決心が鈍るかもしれないから……」
 先に口を開いたのは、ミコナの方だった。
 村長、レイニ・アルザラから聞かされた、魔法防衛を、ミコナは受けるつもりだった。
「私に、島……守れるかな。出来る力があるのなら、私がやらなきゃ……」
 強い決意より、怯えを感じる言葉だった。
「ミコナさん」
 セルジオは、ミコナの茶色の瞳を見ながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ミコナさんは、自分のみを犠牲にしてすべてを守ろうとしていませんか? それが、自分の役目だって思っているんじゃないですか?」
 ミコナがやろうとしていることを、セルジオはわかっていた。
「犠牲……とか、そんな風には思っていないの。でも、私はまだ、何の役にも立てていないから。何をすればいいのかわからなくて。だから、他の誰よりも、私が適任なんだと思う」
「村に必要な人なのはミコナさんも同じです。僕のできることかもしれない果樹園の手伝いだって、するといってもわからないことが多くて、何も出来ないのと一緒なんです。それなら、食堂のお手伝いというミコナさんのほうがずっとずっと大切な仕事をしていると思います。だから、役に立てていないからと、何もできていないからって自分を犠牲にはしないで下さい」
 セルジオの言葉に、ミコナは首を横に振った。
「食堂の手伝いは、私じゃなくてもいい。誰でもいいの。だけど……それなのに……」
 言いたいことがあるようなのに、言葉に出さず、ミコナはただ、首を横に振っていた。
 悩みを抱え、苦しんでいるように、見える。
 そんな彼女を見ながら、セルジオは切なげな声で囁いたのだった。
「貴女に何かあったら、ラルバさんやルルナさんが悲しみます」
「……だけど、お兄ちゃんにはルルナがいる。ルルナには、お兄ちゃんがいる。肉親を失ったセルジオさん達とは違って……」
「僕も、すごく悲しみます。ミコナさんがいなくなったら、その僕も、凄く悲しみます」
 顔を上げて、ミコナがセルジオを見る。
 二人の視線が絡み合った。
「僕はミコナさんと、色んな事を一緒に共有したいです。あなたのことがもっと知りたいです。だから……もう、さよならだなんて、言わないで下さい……」
 役場棟で魔法防衛の話を聞いた後。
 さよならと。
 そう言って、ミコナはセルジオと別れた。
 悲しげに微笑んだその顔がセルジオの脳裏を離れなかった。
 彼女の後ろ姿が、消えなかった。
「さよならだなんて、言わないで下さい……」
 もう一度、セルジオが言葉を繰り返す。
 その瞳から、切実な色を感じ取り、ミコナの口から言葉が漏れていた。
「ごめんなさい……」
 見詰め合ったまま、しばらく沈黙をしてから。
 一緒に、頑張ろう。と、セルジオはミコナに言った。
 体力をつけて、一緒に立候補しようと。
「お互い、出来るだけのことをしませんか?」
 優しく、そう微笑んだセルジオに。
 ミコナは首を縦に振った。
「私、やっぱり、ダメな人間だわ。一人で決心して、一人で実行できるような、強い心が……ないの」
 手を伸ばして、ミコナはセルジオの手の上に、自分の手を添えた。
「一緒に、頑張らせて……。挫けてしまわないように……」
 セルジオは両手でミコナの手を包んで、頷いた。
「ええ、一緒に、頑張りましょう」
 微笑み合って。
「私も、セルジオさんが大切。あなたを失いたくない……。だから、一緒に」
 柔らかな雰囲気を纏った二人が、一緒に立ち上がった。

*        *        *

 栽培ハウスも大量収穫時期が近付いてきている。
 幾分収穫に至ったということで、この土地での目安というものもわかってきた。リィム・フェスタスは、状況や、ボランティアの人々の話を参考にしながら、栽培基準をまとめあげ、水や肥料の統一基準を定めた。
 収穫についても、大きさや色の基準を設け、図で表して栽培基準と共に、ハウスの掲示板に貼りだしておいた。
 また、収穫基準に至った野菜であっても、種芋となる根菜類には別の基準を定める。
 それらは、農業の知識のない人々にも分りやすく、手伝いに現れる人も増え、今月の収穫は順調であった。
 リィム・フェスタス本人には、他にも優先してやらねばならないことがあった。この村でホラロ・エラリデンを除けば、彼女が最適だといえる作業……地中の探索であった。
 魔法具の製造に欠かせない鉱石。それを掘り出さねばならない。近い将来、きっと必要になる。
「リィムちゃん、大丈夫〜? メチャメチャ疲れてるみたいだけど」
 村長補佐タウラス・ルワールの指示で同行しているピスカが、リィムを気遣う。
 栽培ハウスでの魔力提供でさえ、大変な負担だというのに、昼間は広い大地の地中を探る作業だ。体力、精神力共に、相当きつい。大地の力をエネルギーとして取り込めないかとも考えてみたが、それは無理らしい。
「魔法鉱石があれば、魔法具を作り出して体力を補えるから、魔法鉱石探索が楽になるのにねー」
 記録をとりながら、ピスカが言った。
 いや、鉱石があれば、鉱石探す必要ないし!……とリィムは頭の中で突っ込むが、声にする気力はもうない。
「ホラロおじ様☆の話では、この辺りが怪しいんだよね〜?」
「ええ」
 リィムは事前にホラロから説明を受けていた。
 探索場所としては村や保養所周辺あたりに留めたかったのだが、ホラロの話ではもっと上……山の一族の居住場所付近に多く存在するのではないか、とのことだった。あまり山頂に近づくと、山の一族に捕縛される可能性もある。この辺りが限界だろう。
 付近を時間をかけて探索する。
 体力の限界まで、毎日のように。
 地に手を当てて探る。
 真下からは、何も感じられない。
 目を閉じて。
 もっと範囲をひろげて、探る。
 ……探り続ける。
「あ……」
 異物を感じた。土ではなく、水でもない、だたの石でもない……。
 温か味を感じる、何かを。
 多分、これだと、リィムは感じ取った。
 初めての感触だけれど、魔法を巧みに使うリィムには、そのエネルギーというものが感覚的にわかったのだ。
「あそこに……!」
 その方向を指した途端、力が抜けてへたり込む。精神も体力も、限界に近い。
「あの辺りね〜!」
 ピスカがマップに印をつける。
 確認しようと、リィムはよろめきながら立ち上り、そちらに向かおうとする。
「はいはい、今日はこれでおしまいねー。掘り出しは明日にしようね!」
 そんなリィムの腕を取って、ピスカは半ば強引にリィムをひっぱりながら、村へ向かって歩き出した。

 翌日から、リィムは天候の荒れていない日には必ずその場所を訪れた。
 そして、数日後。見事頭部大の鉱石を採掘し、持ち帰ることに成功したのだった。

*        *        *

 懸念されていた食料問題は、今月に入り、共有食の円滑化と交易の効率化が進み、解消されつつあった。
 それでも、不足していた期間が長かったため、悪食や栄養失調で病院に運ばれた村人は多かった。
 その合間を縫って、オリン・ギフトは寮生を集めて作業を進めている。
「おお、飛んだ! ホントに飛んだよ!!」
 男子生徒が驚きの声をあげる。
 寮の庭にで浮かんでいるのは、小さな気球。熱気球の模型であった。
 でもすぐに、熱気球はバランスを崩す。形や構造を知っていても、技術者ではないオリンや子供たちが説明書もなく作り出すのは難しいものだ。何度も作り直し、ようやく一定のレベルに達する。
 そして、模型どおりに、数日かけて熱気球を作り出す。オリンが別件で手を放せないときにも、自然と子供たちが集まり、熱心に木を切り、組み立てていった。長い冬休みに退屈していた寮生達には、とても楽しい作業であった。
 作りが粗い部分は、オリンがそっと手を加え、やがて3人乗りの熱気球が完成する。乗りたがる子供たちは多かったが、安全を考え、初めは風魔法に秀でた、シオン・ポウロニアを乗せることとする。彼ならば、万が一空中で放り出されても、滑空が可能だろう。
 3人乗りであっても、大きさは大層なものである。試運転日には、大人たちも大勢集まった。
 タウラス・ルワールの承諾も受け、フッツも援助に現れた。
 オリンが火をつける。模型と同じように、布が膨らみを帯び、やがて浮き上がる。村人達の歓声を受けながら、フッツ、オリン、シオンは浮かび上がった。
 この飛行に危険は殆どない。
 火力はオリンの魔法で細微に調整できる。
 風は、フッツがコントロールする。浮かび上がった状態の自分をコントロールするよりも、飛行目的で作られた熱気球をコントロールする方が楽なようだ。万が一の場合でも、オリン一人であれば、抱えて降下することもできるだろう。
 そうして、熱気球を使ったオリン・ギフトの探索がスタートする。
 まずは、地形を見るために、出来る限り上空に浮かんだ。望遠鏡を覗き込み、メモを取っていく。
 オリンは事前にレイニから、六分儀を借り受けている。壊したら張っ倒すという言葉と共に。……どうやら、凄く大切にしているらしい。慎重に扱うことにする。
 山の一族の社が見える。
 なるほど、このような場所に住んでいるのか……。
 と、関心を抱く。社は先住民の建物としては立派な造りになっている。
 また、湖の集落の付近は平地になっているが、あとは大抵が斜面や森となっている。熱気球を下ろせるような場所は殆どなく、探索は難しそうだ。地中の鉱物にも興味があるのだが、鉱物を探る手段がない。魔法で探るのなら、地属性でないと難しいだろう。今回の同行者は風属性のみということで、諦めることとする。
 熱気球での調査は、数日に亘った。
 島の周りを巡り、時に火を放ち雪を溶かす。レイニから聞いた漠然とした情報も視野にいれ。
 根気強く探索を続け、ついにオリンは船を見つけたのだった。
 自分達が乗ってきた沈みかけたクルーズ客船。
 付近に熱気球を下ろせる場所がなかったため、フッツに調査に行ってもらうこととする。
 結果。状態は劣悪。破損、腐食も多く、修繕も不可能な状態だ。
 積荷に関しては、浸水の影響で使い物にならないものが多いが、それでも多少は使えるものがある、とのことだ。
 いや、使えるものである必要もないのだ。鉄の棒1本でも、貴重な材料になるのだから。
 熱気球の最大重量や、フッツが一度に運べる量、彼の体力的問題もあり、大量に運び入れることはできなかったが、それでもオリンが持ち帰った数々の品は、今の村には貴重なものばかりであった。

*        *        *

 代表会談後の早い時期に、タウラス・ルワールは、フレデリカ・ステイシーを伴い、湖の部族を訪れていた。
 今回は通常のオントとの会談の他にも、目的があった。
 その目的全てを終わらせ、帰還時には集落を発とうとしていたラルバ・ケイジと合流を果たす。
 ラルバに関し、族長は低姿勢で謝罪を繰り返し、多くの物資と人をつけると申し出てきたのだが、タウラスはそれを丁重に断り、結局、先住民の同行者はホームステイの実務担当である、ルビイ・サ・フレスと、荷物運びの大人が一人となった。
 歩くこと、数時間……。
 保養所に到着する。
 フレデリカやルビイを休ませるため、休憩をとることにする。
 そして。
「こちらの保養所は倉庫も兼ねていますので。ここまでで結構です。ありがとうございました」
 そう話し、タウラスは荷物運びの男性に丁寧な口調で帰還を促す。
 彼は村まで運ぶと言い張ったが、もう日も暮れますからと、タウラスは笑顔で断り続ける。
 仕方なしに、男は荷物を下ろすと、手を差し出した。
「そちらの村長によろしく」
 タウラスは男と握手を交わす。先住民の男性は愛想良く笑いながら、両手でタウラスの手を強く握った。
「湖の集落の方々にもよろしくお伝えください」
「はい」
 男は、微笑みながら返事をして保養所を出た。
「ラルバさん、もうすぐ妹さん達に会えますね」
 ルビイは道中ずっと、ラルバと親しげに会話をしていた。ラルバや妹たちを気遣う様子から、ルビイは信用できる人物であると、タウラスは見ていた。
 火をおこし、飲み物を飲んで談笑をする。フレデリカとルビイがホームステイの話を始めたところで、タウラスはラルバを二人から少し離れた場所に呼び寄せる。
 入口付近で、彼に魔法防衛についてと、警備隊へ入ってもらえないかとの打診をする。
「魔法具を使った防衛か……恐らく、魔法具の使用経験であるのなら、俺に勝る者はいないだろう。任せてくれと言いたいところだが、範囲を考えると、今の俺には無理だな。習練を積んで、将来的には協力したいとは思うが」
 ラルバは大陸では軍人であったと聞く。軍事利用をされていた魔法具を演習、実戦で使った経験があるとのことだ。魔力面の問題さえクリアできれば、彼も適任といえる。
 警備隊に関しては、考えさせてほしいという返答だった。当座は妹達と一緒にいることを最優先にしたいらしい。
「そろそろ出発しましょうか。レイニさんも心配していると思いますし」
 初めての往復で一番疲れていると思われるフレデリカがそう言って、火を消した。
 出発に際し、村長レイニ・アルザラはタウラスを神経質なまでに「行くな!」と止めた。
 必要性を説き、半ば強引に湖の部族訪問を決行したタウラスだ。帰還が遅れれば、気を揉ませてしまうだろう。彼等の村長は少々面倒な性格をしているので、要らぬ心配をかけるわけにはいかないのだ。
 入り口に一番近い場所にいたラルバがドアを開ける。
 冷たい風が入り込んで来て、フレデリカとルビイが身を震わせながら、外へと出る。
「タウラスさん?」
 振り返ったフレデリカがタウラスの名を呼ぶ。立ったまま、タウラスは保養所から出てこないのだ。
「あ、いえ……フレデリカ殿。申し訳ありませんが、ルビイ殿と一緒に先に村に戻ってください。……ラルバ殿にこの施設の説明をしたいので」
「でも……」
「オリン殿に連絡をつけておいてください」
 フレデリカを見る真剣なタウラスの目に、フレデリカは敏感に事態を察知した。
「わかりました。お気をつけて……。さ、ルビイさん、こちらです。先に行ってましょう。村に着く前には追いつかれるでしょうけれど」
 フレデリカはルビイの手を引いて、村へと歩きだした。
「保養所の説明なら、次の機会で……」
 振り向いたラルバの目の前で、突如タウラスの体が崩れる。
 ラルバは瞬時に駆け寄り、タウラスを支え起す。
「っ……」
 タウラスは手の甲をラルバに見せた。
「毒か!?」
 袖をまくり確認をする。手の甲と手首に、一箇所ずつ大きな紫色の斑がある。
「遅効性か、くそっ」
 吸い出しを考えるが、何の毒なのかわからないまま、迂闊に口に含むわけにはいかない。下手をすれば共倒れだ。
「おそらく、握手の際に……」
 強く握られた為、痛みの衝撃は感じなかった。何かざらついた感触があった程度だ。暖炉の熱で急激に暖まったせいと感じていた手の熱さは、毒の影響だったらしい。
「切開、してください」
 毒は既に広まっており、体は自由に動かない。
「随分切り開くことになるぞ、大丈夫か?」
「躊躇している暇は、ありません」
 タウラスの言葉を聞き、ラルバは、護身用に貰い受けた短剣を取り出す。袖から服を切り上げ、タウラスの腕を強く縛る。
 まずは、手首を縦に裂く。毒と共に、傷つけられた脈から、血液が溢れ出る。構わず、毒を押し出す。周辺組織も幾分抉り出す。
 激痛がタウラスを襲う。
 歯を食いしばっていられず、タウラスの口から声が漏れる。腕を強く押さえつけて、ラルバは作業を続ける。
 続けて手の甲に短剣を刺し、切り開く。
 立て続けに襲う痛みで、気が狂いそうになる。
 視界が、ぼやける。
 込み上げる嘔吐感。
 何も考える余裕はない。
 歯を食いしばる。左手で床を掻き毟った。
 出来ることは、耐えるだけ。
 この瞬間が過ぎ去るのを耐える、だけだった。
「……よし、可能な限り毒は絞り出した。針が残っていると思うんだが、取れたかどうかもわからん。村に医者はいたよな? 直ぐに戻ろう」
 ラルバがタウラスを担ぎ上げるが、タウラスは荒い息で「いいえ」と答える。
「あの男性を追って……あなたなら、追いつけるはず。集落に戻……しまっては、白を切られ……」
 呼吸が苦しい。息が切れて言葉が上手く喋れない。かなり毒が回っているようだ。
「そんなことより、お前の命の方が大切だ!」
「大丈夫、です……薬も、あります。私は、這ってでも、村に戻らなければなりません、から……死には、しません……」
 死ねないわけがある。
 自分が戻らなければいけない、場所がある。
 だから、帰らなければならない。
 タウラスの強い意志を見たラルバは、タウラスを下ろし、直ぐに戻ると言い残して、保養所を出た。
 タウラスは震える手で、出発前にオリン・ギフトから受け取っていた傷薬を取り出し、振り掛ける。消毒にはなるだろう。毒の攻撃は予想しておらず……いや、予期していても、毒の種類までは予想できるわけもなく、解毒剤はない。知識もないので、冷やせばいいのか、温めればいいのかも、わからない。
 ロビーに飾ってある鏡に、自分の姿が映し出されている。
 乱れた髪、吹き出た汗、袖を裂かれた衣服。血だらけの身体。かみ締めた際に切ったのだろう、口の端にも血の跡がある。
 酷い有様だ。とても村民に見せられない……。
 そう思ったのを最後に、意識が暗転する。

*        *        *

 ――最悪の気分だ。
 体が鉛のように重い。
 僅かに手を動かしたら、身体に激痛が走った。ぼやけていた視界が鮮明になる。
「タウラスさん!? せ、先生! タウラスさんが目を覚ましました!!」
 最近よく耳にする声……フレデリカのものだ。
 彼女に呼ばれて、オリン・ギフトが姿を現す。
「気分はどうだ?」
「……良いとは、言えません」
 声が掠れた。久しぶりに声を出したような気がする。
「だろうな……。脈が途切れた時には、ダメかと思ったぞ。特定までは出来ないが、魚介類の神経性の毒をベースに作ったものだろう。かなり雑で荒っぽい処置だったが、応急処置としては正解だったな」
 どうやら、相当危ない状態だったらしい。
 毒の対処法について、ある程度ラルバに知識があったことが幸いした。とはいえ、ラルバが一緒ではなければ、タウラスが襲われることもなかったのだが……。
「何か食べれそうか?」
「いえ……水を、いただけますか?」
 酷く喉が渇いていた。
 オリンの手を借りて起き上がり、渡された水を一気に飲み干す。
「ラルバ殿は? ……村には、異変はありませんか?」
「今のところはな。ラルバ・ケイジは役場棟で妹と暮している」
 ラルバはあの後、同行してきた男を捕らえ、保養所で拘束した後、迎えに戻ったフレデリカと合流。タウラスを村まで運び、翌日にはルビイを送って再び湖の部族へ行ったということだ。しかし、集落には入らず、その日中に難民村に戻ってきたという。
「あとは、村長秘書が呼びにいっていると思うが……レイニさんが酷く荒れててな……まあ、2,3発殴られる覚悟はしておいたほうがいい」
「……ですか、では、殴られるための体力をつけておきませんと……」
 再び、タウラスは横になり、その日はそのまま眠りに落ちていった。
 レイニと面会を果たしたのは、その2日後である。
 タウラスの怪我は毒蛇に噛まれたということになっているらしい。今はまだ、一般の面会は謝絶にしてあるとのことだ。
「だから行くなといったでしょ」
 レイニの第一声はそれだった。
 しかし、その口調は穏やかで、優しさが籠められていた。
「申し訳ありません」
「…………」
 タウラスは素直に謝罪した。
 でも、二人共解っている。タウラスが行かずとも、あの男はラルバに付き添ってこの村にやって来て、同じように、レイニを狙ったであろうことが。多分、仲間を伴いもっと巧妙な手で。
「あの男は独房に入れてあるから。処分はあなたに任せる。あなたの好きにしていいわ。彼が戻らないことで、こちらが裏を知ったことを感づかれるかもしれないけれど、このまま帰すわけにもいかないしね。一時的な関係悪化覚悟で、糾弾して相手側を失脚させたいとも思うんだけれど、あなたは表沙汰にすることを望まないじゃないかと思って……。少なからず、村人の間にはしこりが残ってしまうものね。だから、向うから接触がなければ、こちらからは何も行動を起こさないことにするわ」
 ホームステイ時の警戒は必要ないだろう、とレイニは言った。その男の話からも、ホームステイの時期には、彼等がこちらに干渉してくる余裕はないと思われた。むしろそれも狙いでホームステイの時期を儀式の時期に重ねたのだと、レイニは話す。
「もう少し、相談すべきなのよね、私達。以心伝心ってわけにはいかないのだから。……私、いまだにあなたのこと、良く解らないし……」
 それでも、監視体制は整えるとのことだ。ホームステイ前に、刺客が入り込む可能性もあるのだから。
「だからまあ、仕事のことは、私とフレデリカに任せて、あなたはしばらく療養しなさい」
「……お願いします」
 そう答えるしかないほど、身体の調子は悪かった。痺れもまだ残っている。
「あのさ、ローンで家を建てるって本当?」
 執務室ではあまり見せない穏やかな顔でレイニが訊ねる。
「ええ、そういう話をちらりと……」
 役場棟の自宅が修繕中ということもあり、思い切ってオリン設計による最新式の家を建てようかと考えているところだった。
「36年ローンとか聞いたんだけど。嬉しいわ〜。村に腰を据えてくれる気になったのね。奥さんは誰に決めたの?」
「いえ、結婚を控えてのことではないのですが……」
 一人で住むのに、それほどの家を建てるなんて凄く変だと、レイニは笑った。
「手……傷物にしちゃったお詫びに、好みの相手がいれば、誰とでも結婚のセッティングしてあげるから、遠慮なく言ってね。無理矢理にでもくっつけるし! まあ、あなたに求められて断る女性なんていないでしょうけれど」
 お詫びという言葉を出すあたり、責任を感じているようだ。きっと、自分の代わりに……とも思っているのだろう。
 そして、どうも最近、レイニはタウラスを結婚させたいように見える。
 タウラスがここから消えてしまう不安というのを感じているのかもしれない。最初に心がすれ違ったあの日から。
 そのくせ、自分自身は稀に夢を語る。
 海へ出るのだと。
 この島は自分には狭すぎると。
 私以外に、大海原を探索出来る人がこの島にいる? と、自信ありげに言うのだ。
 珍しく雑談をした後、レイニは職務に戻る為、立ち上がる。
 立ち去る前に……ノーブルブラックの前髪を指で払って、タウラスの額に手を当てた。
「また、熱があるのね……。縛るようなこと、言っておいてなんだけど、私はあなたにも、本当に幸せになってほしいと思っているの。限界を感じたら、いつでもそう言っていいのよ……。だから、無理はしないで。いつも頑張ってくれて、ありがとう……タウ」
 手を放して、去り際にもう一言レイニは言葉を残す。
「ラルバがね、警備隊入るって。彼、あなたの事気に入ったみたい」
 怪我はしたが、失ったものは、今はまだない。
 得たものは、ある。
 これで良かったのだと、タウラスは思うのだった。

*        *        *

「改めて。お帰りなさい、ラルバ」
「戻って数日になるんだけどな……まあ、ただいま。心配かけてすみませんでした」
 軽く頭を下げたのはラルバ・ケイジだ。
 執務室に戻ったレイニは、まず、ラルバを呼んだ。本当は帰還後すぐにでも話をすべきだったのだが、タウラスの件もあり、詳しい話は後回しになっていた。
「私の方こそごめんなさい。今まで何もしてあげられなくて。本当にごめんね」
「いえ、逸れたのは自分の不注意ですから。でも、レイニさんが村長なんて意外だな。こんな部屋でデスクワーク中心の生活なんて、似合わないと思うんだが?」
「ははは……柄じゃないわよね。なんか、そういうことになっちゃって」
 秘書のフレデリカが二人にお茶を淹れる。トレイを片付けると、必要になると思われる書類を取り出し、机の上に重ねておく。
「えーと、まずは健康診断を受けて。あと、住居だけれど……」
 役場棟の使用状況を調べる。
「役場棟の住居部にまだ余裕あるから、ここでいいかな? 戸建がいいのなら、新築になるわね」
「ここで構いませんよ。それよりも、頂いた手紙の件ですけれど……」
 表情が真剣みを帯びる。
 湖の集落で、妹からだと手渡された手紙の中に、レイニからの手紙も入っていたのだ。
 手紙には、島が危険な状況にあること、儀式の失敗の可能性について、曖昧に書かれていた。
 レイニとしては、ラルバの帰還を促すと共に、ラルバが信頼できる人物に、事態の危険性を僅かにでも伝えたいという意図があっての手紙だった。
「そうね。先に、色々聞かせてくれる? 湖の集落でのことを」
 ラルバは、湖の集落でのこと、一部始終をレイニに話した。
 祭具のことや、儀式のことも、知っている範囲で克明に。
 探索に出た際に、仮面に襲われたことや、社に向う最中に襲われたことなども。
 そして、首謀者として2人の人物が捕まったことも、レイニに話してきかせた。
 レイニはフレデリカにそれらをメモするように指示した。後ほど、タウラス・ルワールにも伝えるように、と。
 続いて、レイニから、村の状況について、ラルバに語られる。
 魔力防衛については、タウラスから話を聞いているとのことで、説明はいらなかった。
「それから……タウラスが襲われた件に関してだけど」
「どういうことです? こちらが狙われる理由なんてないと思うんだが……」
 フレデリカのペンを持つ手にも思わず力が入る。
「大体あなたもわかっているとは思うけれど、その捕らえられた2人は利用されただけ。黒幕は別にいるわ。多分、仮面の目的は一つなんじゃないかしら。そのために、儀式を邪魔し……いえ、乗っ取ろうとしているのかしら? 更に、こちらを巻き込んでいるんじゃないかと思うの。その目的がわからないから、憶測で動くより他なく、それが今回の事態を招いてしまったんだと思う」
「何故、利用されただけと?」
「密偵に探ってもらっていたの、湖の集落を」
 言った直後、これは機密事項だから、と二人に口止めをする。
「僅かな期間だったから、詳しいことは何もわかっていないのだけれど……」
 それでも、その情報は衝撃的なものだった。
 山の一族の代表の強襲も、彼等の計画のひとつだった。
 わかっていたけれど、何も出来なかった……。
 そう語るレイニの声は消え入りそうで……それが、彼女にとって、苦渋の決断であったことが、その場にいなかったラルバにも推し量れた。
「……って、ああそうか! 湖の集落内での襲撃……あれは、契りの娘でもなければ、黒神石でもなく、ケセラ・ア・ロウンその人が第一目的だったってわけか! ……探索時の襲撃は、カケイの命が目的か……」
 ラルバの中で絡み合っていた糸が少しずつ、解れていく。
 レイニの中でも同じように。少し解れていく。
「つまり……アイリか」
「アイリ?」
 レイニは聞いたことのない名だ。
「ケセラの代わりに儀式を執り行う女性です。……あの女が指揮していたのかっ」
 なにせラルバは仮面と遭遇した回数が誰よりも多い。他集落のこととはいえ、悔しさが沸きあがる。
「そして黒幕は……もう、言わなくてもわかっているわよね」
「ええ。保養所でのことを見れば。……手段を選ばなくなってきているな」
 余裕が無くなっているのか、絶対の自信があるのか、それとも……。
「なんにせよ、儀式で彼等が何を目論んでいるのかわからないのだから、私達は私達を守ることを考えるしかないのよね。だけど……」
 彼等の儀式は、島全体を守ってくれるものなのに。私達は、自分達だけを守ろうとしている。
 それは非情なのではないか、とレイニは呟く。
 それでも……。
「それでも、この村の誰一人、犠牲にはできない。誰一人、失うことはできないの……」
 力のない、声だった。
 苦しそうな、言葉であった。
「らしく、ないですよ」
 ラルバが言った。
 弱気ともいえるレイニの顔を見たのは、初めてだった。
「先日までの暴れていたあなたの方が、ずっとあなたらしい」
 その言葉に、肩をすくめて、レイニは笑った。
「そうね」
 既に冷えてしまったお茶を飲んで、レイニはラルバを眺める。
 精悍な容姿は、はぐれた時のままだが、僅かに、体格が変わったような気がする。
「なんか、ちょっと太ったんじゃない?」
「う゛……怪我で長い間寝たきりだったからなぁ」
 痛いところを突かれたかのように、ラルバは苦笑する。
「私の怪我が完治したら、また組み手の相手してね。あなたがいないと、鈍っちゃってしょうがないわ」
 ラルバは苦笑したまま了承すると、妹が待ってるから、と立ち上がる。
「……ねえ、ラルバ。それじゃ、私らしく言うけれど。私は関係悪化覚悟で、真相を公にし、被害の主張をしてもいいと思ってる。人間の関係って、一度は衝突をして言い分を主張し、互いを暴露しあってこそ、理解に繋がっていくとも思うし。こちらの苦しみを双方の民に伝えずしていいの? 何もかも隠して、穏便に友好関係を築こうって現状には疑問も感じているの。
 でも、一番被害にあっているのは、死にかけたあなたと、タウラスだから。あなた達が自分の受けた被害に耐え、それでも隠すことを望むのなら、あなた達の方針に従おうと思う。ラルバはどう思う?」
 レイニがこんな事を言うのは、それが自分に対してではないからだ。自分の大切な物を傷つけられたから、傷つけられた者の心を考え、彼女はそれを許し水に流すことに疑問を感じてしまっているのだと……そんな彼女の気持ちがラルバもフレデリカにも伝わってきた。
「ここに戻って来た時は不満もあった。事実は村人には知られてなくて、それどころか、何故か向うが恩人ってことになってるんだもんな。
 でもな、今、レイニさんの言葉を聞いて、もういいやと思えた。分ってくれる人は分ってくれている。公にする必要はないでしょう。濡れ衣が晴れたのだから、それでいい」
「……あなた、お人好し過ぎるわよ!」
 そうかな、とラルバはちょっと笑った。
 怒りも憎しみもないわけではない。だけれど、今の幸せ、妹達のこれからの未来の方が、ラルバには大切だった。過去のことに長く囚われている必要はない。
 村に戻り、重体だったタウラスを村人に預けた直後、妹二人が抱きついてきた。
 二人とも、少し、痩せていた。食料難と、精神的、肉体的な疲労が原因だろう。
 喜びというより、悲痛な顔で、二人とも泣いて……号泣しながら、自分にしがみついてきた。言葉を交わさずとも、互いの気持ちは分った。強く抱きしめながら、もう二度と2人から離れないと決めたのだった。2人の妹が大人になるまでは。
 カップを口に運び、妹への想いから意識を戻す。
「それに、逆恨みで攻め込まれたらどうするんです? この村に立ち向かえるだけの戦力があるとは思えませんが。互角な力があったとしても、争いになれば、犠牲は出てしまうでしょう」
「そうよね……」
 犠牲を出さないことを……村人達の平和と安定を、一番に考えなければならない。
 だから、動けずにいるのだ。それが凄くもどかしい。
 レイニは今日、何度目かの溜息をつく。この席に座ってから、溜息ばかりの毎日だった。
「警備隊に入ってくれるって話だけれど、私の護衛もやってくれるわよね?」
「護衛? ……怖くなりましたか? 補佐が襲われて」
 ラルバの言葉に、はっとしたように、レイニは一瞬言葉に詰まった。
 脳裏に、病室で何度も目にした、目を閉じたまま動かないタウラスの姿が浮かぶ。呼びかけても、触れても動かない、大切なパートナーの姿が……。
「そう……かもね。もう二度とこんな思いは、嫌だから。今度は、ちゃんと私を狙ってもらわないと」
「で、返り討ちにするんですよね?」
「ええ、当然よ」
 強気に瞳を閃かせたその様子に、自然と空気が和んだ。
 日常が戻るまで、あと一歩。……そう感じられた。

*        *        *

 村長補佐、タウラス・ルワールにより、今月の会議は、全員参加が促された。
 当のタウラスは療養中であるため、村長レイニ・アルザラがタウラス担当分の議題も全て請け負うことになる。
 まずは、オリン・ギフトから、島の地図の完成が告げられる。
 上空からの綿密な調査で作成された地図は、森林の分布や、島の地形が細かく記されており、地図を見慣れているレイニをも唸らせる出来栄えだった。
 続いて、食料問題について。
 共有食については、リィム・フェスタスの対策により、改善し、収穫、管理が効率化。役場棟の中に保管庫も作り出された。
 橘・花梨の交易も順調であり、湖の集落からの保存食の買い入れも進んでいる。
 数日後には学園を再開できそうである。
 果樹園については、セルジオ・ラーゲルレーヴが老夫婦から果物の知識を得ながら、作業準備を始めているところだ。
 ただ、 
 とレイニは続ける。
「先住民の方々が仰るには、この島は冬から春に変わる時期に、天候が異常に崩れる時期があるそうなの。どのような被害があるかわからないから……今のうちに、採取できそうなものは採って、引き続き家の補強に気をつけていてね」
 魔力の乱れなど、詳しい話はしない。無駄に不安を煽るべきではないというタウラスの意見に合わせることにする。
 また、先住民の儀式が近いことを説明し、その期間には湖の集落の訪問は公務であっても控えるように、と話す。
 次に、ホームステイに関しての決定事項を発表する。
 難民側からの今月の訪問はなしとなった。理由は、やはり先方がいまだ問題を抱えている為である。
 ただし、担当のフレデリカ・ステイシーの調査によると、湖の集落が抱えている問題が解決した際には、こちら側からも向うの生活を体験してみたいという子供や、大人たちもいるようだ。
 湖の集落での子供代表である、ルビイ・サ・フレスが何度かこちらを訪れ、調整が行われている。先方の子供達は今月末に、5名。保護者として大人1名が訪れるそうだ。ホストファミリーも決まりつつある。
 そして最後に。
「異常気象に備えて、対策も練ってあるから。ここにいれば、大丈夫。天候が荒れたとしても皆、パニックにならないで、もしもの場合は、皆でこの会議室に避難しましょう」
 と終わらせる。
 会議後に、村人が次々とレイニの元に質問に現れた。
 一人一人に、話せる限りの返答をする。
 タウラスの病状を気にする村人も多かった。彼が運ばれた時には村人から悲鳴が上り、取り乱す人もいたほどだった。
 洪水からまだ、1年も経っていない。傷ついた皆の心はとても脆く、壊れやすい。
「ここは大丈夫だから。恐れることはないわ」
 何も起こらずに、春を迎えることが出来るのなら。
 そして、月日が巡れば、きっと。
 心の傷が、小さな刺激を感じることはなくなるだろう。

 会議終了後、今度は村長執務室で魔法防衛に関しての会議が行われる。
 レイニ・アルザラに、ホラロ・エラリデン、オリン・ギフト。そして、村長秘書となったフレデリカ・ステイシーの姿がある。
 受諾をしたのは以下の4名だった。
 リリア・アデレイト
 セルジオ・ラーゲルレーヴ
 ミコナ・ケイジ
 オリン・ギフト
「オリン以外は、まだ十代の子供よね。だけど、オリンを失うわけにはいかないわ」
 レイニは一人一人と面会をし、話を聞いていた。
 4人の中で、範囲、手段、理由全てを提示してきたのは、オリンだけであった。年齢も、経験においても、オリンが最適といえる。しかし……。
「村より上の土地全てを護るそうだけれど……それはあなたの体力では無理なんじゃないの?」
「まあ、死にますね」
 ホラロが当然のように言う。
「薬で補うつもりらしいですけれど、魔法的負担を緩和する薬なんて、発明されてないでしょうしー。普通の体力増強剤では、大した効果は望めませんよ〜。オリンさんの場合、魔力的には申し分ありませんし、精神的にも大丈夫でしょう。問題は体力ですから、生き残ったとしても、生涯全身麻痺ってところでしょうかねぇ」
 ホラロの言葉を聞いて、レイニがため息をつく。
「あなたを失ったり、あなたが動けないことで、きっと失われる命があるわ。医者であるあなたの存在はそれほど大きいの。やってくれるというのなら、イリーがもう少し育ってからじゃないとね……でも、それよりも」
 レイニはオリンを見て、少し笑った。
「あなたの可愛い教え子が、あなたを失うことに耐えられなさそうよ」
 先日、リリアと魔法防衛について話し合っている時に、医療研修生であるアリンが、レイニを訪ねてきたという。
 オリン・ギフト先生は、大切な人だから。なくてはならない人だから。絶対に、絶対に先生にやらせないで、と。
 アリンは必死に、泣きながらレイニに訴えたという。
 オリンは先日、魔法防衛を受けるつもりだという話を、恋人であるアリンに話してきかせた。
 それを聞いた彼女は、嫌だと。絶対にダメだと、オリンを止めた。取り乱して、泣き叫ぶほどに抵抗したのだ。
 なんとか、その場は宥めたけれど、その後、アリンは笑わなくなった。いつでも、オリンを見上げるその瞳には恐怖の色があった。
 話したのは間違いだったのか……。しかし、話さずに、おけることではない。彼女を大切に思うからこそ。
「ミコナとリリアは性格的に心配。ミコナはお人好しすぎるから……。リリアは、交易の手伝いで、何度か湖の集落を訪れていて、友達なんかも出来ているらしいの。見て、話して、大切に思ってしまったら……いざという時に、心に乱れが生じるから。彼女の言葉からは、守りたいって気持ちが強く伝わってくるの。範囲は村周辺まで、とはいっているけれど、無理をしてしまうんじゃないかと心配になる。それだけの魔力を持っているから」
 そして、レイニは住民名簿を取り、セルジオのページを開く。
「私はセルジオを推すわ。村の為に動きだして、自分の居場所を持ち。親しい友達も出来たらしいから。話を聞いた感じからも、命を投げ打ったりはしないでくれると思う」
 セルジオとミコナは、体力づくりに励んでいるという。まだ若い二人だ。数ヶ月続ければ、ある程度の体力をつけることができるかもしれない。しかし、儀式は今月末。そんな短期間での成果は見込めないだろう。
 けれども、これもまた、自身への負担を減らそうと頑張っていることだから。とレイニは評価する。セルジオにもミコナにも、魔力は十分備わっている。しかし、負担に耐えられるだけの体力がないのだ。いわば、体力をつけるということは、自分自身を守るための努力、自分自身が生き残るための努力なのだ。
「セルジオ君ですか〜。いいんじゃないですかねぇ」
 ホラロは賛成し、オリンも反対はしなかった。
 魔力での防衛が、どれだけの期間持続するのかは、定かではない。後遺症が殆どなかったとしても、一人の人物に何度もやらせるわけにはいかない。
 魔力制御装置の調整は、ホラロにより、ほぼ終わっている。触れているものの魔力を吸収、拡散する構造から、自然界の魔力を吸収し、制御者の魔力を増幅する構造に組み替えられた。受諾者は後に集められ、全員が防衛の講習と、魔力増幅装置の使用実習を受けることになる。
「儀式が成功して、この話し合いと、講習が無駄になることを祈るわ」
 レイニの言葉に、その場の全員が、頷くのであった。

*        *        *

 人々は忙しく動き回り。やがて、月の後半となる。
 寒さが少しだけ、和らいできた。
 春の近づきを感じる。
「うわぁ……」
 フェネア・ナ・エウルと、アディシア・ラ・スエルは、同時に感嘆の声をあげた。
 間の前に広がる光景は、見たこともない造りの建造物ばかりだ。
「話には聞いていましたけれど、本当に整っているんですね」
 フェネアは自分と似た髪と目の色の人が多いことに、少し、安心する。長い栗色の髪を若草色のリボンで束ねているフェネア。同じようにリボンで髪を束ねている女性の姿には僅かに親近感を感じた。
「子供、いっぱいいるね」
 アディシアが注目したのは、子供の多さだった。門の前に自分と同じ年くらいの子供達が沢山集まっているのだ。
「ようこそ!」
 フレデリカ・ステイシーが門の中に一向を招き入れる。
 小雪のちらつく中、難民村にホームステイに現れたのは、7人の子供達であった。
 保護者としてやってきた、テセラ・ナ・ウィルトが、フレデリカと握手を交わす。
 難民村の子供達は、花道をつくって、先住民の子供達を歓迎した。
 緊張しながら、少し恥かしそうに先住民の子供達は花道を通り、学園の方へと歩いていった。
 子供達の受け入れ先は、ルビイとフレデリカの話し合いで既に決まっている。
 まずは、学園の集会所で滞在中の諸注意を聞く。その後、各々ホストファミリーの家に行き、夜には学園の子供達主催の歓迎会が行われるということだ。
 フェネアがお世話になるのは、たまに湖の集落を訪れている男性の家だった。シランというおじいちゃんだ。奥さんと、孫2人と暮らしているという。2人とも男の子だった。活発な8歳の男の子は、すぐにフェネアに懐いた。次々に質問を投げかけ、ちょっかいも出してくる。4歳の男の子の方は対照的に引っ込み思案なようで、兄の後ろから、フェネアのことをただ、じーっと見ていることが多い。
 そんな時、フェネアは歌を歌うことにした。
 穏やかな歌を。そうすると、弟は黙ってフェネアのとなりに、ちょこんと座るのだった。首を振って、リズムをとったりしている姿が、とても可愛らしくて。フェネアは一気に二人の弟が出来たような気持ちになった。
 アディシアがお世話になる家は、大工の頭領をやっている人の家であった。出迎えに出た、自分と同い年の女の子は、ちょっと気が強そうだった。入るなり、強引に部屋に引っ張っていかれ、ここで一緒に寝るんだからね! これはこうやって使うんだからね! と、あれこれと説明を受けたのだった。こだわりを持った子のようだったが、アディシアと仲良くなろうという気迫のようなものも感じられ、好奇心旺盛なアディシアも彼女の説明を聞いたり、彼女についていくことが楽しく思えた。
 アディシアは、お土産として、木彫りのお人形を持ってきていた。彼女に渡すと、とても喜んで、二人で服を作くっては、着せ替えた楽しんだ。
 子供の代表である、ルビイ・サ・フレスといえば、やはり何度も湖の集落を訪れている女性、ピスカの家でお世話になることになった。穏やかで優しいピスカの祖母が、ルビイを温かく迎え入れた。普段家事をこなしているルビイだが、ここでは、存分に甘えることができた。もっとも、遊んでていいと言われても、進んで家事を手伝ってしまうのが、ルビイなのだが。
 ピスカの弟は、大人しめな少年であったが、ルビイの方から積極的に話しかけることで、少しずつ、打ち解けていくのだった。

 2日目からは、村の子供達と一緒に、学校に通うことになった。
 実は、先住民の子供のうち、フェネアだけは、15歳……難民村では学園を卒業している年齢である。15歳未満が対象の今回のホームステイも、本来なら対象外なのだが、学園に対する興味が誰よりも強く、頼み込んでの参加であった。
 難民村の学園は卒業をしても、子供と一緒に授業を受けることが可能である。行く義務がなくなるだけだ。フェネアも、湖の集落で知り合いになった、同い年の少女リリア・アデレイトと一緒に、高等科の授業に参加することにする。
「へぇ……こっちでは、呪術を使うのに、詠唱しないんですね……」
「詠唱は集中を助けるためにするものだよね。必要に応じてすることもあるけど、基本的には集中してエイッと放つのが普通」
「そうなんですか。こちらでも小規模の呪術では詠唱はしませんけれど……使い方も結構違うんですね」
 先住民は狩りなどでも呪術を用いる為、攻撃や攻撃補助系の呪術も学ぶが、難民側の魔法学校で教えられる魔法は生活補助系が殆どだった。戦闘系は更に専門の学校で学ぶのが普通である。
 雪の止んだ午後からは、散水塔の建設というものを手伝うことになる。
 これは難民側の子供達にとっても、良く解らない建造物であり、発案者のオリン・ギフトと、大工の指示の元、子供達は土を掘り返したり、木を削ったり、組んだりしていく。
 このような作業は、自分達の集落でも良く行うことだと、ルビイやアディシアも張り切る。温水を汲み上げて、上から散水というのは、彼等には用途が理解しがたかったが、興味はもてた。
 熱気球も体験した。浮上しただけであるが、交代で乗せてもらった。空を飛んだことのない子供達は、大はしゃぎであった。
 珍しいことばかり、驚くことの連続で、先住民の子供達は活き活きとしていた。
 また、彼等が驚くことが、難民村の子供達には嬉しく思えた。つい、もっと驚かせたいと、色々なものを見せたり、説明したりして。子供達の距離は急速に縮まっていったのだ。
 夕方になると、リリアが寮生や子供達を集めた。
 湖の集落で習った染物について、皆に教えようというのだ。
 染料を取り出し、メルフェニ・ミ・エレトトから教えてもらったように、布を染めてみせる。
 しかし、布自体も、先住民と難民村では素材が違うらしく、メルフェニのように上手くは染められない。
「それなら、私の服を染めてください」
 フェネアがホームステイ先に飛び返り、自分の服を持ってきた。ここに滞在している間は、シランが用意してくれた、難民の女物の服を着ているのだ。女の子供も孫もいないから、とシランはフェネアをとても可愛がってくれている。
「いいの?」
「はいっ。思い出になりますから」
「それじゃ、遠慮なく!」
 フェネアのクリーム色の服が、藍色に染められていく。
 その様子を、女の子だけではなく、男の子達も覗き込むように見ていた。
 このように、学校が終わった後も、子供達は毎日集まり、楽しい時を過ごしていた。

 先住民の子供代表であるルビイも、学園やホームステイ先の少年と楽しみあっていたが、暇を見つけては、食堂に通っていた。
 ラルバ・ケイジの妹、ミコナ・ケイジと会うために。
 しかし、ミコナは毎日忙しく働いており、なかなか接触できる機会は訪れなかった。兄が戻ってきたというのに、どうやら彼女は兄とは暮さず、この食堂で暮らしているらしい。
 その日はこっそりホームステイ先を抜け出して、夜間にミコナの元に向った。どうしても彼女に言いたいことがあったのだ。
 食堂を訪ねると、ミコナが手を拭きながら出てきた。後片付けの最中らしい。少しだけですからと、ルビイは言って、頭を下げたのだった。
「お兄さんの事、嘘ついてて本当にごめんなさい。言ったら村同士が険悪になって争いになる可能性があったから……」
 以前会った時、兄を案ずるミコナに、ルビイは嘘をついた。ラルバのことを知らない、と。
 ミコナがどれだけ心配しているのか、痛いほどわかっていたのに、あの時は言うことができなかった。
「って、言い訳になってしまいますね。お詫びは何でもします。えっと……殴っても、良いですよ?」
 顔を上げて、ミコナを見る。
「お詫び……なんて……。ルビイさんは、お兄さんの事、思い出せたのですか?」
 ルビイは首を横に振る。
「それなら、私こそごめんなさい。私はあなたの為に、祈ることしかできなかった。そして、結果を何も出せていないけれど……。ルビイさんは、お兄ちゃんを大切にしてくれて、私を案じてくれていて……。お兄ちゃんは、私達の元に帰ってこれた。私だけ、ごめんなさい」
 逆に、ミコナが頭を下げたのだった。
「か、顔を上げてください。ミコナさんが謝るなんて、変ですよ。僕の為に、ずっと祈ってくださっていたのですか? ありがとうございます」
「それなら、私も、ルビイさんにお礼を」
 ミコナは微笑んだ。
「ありがとうございます、ルビイさん。お兄ちゃんが戻ってきて、私とても嬉しいです。引き続き、あなたの幸せも、祈り続けます」
 ルビイは彼女の純粋さを感じる。
 ミコナは、ルビイの誠実さを感じて。
 互いに微笑みあって、互いの幸せを祈った。
「何れ、兄妹そろって、湖の集落に遊びに行きます。その時には、是非案内をしてください」
 ミコナのその言葉に、ルビイは力強く頷いた。

 そんな楽しい日々は、夢のように過ぎて。
 帰還の日が近づいた頃。
 あの日も近づく。

 ――生贄の儀式――

 魔力の高い者は、違和感を感じていた。
 天候に詳しい者は、毎日の天気を怪訝に思い。
 春を待つ人々が、いっそう春を恋しく感じた時。
 ふいに。
 大地が揺れ、雷鳴が轟いた。

 道路設備の整っていない状況での豪雨。そして、強風。
 家屋の倒壊は免れたけれども、大雪に続く地震で、隙間が出来てしまった家が多かった。しかし、補強ができる状態ではない。
 余震があるかもしれないから、と、村長の指示で村人全員、役場棟の会議室に避難することになった。
 これが、会議で聞いた、気候の変化による異常気象だと、殆どの村人が思った。
 集まっていれば、なんら怖いことはない。雨は、水魔法堪能者が交代で弱めればいい。役場棟は補強が行き届いているし、足りない部分も皆で補っていける。木材もある。保管庫を設けたことから、食料も十分ある。
 自宅が心配ではあったが、ほんの少しの間だけ、と。
 ほんの少しだけ我慢すれば、普通の生活に戻れるから。
 これを越せば、春がやってくるのだから……と。
 皆、思っていた。
 信じていた。

 アディシア・ラ・スエルは、高等科の子供達の輪の中にいた。
 不安も、退屈も感じることはなかった。
 みんな一緒だったから。お互いの話をすることは、とても楽しかった。
 赤い髪をした、ルルナ・ケイジという女の子が、一番積極的に、湖の集落のことを聞いてきた。以前、集落に滞在していたラルバ・ケイジという男性の妹らしい。
 集落の事や、自分にも兄がいることを話して「今度は、湖の集落で遊ぼうね」と約束をする。
 フェネア・ナ・エウルは不安がる子供を見つけては、隣で歌を歌った。
 山で生きている彼女にとって、天候の崩れはよくあることだった。怖いことではない。
 だから、歌っていれば。
 歌っていれば、いつの間にか、お日様が戻ってきますよ、と。
 泣いていたら、お空もつられて泣いてしまいますよ、と。
 小さな子供の傍らで、明るい歌を歌っていた。
 じきに、子供達は歌を覚えていく。
 気付けば、笑いながら、一緒に歌っていた。

 会議室の隣、応接室には、それぞれの分野の担当者達が集まっていた。
 雪が解け、春が来ればどの仕事も忙しくなるだろう。
 共有食は大量収穫時期を迎える。ハウス以外での栽培も考えたいところだ。
 交易も往復が楽になり、今以上に荷物を運ぶことが出来るだろう。
 春が、来れば……。
「じゃ、散水塔は公共事業にしましょう。反対は出ないと思うけれど、優先順位を考えると……完成は初夏ごろかしらね」
 オリン・ギフト発案の散水塔は公共事業として進めることになった。オリンは、管理者にミコナ・ケイジを推すが、ミコナは村で雇ってはいないということで村から辞令を出すわけにもいかず、直接本人と交渉をする必要がありそうだ。
「ミコナはユズさんが手放さないと思うわ」
 ミコナは、今でもユズ家で暮している。本人は兄妹と暮すことを望んでいるのだが、ユズに許してもらえないらしい。寮生の食事や学園の給食に関しては、ユズの家に任せてはいるが、あの家は、半分自営業なのだ。ミコナの立場は家事手伝い。村で雇っているわけでもなければ、ユズに雇われているわけでもない。
「あの子は村で一番バカな子なの……」
 と、レイニは呟いた。
 ミコナは優しくて、愛情深くて、他人を大切にする、とても良い子なのだけれど、それ故に、自分の幸せをつかめないのだと。
「自分の意思というものを、ちゃんと持っているんだけれどね、諦めやすいの。無理だと決め付けて、押し通すことで他人に迷惑をかけてしまうことばかり考えて、悩んで。自分で欲しいものをつかみ取ることができない子なの。他人に説得されやすくて、騙されて、利用されてしまうタイプだわ。
 この村で、欲しいものを欲しいとただ、言っているだけじゃ手に入ることはない。それでは単なる我が侭。自分も動かないと。だけれど、必要なものを欲しいと言わないのは、それ以下。大切なものまで失ってしまうわ。妹との件だって、彼女自身が援助を申し出てくれば……彼女から雇ってくれと言ってきたのなら、最初から二人で暮すことくらいできたでしょうに」
 出来ないと決め付けたのがいけなかったのだと、とレイニは言う。
 学園の寮で暮すことはできない。一人で生きていくことはできない。働く力はない。妹を養うことはできない、と。
「わかっているのに、助けないのか?」
 オリンが問う。オリンは教師として、ルルナが苦しんでいる様を見てきた。当時、姉と暮せていたのなら、ルルナもさほど辛い思いをせずにすんだのではないかと考える。
「わかっていても、家庭の問題に、村長である私が口を出すことはできないのよ。ミコナが自分で打開しないと。……まあ、そのうちお人好し兄妹の兄の方が末妹に押されて動くでしょうけれど。あの兄妹で一番しっかりしているのは、案外ルルナかもしれないわ」
 差し伸べられた手を掴んでいるだけでは、人は成長しないから。
 他人の優しさに甘えているだけでは、自分で切り開く力を失ってしまうから。
「……そんな事言いながら、レイニさんって、皆さんの『我が侭』聞いてあげてしまっていますよね」
 要望書の束をぱらぱらぱらと捲ってみせるフレデリカ。
「は、はははは……まあ、言ってきた分はね。ある程度は」
 レイニは笑った。
 フレデリカは仕方ないな、というように、小さく吐息をついた。
 その、時――。
 誰もが予期していない事態が、刻一刻と迫っていたのだ。
 ダン!
 突如、ドアが開かれる。
 あまりの勢いに、皆が一斉に現れた人物を見た。
 話題にのぼっていたミコナ・ケイジだった。
「魔法防衛の為に! セルジオさんと、研究室で待機、していたら! ホラロさんが……何か力がッ、今、来て……ッ!!」
 途切れ途切れに叫ぶミコナ。 
「落ち着きなさい、ミコナ」
 レイニは立ち上がって、ミコナの傍による。
「儀式が失敗したの? 洪水が……起きるの、ね?」
 皆の身体に緊張が走る。
 しかし、ミコナは首を横に振ったのだった。
「そうじゃなくて……儀式のことはわから、ないんだけど、社の方から何か……何か大きなエネルギーが……巨大な力を持った人……生命体が村に近づいて来てるって! ホラロさんが感じたらしいんです!」
「――フッツ、確認してきて! ピスカはラルバに事態を説明して、ウィルトさんに全てを話すよう伝えて。その後、役場棟内回って、全員避難しているかどうかチェックを。フレデリカは、病室のタウラスに報告お願い!」
 ミコナの言葉を聞いた途端、瞬時にレイニは皆に指示を出す。
 指示を受けた3人が応接室を飛び出してゆく。
「想定外ね……」
 レイニは唇をかみ締める。
「……目的は、なんだ!?」
 オリン・ギフトが言った。オリンはタウラスから全てを聞いており、その生命体が何であるのか、予想が出来た。
「レイニさん! 皆さん!!」
 ホラロ・エラリデンと、魔力増幅装置を持ったセルジオが姿を現す。
「あれは一体!? 先住民の神は膨大な魔力を持った生命体だったのでしょうか!?」
 珍しくホラロが取り乱している。
「それは多分……」
「族長、ですね」
 レイニの言葉を引き継いだのは、フレデリカに支えられながら現れたタウラスだった。
「交渉に行くわ」
「無謀です!」
 レイニの言葉に間髪を容れずタウラスが言い放つ。
「レイニ殿にもしものことがあったのなら……トップを失えば、組織は崩壊します!」
「あなたがいるじゃない! 身体は自由に動かなくても、指揮はとれる。私達の関係は『どちらかが壊れた際の保険に近い』と以前あなたは言ったわよね。こんなことで、無駄死にするつもりは毛頭ないけれど、もしもの時にはあなたに全て任せるわ」
「交渉なんて成り立つのか? こうなった以上、力づくで目的を果たそうとしないだろうか?」
 オリンは冷静に発言する。
「族長はレイニさんとタウラスさんを狙ってたんやろ? だから、その理由は何なんや!? 村にある何かなら、強奪していくやろし、力による支配なら、レイニさん達は邪魔やろうし、どっちにせよ……どっちにせよ、村は襲われるっちゅーことやろ!?」
 叫んだのは、橘・花梨だった。疑問を吐き出すかのように、混乱を吹き飛ばすかのように。
 息を切らして、フッツが戻る。
 そして、彼の口から語られる。
 迫って来るのは、仮面の集団と、一人の男。
 集団を率いている男の姿は、人のものではなかったと。
 短いこげ茶色の髪、とび色の瞳……それは、湖の集落で、何度も面会したあの男。オント・ナ・ウスタ、その人に間違いはなかった。
 しかし……。
 その体格は明らかに一回り大きく、見開かれた目には、赤い血管が浮き出ていた。皮膚は張り裂けそうなほど、膨らんでいる。太い血管が見て取れるほどうねり、筋肉が今にも皮膚を引き千切り、飛び出しそうであったという。特に左腕は、既に人のものではなかった。手は見当たらず、刃物と化していた。
 正に、物語の中に……中にだけ存在する、人の形をした怪物の姿だった。
「え、エネルギーを取り込んだ姿だというのなら、同じように魔力増幅装置でエネルギーを取り込んで対抗できませんか!? 術者を変えれば連続使用出来るんですよね!?」
 経緯を知らないリィム・フェスタスも、事態を推察し、必死にホラロに問う。
「人でなくなる覚悟があり、意識のあるうちに自害する覚悟があるのならですね。精神が耐えられる保証もありません。……魔法が使え、体力があり、戦闘能力のあるものならば、あるいは」
 ホラロの言葉に該当する人物が、いないことはないのだが……やはり犠牲が出るということになる。
「先制攻撃をしますか? 殺害許可をいただければ、私が魔力増幅装置を使い、遠方から仕掛けます。倒せるかどうかは、わかりませんが……」
 フッツが言った。
 しかし、成功したとしても、その場合、どうなるのだろう。
 彼は湖の集落で人望のある族長だ。
 こちらの説明に、集落の民が納得するのだろうか?
 魔力の高い者が、身震いをする。
 巨大な力が近付いてくるのがわかる。
 人が対抗しえる力ではない。
 圧迫感を感じる。
 恐怖に負けそうになるほどの、エネルギーだ。
「姐様! 7人ほどいないみたい」
 普段、溢れるほど元気なピスカが、半泣き状態だった。
 シャオと、アルファードと、その他大人が2人子供が3人、役場棟にいないらしい。
「シャオとアルファードは多分、村にいないわ。残りの5名を、探してすぐ連れて……」
 レイニが警備隊に指示を出そうとした、その瞬間。
 周囲が激しく光った。同時に、轟音が鳴り響く。
「いやああああっ」
 ピスカがレイニに抱きついた。
 窓の外に見える景色が変わっている。
 家が一軒、吹き飛ばされていたのだ。なんらかの衝撃で。
「……ホラロ。この、役場棟くらい、魔力増幅装置であの力から守れるわよね?」
 レイニが外から目を離さず、言った。
「はい。エネルギーを霧散させることができるかと。セルジオ君、備えていてください。ですが、洪水が起きた際には、防衛魔法が優先です」
「わかりました」
 セルジオは頷いて、意識を集中する。
 しかし、魔法エネルギーからは防げても、突入されたら一溜まりもないのだ。
 ミコナがそっと、セルジオの手を握った。小さく震えながら、目を閉じて。
「交渉が決裂したら、タウラスの指揮の下、フッツ、オリン……魔法の使える者達で、彼、を……ッ」
 レイニは拳を、強く握り締める。

 わからない。

 何が正解なのか。
 どうしたらいいのか。
 どんな未来を掴めるというのか――。

RAリスト(及び条件)
・b6-01:作戦を提案
・b6-02:村人を励ます
・b6-03:未避難者を探しに出る
・b6-04:気にしない、気付かない
・b6-05:村造り、村復旧作業
・b6-06:大好きな人と幸せになる
・b6-07:その他

環境-------------------------------------------
[村周辺]
・東側は崖。崖の下の海に時折遺体が漂着する。体力20もしくは、魔力(風)20あれば、なんとか崖を登ることも可能と思われる。
・その他は深い森。
・南に細い川。河口に原住民の住処。
・往復2時間くらいの滝付近に保養所。
・南東に果樹園。収穫終了。村の管理下。
[他]
・村から人の降りれる海までの最短ルート(普通の成人男女)→東側の崖沿いを北に進み下山していく。片道1日程度……だったが、現在は半日程度。
・湖の部族の集落から難民村まで(登り)は普通の先住民成人男性で4時間。難民成人男性で5時間程度の距離。崖(高さおよそ30メートル)や大岩の迂回が必要。

公務担当者-------------------------------------
[役場]
レイニ・アルザラ(村長、総統括、議長)
タウラス・ルワール(村長補佐)
フレデリカ・ステイシー(村長秘書)
ラルバ・ケイジ(護衛)
フッツ(警邏)
ピスカ(調査・広報)
他(ボランティア)

[外交]
タウラス・ルワール(責任者)
フレデリカ・ステイシー(ホームステイ担当)

[交易]
橘・花梨(代表)
レザン(運搬・作成)
シラン(運搬・護衛)
マズカ(事務)
シエリ(仕入・販売)
バリ(研修中)

[病院]
オリン・ギフト(医師)
イリー(助手・研究生)
アリン(研修中)
他(ボランティア)

[学園]
オリン・ギフト(高等科教師)
イリー(初等科世話係)
他教師1名(中等科担当)、世話係1名

[栽培ハウス]
リィム・フェスタス(責任者)
ホラロ・エラリデン(補佐)
他(ボランティア)

[警備隊]
タウラス・ルワール(総指揮)
フッツ(仮隊長)
シャオ・フェイティン
ラルバ・ケイジ


[果樹園]
老夫婦
セルジオ・ラーゲルレーヴ

[大工(含む土木、林産等)]
船長(総指揮)
機関士(現場指揮)
他専任6名、ボランティア多数

[飲食]
ユズ(店主)
ミコナ・ケイジ(家事手伝い)
カヨ(家事手伝い)
他1名(調理師)

[魔法研究所]
ホラロ・エラリデン(所長)
オリン・ギフト

住民状況---------------------------------------
住民の協調B(温水、散水塔での協調により)
住民同士の信頼C
住民達の結束C(改善傾向)
先住民への感情C(ホームステイ計画により改善)
村長(及び補佐)への信頼、信用A(様々な分野が改善傾向の為)

※A←良C悪→E
【生活】現在の衣食住安定度です。
【食料】食料の備蓄値です。
【住居】住居の状態です。
【お金】所持金です。
【収入】今月の収入見込み値です。
【貢献】今月の村への貢献度です。
【信用】村人からの信用度です。

●未成年学生(44名)-------------------------
「0〜4歳」
男7名
女7名
 
「5〜9歳」
男9名
女7名

「10〜14歳」
男6名
【バリ】
13歳。寮生。一人暮らし(友人を泊めることが多い)。高等科学級委員。商売研修中。
明るく、勉強も運動も出来る。人望もある。
生活C 食料C 住居B お金D 収入C 貢献E 信用E
知識14 体力13 信頼12 魔力1
属性水(学園で習練中)

【シオン・ポウロウニア】
13歳。寮生。

女8名
【ルルナ・ケイジ】
10歳。寮生。一人暮らし。
甘えん坊。バランス良く、それなりに優秀。
外見イメージ:12歳頃の安達祐美。
身長:145cm 体重:36kg
髪:朱色ロング 瞳:茶色
生活C 食料B 住居B お金D 収入D 貢献D 信用E
知識11 体力12 信頼5 魔力12
属性火(学園で習練中)
現在地:役場棟会議室

【カヨちゃん】
10歳。ユズおばさんの子供。ミコナに懐いている。
生活B 食料B 住居B お金E 収入E 貢献D 信用E

●未成年青年(10名)---------------------------
※ほぼ成人扱い。
・選挙権がある。
・結婚可能。

「15〜19歳」
男3名
【セルジオ・ラーゲルレーヴ】
15歳。果樹園勤務。
生活C 食料C 住居C お金C 収入C 貢献C 信用C
・魔法防衛の担当に選ばれました。魔力増幅装置講義、受講済み。
現在地:役場棟応接室

【アルファード・セドリック】
17歳。漁師。原住民村滞在中。
生活C 食料C 住居C お金C 収入E 貢献E 信用D
現在地:社付近

【フッツ】
19歳。未婚。妹と二人暮し。船員。風魔法使い。老け顔。
冷静沈着。しかし、心は熱い。大人びており、妙に冷めているところもある。
知識7 体力3 信頼6 魔力24
属性風(習練経験有。堪能)
・魔力増幅装置使用技能あり。
現在地:役場棟応接室

女7名
【リリア・アデレイト】
15歳。就職活動中。
生活C 食料D 住居B お金C 収入C 貢献D 信用D
・魔力増幅装置講義、受講済み。
現在地:役場棟会議室

【アリン】
15歳。祖母と二人暮し。病院勤務(研修中)。
繊細。大切な人に尽くすタイプ。
生活D 食料D 住居C お金C 収入C 貢献D 信用D
知識15 体力8 信頼11 魔力6
属性地
現在地:役場棟病室(病人看護)

【フレデリカ・ステイシー】<村長秘書>
16歳。
生活C 食料D 住居B お金C 収入C 貢献C 信用C
・ホームステイを担当しました。
・村長秘書として働きました。
現在地:役場棟応接室

【ミコナ・ケイジ】
16歳。未婚。魔法学生だった(技術を選考)。食堂の手伝いをしている。
何事にも一生懸命。お人良しなところがある。
外見イメージ:上戸彩を優し気に、気弱にしたような。
身長:158cm 体重:48kg
髪:茶色セミロング 瞳:茶色
生活B 食料B 住居B お金E 収入E 貢献D 信用C
知識7 体力3 信頼8 魔力22
属性水(習練経験有。技術は堪能。学術はイマイチ)
・魔力増幅装置講義、受講済み。
現在地:役場棟応接室

【橘・花梨】<交易担当責任者>
18歳。商人。
生活B 食料C 住居C お金C 収入C 貢献B 信用C
・湖の集落で交易について、取決めを提案しました(今月の利益:並)。
現在地:役場棟応接室

【リィム・フェスタス】<共有食料製造保管管理責任者>
19歳。
生活C 食料C 住居C お金C 収入C 貢献A 信用C
・共有食料製造に携わりました(今月の収穫量:並)。
・魔法鉱石を発掘しました。
状態:疲労
現在地:役場棟応接室

【その他寮生】
生活C 食料C 住居B お金D 収入D 貢献D 信用E

●成年(52名)-------------------------------
「20代」
男5名
【タウラス・ルワール】<外交責任者><村長補佐>
23歳。
生活C 食料D 住居D お金C 収入C 貢献B 信用A
・村長補佐として意見を出しました。
・先住民との外交交渉を行いました。
状態:衰弱、軽傷
現在地:役場棟応接室

【ラルバ・ケイジ】
23歳。未婚。役場棟で妹と二人暮し。警備隊員。村長護衛。元騎士。
温厚。熱血漢なところもある。
外見イメージ:23歳時の新庄剛志を多少柔らかくした雰囲気。
身長:184cm 体重:79kg
髪:茶色ショート 瞳:茶色
生活C 食料B 住居B お金C 収入C 貢献C 信用E
知識5 体力20 信頼1 魔力14
属性風(習練経験有。コントロールが抜群)
・魔力増幅装置使用技能あり。
現在地:役場棟裏口

【シャオ・フェイティン】
27歳。警備隊補佐。
現在地:社付近

【オリン・ギフト】<散水塔立案者><恋人:アリン>
29歳。教師。医者。
生活C 食料D 住居B お金C 収入C 貢献A 信用B
・船を発見し、物資を持ち帰りました。
・医者として貢献しました。
・魔力増幅装置使用技能あり。
現在地:役場棟応接室

女5名
【イリー】
21歳。未婚。妹と二人暮し。医療補助。看護学生だった。普段は初等科の子供の世話をしている。
優しい。世話焼き。
知識15 体力5 信頼8 魔力12
属性地(習練経験有)
現在地:役場棟病室(病人看護)

【ピスカ】
22歳。未婚。祖母と弟と三人暮らし。記者。
明るい。行動的。好奇心旺盛。
知識17 体力10 信頼8 魔力5
属性火(習練経験無)
現在地:役場棟応接室

「30代」
男1名
【ホラロ・エラリデン】
37歳。既婚(妻子は洪水の犠牲に)。一人暮らし。魔法学者。
ペドフィル。気まぐれ。
生活C 食料D 住居B お金C 収入C 貢献C 信用E
知識5 体力2 信頼1 魔力32
属性地(習練経験有。堪能)
現在地:役場棟応接室

女6名
【レイニ・アルザラ】
33歳。既婚(夫、13年前に死別。子、洪水の犠牲に)。一人暮らし。航海士。村長。
竹を割ったような性格。率先派。
外見イメージ:藤原紀香を強気にしたような。
身長:171cm 体重:58kg
髪:茶色ショート 瞳:茶色
生活C 食料D 住居B お金C 収入C 貢献A 信用A
知識10 体力9 信頼20 魔力1
属性風(習練経験無)
・村長として村の運営に従事。
現在地:役場棟応接室

【中等科教師】
36歳。既婚(夫は洪水の犠牲に。子2)。港町の教師だった。

「40代」
男1名
【船員:機関士】
43歳。既婚(妻1、子1)。機関士。大工の現場指揮。
真面目。温厚。

女4名
【ユズおばさん】
42歳。既婚(夫は洪水の犠牲に。子2)。食堂経営。

「50代」
男0名
女6名

「60代以上」
男8名
【船長】
61歳。既婚(妻1、子1、孫1)。大工仕事を指揮している。
明朗。お茶目。年齢問わず、女性にとても優しい。無類の女好き。

女16名
【アリンの祖母】
73歳。既婚(夫、息子夫婦は洪水の犠牲に。孫1)。
服飾の仕事で生計を立てている。

●難民村滞在中原住民(9名)-------------------
保護者女1名
【テセラ・ナ・ウィルト】
24歳。
現在地:役場棟裏口

男4名
【ルビイ・サ・フレス】
13歳。発案者。子供代表。
現在地:役場棟会議室

他3名
現在地:役場棟会議室

女3名
【アディシア・ラ・スエル】
11歳。
現在地:役場棟会議室

【フェネア・ナ・エウル】
15歳。
現在地:役場棟会議室

他1名
現在地:役場棟会議室

その他1名
【捕縛された男】
年齢不明。
現在地:役場棟独房

※マスターより
こんにちは、川岸です。
第5回リアクションを公開いたします。
原住民リアもご確認ください。

方針でお話していますが、アトラ・ハシスは、PCの関係がどうあれ、PL間は仲良く、交流をできる方(時間を取れる方)に向いているゲームです。広く交流をし、PL関係を構築することで、いっそう楽しめる仕組みになっています。
次回は最終回です。
皆の目指す未来はそう遠くはないと思いますので、今まで交流のなかった方も、協力できるところは、協力してみてはどうでしょう。でも、何かを犠牲にしてでも、護りたいものがある人もいれば、その何かをどうしても犠牲にできない人もいると思います。折り合いの付かない点については、アクション勝負!で頑張ってみてください!
尚、6回は5回直後から始まります。

☆最終回お願い事項☆
・PCの内心がわかり辛い方が多いです〜。やりたい事や、望む結果はわかっても、何故PCがその行動を取るのかわからないことが多々あります。アクション通りの状況にならなかった場合、PCがどう反応するのか判断しかねてしまいます。また、何より心を理解できないと、人物が活きませんので、よろしければ、最終回では、PCの想いを是非ともお聞かせください。
「敵を倒す」「世界を守りたいから」というアクションは一見内心が書いてあるように見えますが、それより深い「何故世界を守りたいのか」そこが、PCの想いの部分かと思います。

・時間がないです! ……というメッセージが非常に多いです。締切15前に届いているアクションの数が半数以下という状況です。送信トラブルもあったようですので、早めの提出をお心がけください。いえ、提出はギリギリでも構いませんので、アクションを早めに仕上げれるよう、出来ることからメモをし、書き進めていってください。時間がなくて、まとまりません。時間がなくて、書き落としがありそうです。という言葉はとてもショックなのですよ〜っ。こちらも、内部締切を早めに設け、公開日厳守!で頑張っておりますので、最後1回、どうぞよろしくお願いいたします。