アトラ・ハシス

第四回リアクション

『護るための選択』

川岸満里亜

 “春が待ち遠しいね”と、誰かが言った
 “夜明けは必ず訪れるから”と、誰かが言った

 待っているだけで、訪れるものがある
 何もせずとも
 流されているだけで
 全てを時に委ねているだけで
 季節は変わってゆき
 日はまた昇る

 それで人は満足なのか?
 待っているだけで
 何もせずに、待っているだけで
 訪れるのを待ち続けて
 与えられるのを待ち続けて

 そして、“欲しい物が手に入らない”と嘆くのか?
 “私は不幸だ”と嘆くのか?
 “誰か助けて!”と叫ぶのか?

 何もせずに、ただ泣き続け
 身を任せ、流されて
 待っているだけで、守りたいモノを守れるのか――

*        *        *

 純白の絨毯のような雪が、昼にはすっかり姿を変える。
 屋根から下ろされた雪が、小山となっている。
 じきに、子供達の手で白い人形に姿を変えるだろう。
 丸められて投げられた雪の塊は、窪みを作り。
 踏み荒らされた絨毯は、朝の姿を忘れてしまった。

 恨みがあるわけではないが、良い気分はしない。
 フレデリカ・ステイシーは、一歩一歩、踏みしめながら、雪道を歩く。
 雪掻きの最中に、足を滑らせ負傷した彼女にとっては、雪は綺麗な宝石でも楽しい玩具でもなかった。
 道路が、除雪を考えた造りになっていない。
 また、雪靴がないのも問題だ。
 靴職人がいないのだから、今年は無理か……。
 問題点に改善策。フレデリカの頭は日常的に激しく回転している。いわば、怪我で動けない際に身についた癖のようなものであった。
 程なくして目的の場所、役場棟に着く。
 湖の部族との交換ホームステイ計画を聞きつけた彼女は、交渉責任者であるタウラス・ルワールに協力を申し出ていた。タウラスに詳しい話を聞き、素案を纏めたところ「会議前に一度見せてほしい」と、村長レイニ・アルザラに呼び出されたのだった。

「良く纏まっているけれど、難しいかもしれないわね……」
 素案に目を通したレイニの表情は、思いのほか険しかった。
「客観的に見て、案自体には問題はないわ。だけれど、現在の先方との関係上、どれだけ賛成が得られるかというと……かなり難しいんじゃないかと思うの」
 フレデリカの案は、ホームステイは双方共、子供に限定するという案である。先住民の少年、ルビイ・サ・フレスの案に近いものだ。
 理由としては、難民側の大人の派遣が難しいこと。子供の方が順応性が高いことなどをあげている。
「子供を中心にという点については、私も賛成です。現時点での大人達の受け入れには少々不安も感じますし……」
 タウラスは賛成の意を示した。
「案外、子供の方が怖いかもしれないわよ。そう、育てられたら……。生まれた時から、生き方を与えられ、そう生きるのが正しいと育てられたら、何の疑念も抱かず、戸惑いもなく、言われたことを遂行しかねないから。……考えすぎでしょうけれど」
 レイニの言葉の真意はわからなかったが……いつにない真剣な面持ちから、フレデリカはこのホームステイ案は、自分が考えているよりも、難儀な問題なのだと察知する。
「ホームステイ先に関しても、受け入れを希望する家あるかしら?」
「それでしたら、会議での呼びかけのほか、私が個別に家を回って……」
「そこです!」
 タウラスの言葉をフレデリカが厳い口調で遮る。
「何も自ら回らなくても、他に手の空いている人はいるでしょう。お二人に意見する労力を問題解決に向ければ、自分達で解決できる問題はいくらでもあるはずです。そうやって、何もかも背負い込もうとするのはお二人の悪い癖です」
 タウラスは、7つ年下の少女に突然諌められ、一瞬惚ける。
「お二人とも、お疲れなのは見てわかります。今倒れられても迷惑ですから、きっちり休んでください。どれだけ迷惑かけるか私は身をもって知ってますが、わからないようでしたら、もう一度私が倒れて見せてあげてもかまいませんよ」
 まるで脅しのような言葉に、タウラスの惚けていた顔がほころぶ。
「わかりました。心に留めておきます」
「レイニさんもですよ」
 フレデリカの厳しい視線を受けたレイニは、少し、笑った。右腕と左足に巻かれた白い包帯が痛々しい。苦痛や疲れを表さない女性ではあるが、ふと、何かの拍子に見せる隠し切れない疲労の影をフレデリカは見逃さなかった。
「そうなのよね。私やタウラスが頑張ることが、かえって村の……皆の為になっていないこともあると、最近気付いたところ。誰かに頼ってばかりでは、人はダメになってしまうから」
 レイニの言葉は感慨深げであった。
「あなたの言葉で再確認したわ。私はもっと休んでもいいのよね。ありがとう、フレデリカ」
 思いのほか、素直な反応だ。フレデリカは少しこそばゆかった。
「……と、いうわけで、この意見や計画を案件ごとに分けて、分かりやすく纏めなおし、ファイリングお願いね」
「こちらの目安箱の投書は、要望、意見、苦情、応援に分類しておいてください。優先度の高いものから、解決策を検討していきますので」
 その他、てきぱきと仕事の説明をしていく、レイニとタウラス。
「最近、難しい問題抱えてて、ろくに睡眠とってなかったのよー。助かるわ、フレデリカ」
「私も、お言葉に甘えて、巡回を終えたら少し休ませていただきますね。働き者の女性は素敵ですよね(にっこり)」
 そう言って、村長と村長補佐はさっさと執務室を出て行ってしまった。
 残されたのは、自分と書類の山。惚けるのはフレデリカの番だった。
「……ったく」
 世話の焼ける大人だ。と、フレデリカはドカッと村長席に腰掛けて、書類と対峙するのだった。
 ――数時間後、二人が戻ってきた時には、フレデリカは指示された全ての仕事をゆうに終わらせ、部屋の掃除に着手していた。
 レイニはフレデリカの整理した書類を確認すると、感嘆の声をあげ、
「フレデリカ、あなた村長秘書やらない? 歓迎するわ」
 と言ったのだった。

 寒空の下、リィム・フェスタスは額の汗を拭った。
「難しいなぁ……」
 担当している、共有食の製造については、多少の収穫に至ったということで、とりあえず継続。改善策は何も打ち出してはいない。魔力の提供以外は、ほとんどボランティアに任せてある。
 そうして、日の時間の大半を温泉事業の進展に当てており、少しずつ、進んではいた。
 保養所のシステムを参考に、貯湯槽・配管の設計をしてみた。しかし、工事はリィムには無理である。
 橘・花梨の元にアルバイト希望者が集まったとのことで、そのうち2人をこちらに回してくれるよう、花梨とは話がついたのだが、人を雇うということはそう簡単にはいかない。
 共有食製造に従事してもらおうとかけあった、アヤリに関しては、指揮をとっているリィム以外がボランティアで働いているというのに、自分だけ賃金を貰うことはできないと断られた。また、専任者として皆を纏めるような指揮能力も自分にはない、と。ただし、ボランティアでたまに手伝いに来てくれるとのことだ。
 建築の手伝いに雇い入れたいと思ったレザンの方は、先住民との交易に興味を持ち、空いた時間、花梨に協力をしたいと思い応募したそうだ。温泉事業に関しては、公務ではなく、興味もないということで、辞退されてしまった。それ以前に、彼を継続的に雇うほどの私財がリィムにはない。共有食製造に当てられた公費から捻出したら、横領になってしまう。温泉の運営で収入を得るつもりはないため、借金による先行投資もできない。
 二人とも、老人をいたわり、先住民と積極的に交わる花梨の人柄や仕事に惚れ、花梨の元で働きたいと申し出た人物なので無理もない。
 リィムにも人手と皆の理解が必要なのはわかっており、一生懸命村中走り回り呼びかけてはいるのだが、必要性を感じないものに、積極的に力を貸そうという人物はいない。賛同してくれる人は、僅かでしかなかった。
「リィムさん、お弁当ですー」
 支持者の一人、セルジオ・ラーゲルレーヴが袋包みを手に、現れた。若いセルジオには、日々の生活でさえ厳しいだろうに、リィムの計画に賛同し、無償で手伝ってくれているのだ。
 セルジオの水の力で、降り積もっていた雪を溶かし、退けた。
 露天風呂にするつもりであり、それらしく、二人で石を並べたり、土を整えたりしてみる。浴槽は大工の協力が得られてから作成だろうか。この中に湧き出たお湯を注ぎいれれば、それでいいんだろうか? 温泉ってそういうもの?
 初めてであり、知識もなく、やってみるしかなかった。
 風呂の周りには、柵が必要だろう。脱衣所も設けるつもりだ。
「やっぱり大工の協力は必要ですね」
 お礼をいって、弁当を受け取るリィム。敷物を敷いて、セルジオと並んで腰掛ける。
「お金以外の謝礼を考えてみたらどうでしょう? 温泉があると、何が良いのか、もっと積極的にアピールすることも必要だと思います」
 セルジオは必死であるリィムを見て、彼女を助けたいと思い手伝いを申し出た。また、リィムの計画が成功すれば、自分の手がけたい事に応用できるかもしれない、と。所謂、憩いの場としての温泉自体に共感したことが主な協力理由ではなかった。
「ほら、前回の会議で、必要性を感じてない人からクレームがって話、出てましたし。必要性を訴えて、協力を呼びかければ、手伝ってくれる人もっと集まると思います。必要性の部分で皆の理解が得られれば、公費で運営することもできるでしょうし」
 このまま自費で続けていたら、財産を投じて完成させることが出来たとしても、その後の運営がまず続かない。
「うーん……そうか……そうですよね……」
 そういえば、先日広報を頼んだピスカにも似たようなことを言われた。
「温泉作るから協力してーじゃ人はあつまらないよ〜。興味もないし、失敗するかもな事を手伝ってくれる人はいないと思う〜。具体的にどんなふうにするのか〜、協力すると、何かいいことがあるのか、皆にどんな利益があるのか〜、企画書を作ったり、図面を書いたりして、現実性を提示して、協力を呼びかけないと〜」
 そういいながら、ピスカは定期新聞に温泉事業について載せてはくれたが、やはり反応は無きに等しい。
 実は、共有食製造の方もこんな感じである。
 リィムは忙しく動きはするのだが、具体的な方法について、上手く提示できないのだ。頑張ってはいる。周りの皆もそれは認めているけれど、なかなか成果に繋がらない。ただ、共有食の方は、公務であり、集まったボランティアの人々がそれなりの知識を持ち、対策を講じてくれているため、ある程度の作業は任せることが出来ている。
「私、先導は向いてないのかな……」
「リィムさんは発想も良く、とても一生懸命で身を粉にして働く方ですよね。苦手な分野に関しては、出来る人の協力を得る事を考えて、向いている分野で一生懸命頑張ることが、この村の繁栄に繋がるんだと思います……多分」
 ちょっとだけ自信なさげに励ますセルジオであった。
 ――このように、ゆっくりと進んでいた温泉計画だが、とある人物の参入により、急激に進展していくことになる。

 学園が冬休みに入って数週間たった頃、教師であり、医師でもあるオリン・ギフトは保養所に続く、大掛かりな設計図を完成させ、動きだした。
 日中時間をとれることから、自ら動き、家々を回った。彼の設計による保養所は、多くの人の目に入っており、その再現された先進国のシステムは皆を感激させていた。オリンとて、建築の専門家であったわけではないので、知っているのは先進国の一般家庭で使われていたシステムのみであり、建築の技術まであるわけではない。
 だからこそ、自分のこの大きな計画――「散水塔の建設と温水のパイプラインの整備」を実行するのには、皆の協力が必要不可欠であった。
 村人一人一人に頭を下げて回り、水道設備の必要性と村の発展を説く。人手はもちろんのこと、村全体の設備を整えるには、莫大な資金が必要だ。資金援助の協力と人材確保に、精を尽くす。
 協力要請のあった、リィムの温泉計画とは共同開発を進めることになった。温泉をくみ上げ、散水塔からシャワーのように温水の雨を振りまくことで、雪を溶かす仕組みだ。水魔法使いの協力が得られれば、多大な成果を得られることだろう。
 温水に関しては、まず、水質検査を行った。この辺りは専門分野だ。疫病対策の為、汲み上げ装置からパイプラインにかけて外気に触れない構造を設計した。
 散水塔に関しては地下の貯水層と地上の管塔からなり、予算削減のため、主要部分以外は木製とする。経費はできるだけ、抑えなければならない。今は皆、裕福ではないのだから。余裕が出来た頃、改善をしていけばいいのだ。
 大雪には誰もが困らされている。垣間見た保養所の設備の有効性も皆納得できるものであった。オリンの計画は多くの理解が得られ、資金も順調に集まっていった。ゆくゆくは村全体の水道の設備となると、資金や人手があっても数日で終わらせることは不可能ではあるが、順調に進みだしたのなら、公務として村に投げることも十分できる計画である。水を降らせるとなると、道路、排水溝等の設備も進めていかなねばならない。
 ただ、資金調達、木材の調査等、今月は準備で終わってしまいそうだ。工事着手は来月からになる。大工の指導の下、協力者総出で行う予定だ。学園が再開されたのなら、実習として子供達にも手伝わせることになるだろう。

*        *        *

 アルマ・ナ・ラグアの濃い茶色の瞳に、見たこともない光景が映っている。
 これが難民の村か……。
 村というより、一家庭の敷地のようだった。
 整備され、閉ざされた空間での暮らしは息苦しくないんだろうか? などと考えながら、アルマは橘・花梨を待っていた。
『じゃ、報告してくるから、ここでちょっと待っててな〜』
 そう言って、花梨が村に入ってから、かれこれ数十分は過ぎただろうか。なんでも勝手に他集落の人間を村に入れることはできないそうだ。
 時折、奇異な目で見られることには慣れた。どんな目で見られようが、ニッと笑って手を振ってやる。そうすれば、大抵はぎこちない笑みを浮かべて会釈をし、去っていく。無視されることは殆どなかった。
 それにしても遅い。許可を取るだけでそんなに時間がかかるものだろうか。
「待たせてごめんなー。色々あってな……」
 ようやく戻ってきた花梨は、すまなそうに謝罪した。
「色々?」
「ん……今の湖の部族との関係的に、こっちでは、私的な訪問はお断りしてるんやって。知識教示もできるだけ、自分の村を通して申し出てほしいんやと」
 アルマは堅苦しいのはゴメンという理由で、族長や交易担当者の許可はとらず、私的な訪問として花梨に同行し、難民村にやってきた。それがまずかったらしい。
「はあ? 友人の家に行くのに、族長の許可が必要ってか?」
 とはいったものの、自分達の村でも、難民が勝手に入り込んだりしようものなら、警備の者に拘束されて然りだ。
「なんか、そういうところから、どうにかしないと、アタイらの関係進展しないんじゃないかねぇ」
「まあ、仕方ないんよ……あ、でも今回に限り、うちの客人として招き入れる許可はぶん取ったから! 村の案内とかは出来へんけど、堪忍してな」
 門が開けられ、アルマは村に足を踏み入れる。
 雪で遊ぶ子供達の姿が眼に入る。女性にしては大柄なアルマだ。子供達は、少し怯えた目でアルマを見ていた。
「雪遊びは楽しいかい?」
 笑顔で手を振ってやる。途端、子供達も笑顔になり、手を振り替えしてきた。
「可愛いじゃないか」
 何も変わらない。服装や生活様式は違うけれど、本質的なものは、何もかわらない。同じ人間だ。
 花梨と並んで歩く。整備された道や、同じような造りの家は、なんだか堅苦しく感じる。
 花梨の家は、小さな一戸建てだった。隣の倉庫の方が大きいくらいだ。
「ゆっくりしてってな〜」
「花梨さん、おかえりなさい!」
「おかえり〜」
 多くの声に迎えられる。交易に携わる人々だ。
「えー、このお姐さんは、湖の部族のアルマ・ナ・ラグアさんや。無償で護衛してくれたんよ。皆歓迎したってや〜」
 招き入れられたアルマは、リリア・アデレイトの隣に腰掛ける。アルバイトで、花梨を手伝っている少女だ。湖の集落で知り合い、彼女とも既に親しい間柄だ。
「歓迎っていったら、アレだろ」
 口の前で、指をくいっと捻って見せるアルマ。
「構わへんけど……飲んだらうち、どうなるか責任取れませんで?」
 意味深に瞳を煌かせながら、花梨がリリアを連れ、酒樽を運び込む。
「花梨さん、飲みすぎはダメですよ! そんなに在庫もないのだから」
 口調は元気だが、リリアの身体は疲れでボロボロだった。荷物を持って登ってきたはずが、気付けば荷物として背負われていることが多々あったくらい、彼女には過酷な道中だった。
「船の場所がわかればなー。まだ色々残ってるんやろけど」
 現在難民村では殆ど酒造が行われていない。材料の確保がままならないからだ。
 上陸の際、運びきれないものは、船に残してきた。食料は底をついていたが、酒や調味料、雑貨等はまだ、船に残っているはずだ。場所がわからないのが悔しいと花梨は感じてしまう。
「破損も激しかったしなぁ、もう随分と経つし、沈んでしまったかもしれんな……さーて!」
 気を取り直して、栓をあける。
「特別な日くらい、楽しまな〜。リリアちゃん、おつまみ用意してな!」
「おお? 変わった酒だな!」
 その琥珀色の液体は、まろやかで香り高く、アルマの喉を悦ばせる。
「んまあ、湖の部族の酒の方が美味いかもなー。ここの水は最高やし。こっちでも来年にはもっと美味い酒がたーんと呑めるはずやで〜」
 次々にグラスに酒が注がれ、小さな宴会が催されていた。
 アルマと花梨。明るい二人の勢いは、周囲を自然に惹き込んでゆく。
 誰もが楽しそうに。
 人種の違いや文化の違いを全く感じさせることなく。
 この空間はとても、賑やかで、家の近くを通る人々は、微笑ましい雰囲気に思わず足を止めていた。
「アルマ姐しゃまー☆ リリアちゃ〜〜〜ん☆」
 ……もっとも、夜道を歩く男性が足を止めた理由は別にあったかもしれない。

*        *        *

 今月の会議は、天候の良い日に行われたのだが、出席者は少なかった。
 食料が不足気味だということもあり、出来るだけ稼ぎ、高騰した食材を確保しようと、皆必死なのだ。
 特に深刻化しそうなのは、共有食である。収穫時期に十分対策をとっていた家や、畜産を営んでいる家は、冬を越すのに問題ない量の貯蔵があるようだ。
 この辺り、『失敗した』と村長レイニ・アルザラは思う。
 探索隊を率いて探索に出ていた頃は、村の運営まで考えていなかった。まさか自分が村長になるとは思いもせず。捉えた家畜や、動物の群れを、飼育の知識のあるものに無償で引渡していた。当時は村の運営システムもまったく出来ておらず、村の管理にとはとても考えられなかった。故に、畜産は公営では行われていない。
 自分が探索に出なくなってからは、探索を引き継ぐ者もおらず、村管理下の食料は減少の一方だった。共有食の製造も芳しくないため、緊急的に対策を講じなければ、来月辺りは大変なことになりそうだ。
 最初に、レイニは、共有食管理責任者であるリィム・フェスタスに、意見を出す。
「リィム。栽培をするように指示を出しても、ボランティアの人達も何をすればいいのか、分からないと思うの。リィムも皆もそれぞれ頑張ってはいるのだけれど、連携がとれていないのね。管理はあなたに任せているのだから、具体的な対策や明確な指示で皆をまとめてちょうだい」
 続いて、交易担当責任者、橘・花梨にも。
「今月は取引内容を決めていないようだけれど……こちらから出せるものに関しては、前回タウラスから説明があったわよね? それを元に、先住民側からの食料確保を強化してほしいの」
 食料問題が改善するまでは、学園の再開は難しそうだ。子供を抱えている親からため息が漏れる。
 その花梨から、交易とアルバイトの雇用に関して報告と意見がある。
 アルバイト希望者に関しては、「働く気があるのに、雇ってもらう前に断られる」のはとても辛いことだと思い、様子見をかねて全員試用することにしたとのことだ。
 現在は以下のような状態だ。

【アヤリ】
リィムの手伝いをお願いする。
無償でたまに手伝うとのこと。
生活苦らしい。

【レザン】
辞退。
必要ではないのなら、他に時間を費やすとの事。

【シラン】
荷物持ち、護衛として試用。

【マズカ】
経理を含む、事務員として試用。

【シエリ】
営業として試用。

【バリ】
塩製造の研修中。

 アヤリに関しては、特に任せることが見つからない。
 シランは役に立ってくれそうだ。指示次第だろう。
 マズカも事務全般を安心して任せられそうである。
 シエリに関しては、花梨から明確な指示受けていないため、何もできずにいる。

 交易の報告と、雇用状況の話を聞いたレイニは渋い顔をする。
「能力のある人ほど、役には立つけれど、雇用するとお金がかかる。また、不採用にしても、他の仕事で生活をしていける。
 無い人ほど、働きたい気持ちは強いのだろうけれど、助けになるかどうかは、難しいところ。……交易はボランテイアではないのだから、そのあたり良く考えて、採用を決めてちょうだい」
 少々冷たい言葉だが、例えば単なる倉庫の前で座っているだけの倉庫番で賃金がもらえるというのなら、就職希望者はごまんといるだろう。生活に困っている老人はアヤリだけではない。外で働ける状態にある彼女はむしろマシな方ともいえる。彼女を雇うのなら、彼女の能力に見合った仕事を与え、収益に繋げなければならない。
 収益が出れば、村管理金は増え、事業や弱者援助に回せる資金も増えるだろう。
「それから、花梨は人を雇うのは初めてみたいだけれど、雇った人には指示を出さないと、雇われた側は動けないわよ? 仕入れならば、どんなものを仕入れさせるのか……市場を調査させるのもいいでしょうし。
 交易を行うのに、必要と思われる人材を確保し、必要な指示を出すの。人を使うのが難しいようなら、当分、小規模の交易にした方がいいわ。今回は取引内容を決めていないみたいだけれど……村に必要なものを先住民から仕入れ、先方が必要としているものを提供する。そのように内容を考えて交易利益を得ていかないと、赤字が続いてしまうわよ」
「不採用なら、早めにそう言ってもらえるほうが、次の仕事探せていいんじゃないかしら? 少し働いた後、やっぱり要りませんって言われるのもショックなものよ」
 そんな意見もあがる。
 とりあえず、交易は大幅な赤字からスタートとなった。まあ、何かを始めるのには、最初はお金がかかって当然ということで、今月は不満の声は上がらなかった。
「食料の件で提案があります」
 手を上げて立ち上がったのは、セルジオ・ラーゲルレーヴであった。
「今すぐの改善策ではなく、春に向けて果樹園の提案なのですが、管理されてる方がお年を召されているため、準備や手入れは大変だと思うんです。今からそれに向けての準備をしてはどうでしょうか?」
「果樹園か……今から必要かしら? 具体的にどんな準備を?」
「例えばですが、次の冬がきても大丈夫なように、温室ハウスみたいのを作るとかはどうでしょうか。リィムさんの温泉が上手くいけば、廃湯を利用して果樹の周りにパイプを通して地中を温めればいいかな、と思うのですが……」
「うーん、なるほど……」
 レイニは地図を広げて、果樹園の場所と温泉の場所、更にオリン発案の散水塔の建設予定場所を確認する。さほど離れてはいない。
 果樹園といっても、森の一角のたまたま果樹が多かった場所を囲っただけである。人の手は殆ど加えられておらず、果樹栽培の経験のある老夫婦に一任てしてあった。
「苺やメロンはともかく、果樹に温室ってどうなのかしら? 収穫季節に収穫するのがいいんじゃない? 私には良くわからないけど」
「温度だけではなく、温室栽培には様々な利点があるのよね。自然に任せておくと、天災で殆ど収穫できないこともあるし」
 レイニの疑問に答えたのは、果樹園を管理する老婆であった。
「だから、あなたが、果樹園を整備してくれるのなら、とても助かるわ。私達夫婦では今の状態を維持するので精一杯だから。ただ、今は雪に埋もれてしまっているの。雪解けの頃にならないと作業を始められないと思うけれど」
「それなら任せてください。僕は水魔法使いですから。水で雪を溶かし、出来ることから作業を開始しますので」
 老夫婦はセルジオを快く迎え、雇用関係が成立する。住み込みで働いてくれてもいいという話だった。レイニや他の村民も異存なく、果樹園の整備、温室化についてはセルジオと老夫婦に任されることになる。収穫時期が楽しみだ。
 セルジオは以前会議に出た、干し肉に関しての協力も申し出たが、こちらに関しては現在干し肉を作るほどの食材はないということで、先送りになった。
 続いて、先住民関係の議題に進む。
 交渉責任者である、タウラス・ルワールが前へ出る。
 最初に、代表者会談の開催決定が伝えられた。
 まず、文化や思想の違いはあるが、湖の集落訪問時に、相手側族長は快く応対してくれていることを説明する。
「知ろうという姿勢で接してください。努力のないままに友好関係を築くことは難しいでしょうから」
 反論はなく、会談での提案予定項目の提示に移る。

●不侵略
『互いの居住地を侵略しない』
ただし、先住民には領地という概念がないため、どのような場合を侵略とみなすかは、先方と協議の上、決定する。

●交易
『物々交換中心と考え、基準値を決める』
塩一山に対し何をどれだけ交換できるかなどわかりやすい価値を作り、取引はそれを参考に商談を詰めていく形とする。
実際の基準値は交易担当者同士で協議。また、交易希望者には手形を発行し問題を起こせばそれを剥奪する。

●処罰
『出身村の刑に服する』
相手集落で問題を起こしたときは、怪我などで動けない場合を除いて送還し、処遇は原則出身村の取決めに準じて施す。先方に被害や損害が生じた場合は互いの代表者を交えての話し合いで解決する。
ただし、正式なホームステイとして訪れている場合はホスト側の監督責任も生じるので、即送還せず滞在村の責任者を交え本人とホスト間での問題解決を基本とする。

 不可侵と交易に関しては意見は出ず、出席者全員一致で承認される。
 問題となったのは、処罰に関してだった。
「これだと、こっちの村で問題を起した先住民に、こちらからは、なんの処罰も与えられないってことになるんじゃない? こちらでは障害は重罪だけれど、あっちでは謝罪すれば全て終りって可能性もある」
 厳しい意見を言ってきたのは、機関士の妻だ。自分の夫の事件を言っているのだろう。夫を襲った相手に、先住民側がなんの罰も与えない可能性もある、と。それは、とても許せるものではない。
「しかし、逆もあるからなぁ。軽い気持ちで向うの見学に行ったこっちの民が、例えば……迷わないよう、森にマーキングしたところを、先住民に捕らえられ、御神木を傷つけた〜公開処刑だ〜とか言れたらどうする?」
「だから、被害や損害が生じた場合は話し合いで解決するんでしょ?」
「でも、こちらは被害を主張しても、相手側にとってそれは加害ではない可能性もあるでしょ? 例えば、遊牧地で放し飼いにしてある家畜を先住民が狩ったら? こちらにとっては被害だけれど、先方にとっては、狩りをするのは、普通のことでしょ? その都度、話し合いで解決なんてできるのかしら」
「……郷に入っては郷に従え」
 喧騒となる会議場に、レイニの声が響いた。
「相手側の影響下にいる場合は、相手側のルールに従うのが当たり前よね。あちらでは、御神木……はあるかわからないけど、こちらからすれば価値のないものでも、相手側が崇めている物を傷つけるようなことはしてはいけない。こちらの村では、公序良俗は当然守ってもらわなければならない。互いに相手側に行く際には、それを承知で行かなければならないわ。だから、
・原則、問題を起こしたときは、怪我などで動けない場合を除いて送還し、処遇は出身村の取決めに準じて施す。
・それが明らかに犯罪である場合は、現地の処罰を受ける。更に出身村も犯罪者に刑罰を科すことが出来る。
と付け加えれば、いいんじゃないかしら。相手側のルールに背いたら、相手側に処罰されるのは当たり前。相手側が処罰ぜずとも、こちらの村では放置できない犯罪もある。そういう事」
 こちらでは、少女猥褻を罪としたが、先方では罪にはならない可能性がある。だからといえ、先方で少女猥褻を重ねたこちらの住民を、そままこの村に帰還させられるかといえば、それは極めて危険なことである。
 反論は出ず、そのように、会談にかけられることとなる。
「皆も、向うの実態が良くわかってない今の段階で、興味本位で勝手に行ったりしないこと」
「特に今は会談を控えた大切な時期ですので、各自、自分の行動には責任を持ってください」
 レイニとタウラスはそれぞれ、村人に忠告をし、この話題を終わらせる。
「行方不明となっていた、ラルバ・ケイジ殿ですが、どうやら、湖の集落でお世話になっているようです。怪我をして倒れていたラルバ殿を部族の方が発見し、治療してくださったとのことです」
 タウラスの言葉に、皆の口から、安堵の声が漏れる。ラルバは能力の割りにあまり目立つ存在ではなかったが、仲間の無事を願わないものはいない。
「では、先ほど少し話に出た、ホームステイについて提案させていただきます」
 フレデリカ・ステイシーが、纏め上げた資料を手に、前に出る。
「先日、湖の集落での会議の際、交換ホームステイについて話題に上がったそうです。その件に関し詳細を纏めてみました」

『交換ホームステイ案』
大人という案が出ていたが、子供のホームステイとする
※理由
・こちらの現状、労働力となる人手を減らすのは問題である。
・子供の方が打ち解けるのが早く、純粋に物事を吸収できる。

※方法
・保養所に1泊。子供同士の交流をはかる。
・その後、相手の村へ移動。

※ホームステイ先
・一般公募。なるべく、学園に通っている子供のいる家庭で。
・応募のない場合は、学園の寮を利用(一人部屋にならによう調整)。

※その他
・ホームステイにきた子供達は、学園に通わせることを推奨。

 会議場は難しい空気に包まれた。
 皆、なんとも判断できないようだ。
「先住民の子供を……少しの間、村に滞在させるのはいいとして、あちらにこちらの子供を行かせるのは反対だわ」
「子供だけなんて、危険すぎる」
「子供を預かるのも反対よ。自分の子供以外の面倒を見る余裕がある人なんていないわ。いるんなら、ボランティアで村の繁栄に尽くすべきよ」
 消極的な意見が次々にあがる。
「先住民の子供は滞在中、学園に通わせることで、ホームステイ先の負担を減らします。学園の生徒達と授業を受けるのが良いでしょう。教室での授業が無理なら、ここの会議室を利用すればよろしいかと。その間、私も世話係を担いたく思います。また、子供だけで先方に行かせるのが不安であるのなら、私が子供のフリをして一緒に行ってもいいですが……先方を騙すことになりますので、個人的には子供のみを推します」
「子供って何歳くらいまでを指してるの? この場合、学園の生徒ってことかしら?」
「騙すもなにも、18歳以下の子供、とかすれば、フレデリカさんも対象になると思うけど」
 村人の言葉通り、フレデリカは16歳。準大人扱いとはいえ、成人前の少女だ。
「年齢に関しては、会談で先方とも検討してみましょう。場合によっては、フレデリカ殿にも参加していただくということで。また、希望者がいなければ、こちらからのホームステイは当座無しでも良いかと思います」
 無理矢理行かせる必要はない、とタウラスは判断した。
 とりあえず、先住民の子供の滞在については、難色を示しながらも、子供だけということもあり、強い反対意見は出なかった。
 レイニはこの件に関して何も言わなかった。
 今月の定期会議は、ここで終了となる。

*        *        *

 ――時を遡る。
 これは、タウラス・ルワールが先住民との会議を負え、村に戻って数日後のことだ。
 いつものように、職務の為、村長の執務室を訪れたタウラスは、ドアの前で、黒髪の男性と出会う。シャオ・フェイティンだ。 
「戻られたのですね。警備について、お話したいことがあります。後ほどお時間いただけますか?」
 それだけ伝え、別れる。
 執務室では、レイニ・アルザラが、普段通り職務をこなしている。片手、片足が不自由で思うように動きがとれないようではあったが。
「あ、タウラス。住民名簿とって」
 棚から名簿を取り出し、デスクの上に置く。
 ありがとう。と、こちらを見ずに言うレイニに対し、タウラスはさりげなく言った。
「隠密への謝礼も公費から賄われているのでしょうか?」
 レイニのペンの動きが止まる。
「……どうして?」
 YESでもNOでもない、曖昧な言葉だった。
「シャオ殿と、湖の集落でお会いしました。今、この部屋の前でも。
 戻った彼が報告に訪れた相手。……それは雇い主ではありませんか?」
 しばらく、無言の時が流れ……。レイニはペンを置いた。
「私費よ。もっとも、彼は謝礼はいらないみたいだったけど」
 数秒。待ってみる。
 しかし、レイニからはそれ以上何も語られない。
「先日の湖の部族との会議の際、先方は表沙汰にしたくない事情がある雰囲気でしたが……そういった情報は届いていますか?」
 タウラスは先日、初回訪問時の件も含め、レイニに全ての報告をした。似顔絵を見せた時の反応から感じた、先住民と機関士を襲った男とのつながりの危惧も。
「……どうかしらね」
 呟きのような台詞だった。その瞳は暗い。深く、底が見えないほどの暗さを感じさせた。
「話しては……下さらないのですか?」
「あなたはまだ、知らなくていいわ」
 その時感じた感情を、タウラスは言葉に表すことが出来なかった。怒り……でもない、悲しみとも違う。
 彼女は自分を一番に信頼していると言った。しかし、職務に響く重要な情報を自分に語ろうとはしない――。
 確か以前、似たようなことがあった。ラルバの件である。……あの時は、立場が逆だった。当時、タウラスは自分の胸に秘めておくべきと、ラルバの件の報告を控えたのだ。
 それに関し、レイニが酷く怒ったことを思い出し、思わず苦笑する。
「では、改めて私の方から、シャオ殿に隠密行動をお願いしたいのですが……」
「ううん。しばらく彼には村を離れないでもらいたいの。会談……ここでやるんでしょ? 警備について話し合ってはどう?」
 見上げた瞳が真剣だった。彼女が抱えている情報の重さを、タウラスは感じ取る。
 コンコン
 執務室のドアが叩かれた。二人の視線が同時にドアへと移る……。 

 ホラロ・エラリデンは、オリン・ギフトの手術により、魔力を取り戻した。
 彼の魔力を封じていたのは、魔力制御装置という軍事国家の遺産である。体内に埋め込まれていた装置を、手術で摘出したというわけだ。
 ホラロは、大陸屈指の魔法学者であり、その魔法に関する知識は計り知れない。彼は難民村での研究再開の為、研究所の設立許可をレイニに求めた。その過程で、レイニはホラロから研究の必要性についての説明を受けていた。
 タウラス・ルワールも、独自にホラロに接触し、彼の自説を聞いている。
 オリン・ギフトに関しては、共同研究者としてホラロと魔法の研究に携わる予定である。
「……これが儀式に関してまとめた資料だ。魔力制御装置に関しては、貸し出しは構わないが、先住民に奪われたりしないように、との事だ」
 執務室に表れたオリン・ギフトが、タウラスに資料を手渡す。その表情は険しい。
「何?」
「オリン殿に、先住民の儀式関連について、ホラロ殿と推論をまとめていただいたのですが……」
 受け取った資料をレイニの前に広げ、共に読み進める。
 ホラロの見解では、先住民の儀式とは、自然界の魔力を調和するものではないか、との事であった。数ヶ月前に世界を襲った大洪水の原因は「魔力の暴走」であるというのが、彼の自説である。
 その説をベースに、オリンとホラロは、先住民の儀式というものを、推考してみた。そして、儀式で起こりうることを。儀式が行われなかった際、起こりえることを。更に、その対処策を。それらをまとめた資料が、レイニとタウラスの前にある。

1.儀式に関して
20年に一度という間隔で行われていることから、ア・クシャスという存在は生贄を求める生物ではなく、なんらかの魔法制御装置で儀式は定期的にメンテナンスするためのものだが、危険を伴うもののように思われる。(オリン・ギフト推論)
生物ではないと思われる。ア・クシャスは魔力エネルギーであり、儀式とは定期的にエネルギーを調和させるものと考えられる。(ホラロ・エラリデン推論)
実際にア・クシャスを目にする機会があれば、将来的に彼らの無知を打破し、生贄を終わらせることも可能かと思われる。

2.儀式が行われなかった場合
ア・クシャスより高い山々も海中に沈んでいることから、この島も海に沈む可能性が高い。

3.儀式が失敗した際
魔力の暴走による、島の崩壊が懸念される。

4.回避策
a)魔法による洪水の抑止
 魔力制御装置を媒介に、魔法による抑止。

b)魔法による魔力調和
 魔力増幅装置(仮称)の開発が必要。

 魔法の知識に乏しいレイニとタウラスには完全な理解はできなかったが、それら各項目には理論や摂理が詳しく述べられており、信ずるに値するものであった。
「儀式に関しては、会談の際にもう少し詳しく聞いてみるわね。それによって、この見解が正しいのかどうか、わかるかもしれないから……」
 航海士であるレイニは、この島を発見した当時より、気にかかっていたことがあった。
 この島を取り巻く海流が尋常ではないのだ。自然界の法則に反するような、風と波の動きである。
「今の混乱した状況で下手に儀式を行うより、儀式自体を中止していただき、こちらの知識で洪水を回避した方が良いのではないでしょうか?」
 タウラスの言葉に、オリンは首を横に振った。
「そうは簡単にいかない」
 オリンは、回避策についての、説明を始める。
 回避策b)に関しては、開発期間がどれくらいかかるかは不明。必要な物質も施設も資料も無い。完成まで、数年から十数年はかかると思われる。
 現在島に存在する魔力増幅装置といえば、ホラロが所持していた魔力制御装置のみである。こちらを調整したとしても……媒体となる人物が必要だ。膨大な魔力をその身に受け、コントロールする魔法堪能者が。
 魔力の制御は一つの意思で行わねば、操ることは不可能。媒体となる者がどうなるかはわからないが、原理から考え、島全体を救うとなると、発動後の生存は考えられない。規模からして、精神はもとより、肉体もエネルギーに耐えられはしないだろう。
 失敗による、魔力の暴走の可能性もある。
『水の力、または、風の力で海水を押しとどめる』
『火で島を覆い、海水を近づけさせない』
『大地の壁、もしくは大地を隆起させ、災厄から逃れる』
 何れの属性でも、対策は練れるが、火と大地では、環境に影響が出てしまう。風か水が適しているといえる。
「いうなれば、災厄が起きた際には、この村一帯だけ守るのであれば、村人の犠牲は出さずにすむ」
 この付近だけであるなら、術者の負担も軽く、命を落すことはないと思われる。水、風、火の場合、魔法の効果は数ヶ月から数年持続するだろう。その間に、物資の確保や研究を進めることになる。ただ、村周辺だけの場合も身体を酷使することに変わりはない為、術者はなんらかの障害は覚悟しなければならない。長期間の昏睡は免れないだろう。本来持つ能力以上のことをするのだから、必ず身体に悪影響が出る。
「先住民の生贄の代わりに、魔力制御装置を使うということは、できないのですか?」
 タウラスの言葉に、またもオリンは首を横に振る。
「それも、儀式が分らんでは無理だ。どのように制御装置を調整すればいいのかも、分らない。
 私か、ホラロならば儀式の仕組みを理解することも可能と思われるが、それには実際に一通り儀式を見、その魔力の流れを知らねばならない。魔法具の開発は儀式を見学しても、数年。見学せず、ここでの研究だけで開発を目指すのなら、完成まで十年以上かかるだろう」
 所謂、来月の生贄の儀式は成功してもらわねばならない――。
 それが、結論だった。

*        *        *

 代表会談当日。
 村中が慌しく動いていた。普段、無関心を装う人々も、さすがに先方の代表の来訪となると、平静ではいられないらしい。
 タウラス・ルワールは、村民達に指示を出しながら、シャオ・フェイティンと警備体制を整える。
「では、族長を迎えに行って参ります」
 一通り指示を出し終えた後、村長、レイニ・アルザラに断りをいれる。
「迎えに!?」
 レイニが、髪を振り乱さんばかりの勢いで振り向く。過敏な反応に、タウラスの方が驚かされる。
「え、ええ。迎えに出れば、保養所付近で合流できると思います。休憩もお勧めできますし、こちらの技術を見せるいい機会かと」
「行く必要ないわよ。向うは山道に慣れているでしょうし」
「いえ、礼儀として迎えに出るのは当然だと思うのですが……?」
「でも……」
 深く考え込むレイニ……。
 自分が心配されていることに、タウラスは気付く。仮面の集団の真意が分らない現状、代表者への襲撃は十分懸念される。
「大丈夫です。いつも通ってる道ですから。フッツ殿にも同行していただきますね」
「……シャオにも行ってもらって」
「いえ、シャオ殿には、村の警備を……」
「いいから、行ってもらって!」
 レイニの異常なまでの警戒心に、タウラスは疑問を抱く。
「もし、仮面の集団の襲撃に遭っても、ターゲットは自分達ではありませんから。フッツ殿の風魔法で回避できますよ。レイニ殿はご自分の身を案じてください。何があっても、お一人にはならないようにしてください」
 タウラスのその言葉に対し、レイニはタウラスを強く見据え、言ったのだった。
「あなたは、私の身を気にすることはないわ。自分の身を一番に考えて。この村の誰かや、あなたにもしもの事があったら……私はそれでも、冷静に先住民と交渉を続けられるような、出来た女じゃないのよ。ホラロの考えに従ってしまうかもしれない。
 だから、あなたは自分の身を一番に考えなさい」
 あなたは私のストッパーでもあるのよ、とレイニは言い、フッツとシャオ、二人にタウラスを護衛するよう依頼したのだった。

 湖の部族、族長オント・ナ・ウスタが難民達の住まう村に到着をしたのは、女性達が昼食の準備に勤しむ時間であった。
 朝から村の門は開け放たれ、臨時警備隊として配置された大工達が、棍棒を腰に門の脇に並んでいる。
 訪れたのは、5名であった。
 到着の知らせに、レイニが出迎えに出る。直前にオリン・ギフトにより、足首はテーピングで固められ、腕の包帯も目立たないよう薄く巻きなおされた。痛みも殆どなく、自然に動ける。
 体格の良い男が二人。眼光の鋭い老婆が一人。護衛と思われる男が二人。一見して、誰が族長であるかがわかる。
 女性にしては長身なレイニだが、オントと比べるとまるで大人と子供状態だ。戦士を思わせる体躯には、威圧を感じずにはいられない。難民村の住民達は、彼の筋肉で覆われた太い手で、自分達が軽くひねり殺されてしまう想像に恐怖を覚えていた。
「難民を取りまとめている、レイニ・アルザラです」
 臆することなく、レイニは微笑んで手を差し出す。
「族長のオント・ナ・ウスタだ。よろしく。それでこっちは……山の一族っていう特殊な部族を、実質取り仕切っているケセラ。後はちらっと見たことがあるかもしれないが、そちら側との交易を任せているアガタだ。こいつは今回は会議には出ないが、これからも頻繁にこっちに来ることになるだろうから、紹介しとく」
 答えた声は、穏やかであった。大男の綻んだ顔に、周囲の空気が僅かに柔らかくなる。
 レイニとオントは握手を交わす。
「本来なら、こちらから出向くのが筋ですが、この度はお越しいただいてしまい、申し訳ありません。族長、及び皆様にお会いできて、光栄です」
「いやいや、一度はきてみたいと思ってたんだ。ぶっちゃけ、こっちは閉鎖的だから色々と大変かもしれんが、俺は仲良くしたいと思ってる。いい話し合いができるといいな」
「ええ、宜しくお願いいたします」
 まずは、食堂へ招き、昼食会となる。
 食料不足や、調味料不足の為、凝った料理は出せなかったが、かえってシンプルな料理の方が彼等には好評だった。料理の説明一つであっても、先住民には興味深いようだ。

 食後、少しの休憩を挟み、会談が始まった。
 用意された応接室はさほど広くはなく、ドア付近には、シャオ・フェイティンの姿がある。
 ドアの外では、警備隊員と族長の護衛達が警備をしており、フッツは村全体を警邏している。アガタの姿はない。花梨と、交易の打ち合わせをするとの事だ。
 オントとケセラの向かいに、レイニとタウラスが腰かける。
 まず、そちらの族長は世襲なのですか? とレイニが訊ねた。
「基本的には、世襲だな。まあ絶対にってこともないが……俺は親から受け継いだな。ただまあ、いまんとこ後継者はいないから、俺の次はどうなるだろうなあ」
 親しい友人に語るような、自然な口ぶりだ。
「世襲ですか。願って族長になったわけではないのに、部族の為に身を粉にしていらっしゃるのですね。タウラスから立派な方だと聞いております」
「世辞はよしてくれ。それを言ったら、望んで指導者の立場に立っているあんたこそ立派だと思うが、大変じゃないか?」
 私も望んだわけでは……と言いそうになり、レイニは寸前で言葉を飲み込んだ。
 なるほど、気さくな態度と話術だ。つい、本音で話してしまいそうになる。
「私は指導者ではなく、まとめ役だと思っています。……では」
 隣のタウラスに視線を送る。
 タウラスは頷いて資料をオントに手渡す。
「今までの会議を元に、こちらの村と、島の方々との今後の関係について、検討いたしました」

●不侵略
互いの居住地を侵略しない。
どのような場合に侵害とみなすか互いに明確化する。

●交易
物々交換中心と考え、基準値を決める。
塩一山に対し何をどれだけ交換できるかなどわかりやすい価値を作り、取引はそれを参考に商談を詰めていく形とする。
実際の基準値は交易担当者同士で協議。また、交易希望者には手形を発行し問題を起こせばそれを剥奪する。

●処罰
原則、問題を起こしたときは、怪我などで動けない場合を除いて送還し、処遇は出身村の取決めに準じて施す。先方に被害や損害が生じ た場合は互いの代表者を交えての話し合いで解決する。
それが明らかに犯罪である場合は、現地の処罰を受ける。更に出身村も犯罪者に刑罰を科すことが出来る。
ただし、正式なホームステイとして訪れている場合はホスト側の監督責任も生じるので、即送還せず滞在村の責任者を交え本人とホスト間での問題解決を基本とする。

 不侵略、交易、処罰、全ての項目にオントが目を通すまで、黙って待つ。
 オントの意見は以下だった。
 まずは、不侵略について。
「こちらは領地という認識がないので難しいところだが、狩場の主張というのは原住民どうしでもあった。その辺りの境界は定めておく必要があるだろう。こちらとしてはそれを踏まえたうえで、そちら側の開拓地とこちら側の狩場が共存できるようにしておきたい。侵害という意識もないので、トラブルについては個々に対応したいと思っているが」
 残っている島の地図というものは存在しない――というか、島の全部を見渡すようなものは存在しないらしい。以前は各集落に、まれに周辺の地図らしいものはあったようだったが。
 難民の方で作成中の地図が出来次第、境界線を決めるということが決まる。
「とはいえ、相手側の境界線内は一切立ち入り禁止にしてしまっては、問題が生じますよね。こちらがそれを提案できる立場ではないことは、弁えております」
 しばらく考えた後、レイニは以下を提案する。
『居住区とその付近の生活区に関しては、相手側の民の立ち入りは許可制とする。それ以外の山中は狩猟区とし、境界線は定めるが、互いの立ち入りを阻むものではなく、開拓や狩猟は管理を任された側の方策に則って行われる』
 提案に対するオントの意見は、こうだ。
「ちょっとこちらの考え方からすれば固すぎる気はするが、異文化交流だし、きっちり決めておいたほうがいいんだろうな」
 相談の上とりあえずは、この程度の内容で様子を見ることとなる。トラブルが多発するようなら、狩猟区の立ち入りに関しても許可制となるだろう。逆に双方の交わりが進めば、将来的に一切の許可が不要になる可能性もある。
 続いて、交易。
 文章に付け加える形でレイニが発言する。
「物には時価がありますから、そのあたりは交易担当者が臨機応変に対応することになると思います。トラブル回避の為には、時折査察を行うようにすればよろしいかと存じます」
 こちらに関しては、分かりやすい基準を作ることには賛成、少なくとも当面は許可された者のみ交易を行うのは良案という返答であった。
 また、オントは難民の技術に深い関心を示してきた。技術の提供も交易に含めてほしいとのことだ。
 詳細は交易担当者同士で検討することになるだろう。
 処罰については、特に意見はないようだった。
「では、そちらでお世話になっている、ラルバ・ケイジ殿の件ですが」
 世話になっていると表現こそするが、実際、こちらからすれば、無実の罪をきせられ、拘束、監禁。存在を消されかねない状況であったと推測できる。
 オントはこの件に関して、素直に頭を下げた。
「そちらの集落の人間だと分かってからも返すことができなかったのは謝る。ただ、こちらとしても、急を要して探しているものを持っていたからな、関係者として解放するわけにはいかなかったんだ。だが、もうその疑いももう晴れた……んだよな?」
 オントは、そろそろ解放してもいいと考えているが……と続けつつ、ちらりとケセラを見る。
 ケセラは深い皺をさらに深く、眉間に皺を寄せて……唸るような低い声をあげた。
 そして――仕方なし、と言わんばかりに、頷く。
「正直……この件に関しては、どうにも解せません。あなた方にとって、その探していたものが如何に大切なものであったとしても。私達にとって、ラルバ・ケイジという一人の人物は、他に変わりのない、かけがえのない大切な仲間です。彼の行方が知れぬことで、仲間が受けた悲しみも不安も計り知れません。今後、同様の事態の際、如何なる理由があろうとも、二度と隠匿されるようなことはないよう、お願い申し上げます」
 厳しい口調でレイニが言う。この件に関しては、レイニとしては、絶対に引けない部分である。
「隠匿したことは謝ろう。このオントの面目もある。こちらとしても余計な波風をわざわざ立てよう事もない。申し訳なかった――ただ、我ら山の一族にとっても儀式が何物にも変え難きものであることもどうか理解しておいていただけないだろうか」
 ケセラの台詞。そこには、儀式に関して執拗なまでの執着を感じる。
「でしたら、尚のこと。何故隠す必要があったのです? こちらに連絡を下されば、ラルバが無関係であったことを証明できたかもしれません。直前まで、私は彼と一緒におりました。協力という形で、共に調査することもできたでしょう。また、こちらが得た情報もあなた方にお話することができました」
「協力してくれるという保証がどこにあった? そちらの目的・文化・考え方を知るまで、数か月様子を見る必要があると判断したんだ。善意に則って動くにはまだお互いを知らなさ過ぎただろう」
 答えたのは、オントだった。レイニの視線がオントに移る。
「それは衝突を先延ばしにしただけではありませんか? 仲間が受けた理不尽な扱いを抗議しない者がいますか!? その期間が長ければ長いほど、あなた方は私達に不義理を続け、私達は不安と悲しみを抱き続けるのです。隠すということは、何の解決にもなりません。彼の気持ちを考えたことがあります? 突如、島の民に襲われ、重傷を負わされ、罪を着せられ監禁されて。守らなければならない大切な家族がいるというのに、自分の無事を知らせることもできず。
 疑いが晴れたら本当に解放するおつもりだったのですか? 戻ったラルバから軟禁の事実を聞いても、私達が何も言わないとでも? “知らない”と騙されていたのに、「無事ならそれでいい」の一言で済むと思っていたのですか!?」
 空気が、張り詰める。
 オントの顔からも、穏やかな笑みが消える。睨むではないが、真剣にこちらを見つめ返す冷静な目。すぐに笑みは戻るが、タウラス、レイニの二人はその一瞬の表情を見逃しはしなかった。
「……っ」
 レイニの腕をタウラスが軽く小突く。怪我の箇所である。レイニは小さな痛みに一瞬目を細めた。
 “落ち着け”という、タウラスからの無言の言葉を察し、レイニは声のトーンを落し語り始める。
「……ですが、重傷であった彼を治療して頂いた恩もあります。ラルバ本人が納得できるのであれば、この件に関し、こちらの村からこれ以上賠償や謝罪を求めることはいたしません。彼は温厚でお人好しですので、無事村に戻れさえすれば、あなた方を恨むようなことはないでしょう」
「村民には、ラルバ殿はそちらで保護されていたと伝えてあります。この件で互いの関係を損ねるのは得策ではないと考えています。早急な返還を宜しくお願いいたします」
 また、村人を襲った仮面の人物に関しても、何か判明したのなら早急に連絡を戴きたいと締め、タウラスはこの件についての話を終わらせた。
 吐息をついて、レイニがケセラに向き直る。
「では、その儀式についてお聞きしたいのですが……。この島に近づく際、風と水の流れに随分と苦戦をいたしました。幸い、風魔法……そちらでは、呪術と呼んでいるのですよね。風呪術に長けた者が乗り合わせており、どうにかたどり着けた次第です。私は、この島を取り巻く環境に異常性を感じました。……まるで、何らかの力に護られているような。つまり、儀式とはその守り神の力を安定させ、調和するものではないかと私共は考えております。いかがでしょうか?」
 難民側としては、守り神ではなく、魔法エネルギーだという認識なのだが、この場では相手に合わせ「守り神の力」と言い表した。
「島の護り神、ア・クシャスの怒りを呼ばないために、鎮めるために行うもの。其れ以外のことを考えることもない」
 ケセラの答えはそれだけだった。
 ……ようは、そういう認識でいるので、実際がどうなのか、などは意識するところではないということだろう。
「では、その儀式を行わなければどうなるのでしょう? ア・クシャスがお怒りになることで、島にどのような影響が出るのでしょうか? 私共に協力できることがあれば、協力したく思います」
「儀式がこれまで行われなかったこともない、どうなるかは分からないが、島に災いを為すことは確かだろう。知っていることがあれば何でもいいからすぐに伝えてくれ」
 レイニとタウラスは顔を見合わせる。
 こちらの見解を話しても無駄だろう。認識が違いすぎる。
「知っていることといいますか……私が言えることは、あなた方の儀式は意味のあるものであり、島を護る為に必要だということです。ですから、成功させるための協力を私達は惜しみません。どのように意味のあるものであるのかは、知識のある者が実際に拝見せねば、解り兼ねます。無事、執り行える場合、よろしければ、見学させてはいただけないでしょうか?」
 それに対するケセラの答えはこうだった。
 本当の意味で、儀式に参加させることはできない。
 儀式には事前の準備などがあり、最後にア・クシャスを呼び出し『契りの娘』がア・クシャスの元へと赴くそのとき。一族の社のさらに奥、儀式の間で行われるそれだけは、シャナとケセラしかその間に入ることは許されないから。
「だが、その際社の周りにまで来るのは、場合によっては許さないこともない。そのときは、島の民の一部、より深くア・クシャスに敬意を払う者達もそこそこの人数が社の周辺に集まる。それと同じようにな」
 とのことだった。
「こちらからは、これくらいですが……」
 レイニは視線をオントに戻す。ゆったりと構えていたオントがおもむろに口を開いた。
「……議題の一つにあげたいんだが……非公式とは言え、耳には入れているんだろ? こちらとそちらで、人の交換――とは言っても、お互いの生活を体験してみるってことで――子供を中心に、そういうことをしたい、といってるやつがいるんだが」
「ああ、ホームステイの件ですね」
 思い出したように言うレイニ。タウラスに目配せをし、タウラスは、フレデリカが纏めた資料をオントに手渡す。
「子供達の交換ホームステイという方向で纏まりつつあります。子供の方が順応しやすいですしね」
 言って、タウラスは反応をうかがうように、オントを見る。
「では、そうだな――もちろん希望する者の数にもよるが、最初は小規模のがいいだろう。多くても――子供は四、五人。大人は保護者の意味もあるから、一人か二人ってところでどうだ。期間も、四、五日がいいところだろうな」
 レイニはオントの言葉に頷いた。
「では、そのように……時期は、準備もありますので、来月後半でよろしいでしょうか? ただ、こちらは当座希望者がいない可能性があります。こういっては何ですが……そちらは今、仮面の集団という問題を抱えていますよね。危険な場所に子供を預けようとする親はいないでしょう。問題解決後には、希望者も増えると思われます」
 ホームステイは希望者があれば、来月後半に5日前後滞在という計画で行われることになった。また、年齢は相談の上、子供は15歳未満と決定した。
 ――会談はここで終了となった。
「本日は有意義な時間を、ありがとうございました。ところで、このようなトップ会談ですが、親睦を深めるためにも、定期的に行いませんか?」
 提案したのはレイニであった。
「こちらとしてもそうしたい。しかし冬の間は行き来も大変だろう」
「そうですね、では、季節ごとではいかがでしょう。年4回くらいの開催ということで」
「それならば問題もないだろう。次は春ということになるか?」
「ええ。では、雪解けの時期にまた」
 メンバーの起立と当時に、シャオが応接間のドアを開ける。

 談笑しながら、外に出る。
 白い雲が、今にも落ちてきそうだった。
 雪が降り出しそうだ。
 オントとレイニが肩を並べて歩く。その後ろにケセラ、タウラス。更に、シャオ、合流したフッツ。
 食堂の前に着く。
「夕食もこちらでいかがですか? 雪が降り出しそうですし、よろしければ、泊まっていかれてはどうでしょう?」
「いや、こちらとしては儀式のこともあるし、これでもう戻ろうかと思っている。幸い、途中で休める場所を作ってくれているしな。少しだけ休憩に使わせてもらっても構わないだろう?」
 レイニは、一瞬返答に詰まった。
「……構いません。ロビーは開放されていますので、ご自由にご利用ください」
 アガタと合流し、一向は門の前に到着する。
 見送りに、多くの人々が現れる。友好的な人も、興味本位な人も。嫌悪している人も。族長の姿を一目見ようと。
「村を案内したいところですが、雪の影響でこの時期に村中を歩くのは安全とはいえません。また次回に」
「次はどっちでやることになるか分からないが、島の外の文化には、俺も興味があるんだ。春ごろには一度、見せてもらいに来たいもんだな」
 はい。とレイニは微笑んだ。握手をして、軽く肩を抱き合う。
 そして、ラルバの妹からです。ラルバにお渡し下さい。と、レイニは封書をオントに渡した。
 子供の字で「ラルバお兄ちゃんへ」と書かれた封書を、オントは受け取って懐にしまった。
 レイニはケセラとも同じように、握手をして、抱き合う。オントの時より少しだけ長く。
「お気をつけて……」
 老体を労わるように、今日一番の優しい声で……別れた。
 また来てね! と、小さな子供が声を上げた。
 オントは手を上げて、それに答える。
 ……見えなくなるまで見送った。
 門の前で。

 警備隊に、しばらくの間警戒を続けるよう指示を出す。
 村人達には帰宅を促した後、タウラスは役場棟へと足を踏み出した。
「レイニ殿!?」
 隣を歩くレイニがよろめいた。崩れそうな肩を、両手で支える。
「足……痛むのですか?」
「ちょっと、ね。肩……貸してくれる?」
 先ほどまでとは別人のような、力のない声だった。
 タウラスは、レイニの腕を自らの肩に回す。
「オリン殿を呼びますね。その後少し休まれたらどうですか?」
 レイニは静かに、首を横に振った。
「私は……」
 身体を預けてくる。レイニの茶色の髪がタウラスの首に触れた。
 限界だったらしい。腕を掴む手に力を入れ、反対の手をレイニの腰に回して彼女を支える。
「知って……いるのに。わかっているのに……私は……見捨てた」
 頭を垂れて、落すようにレイニの口から小さく言葉が漏れる。
 足を踏み出して。
 踏み固まった雪の上を、歩いた。
 ゆっくりと。
 一歩。一歩。
 肌を切り裂く冷たい風が、夜の帳を運んでくる。
「私も……同じです」
 タウラスは、囁いた。
「シャオ殿から、全て聞きました」
 小さく。僅かに……。
 レイニの身体が反応した。
「わかっていますが……送る選択はしませんでした。村人の安全を一番に考えました」
 触れているから、分る。
 強気な彼女が、微かに震えていることが。
 掴んでいる腕は、自分より一回り細い。
 脇に感じる柔らかな胸。
 支えている腰は思いのほか華奢で。
 女であることを、感じさせた。
 タウラスは今までに2度、彼女の不安を聞いたことがある。
 1度目は、娘について。
 2度目は、自分は、皆の心を救ってあげられるのか、と。
 きっと。
 一番大切な人を救えなかったことが……大切な人と別たれてしまったことが、癒やすことのできない心の傷になっているのだろう。
 それは、自分も同じ。大切な存在は、今、手の届くところにいない。
 彼女に救わなければならない存在を持たせるのは、酷だったかもしれない。
 自分が、そうであるように。
 ここに生きる人々と、今でも鮮明に自分の中で生きている大切な存在の。
 狭間で苦しみ、心の全てをここに捧げることはできない自分。
 いつか彼女が自分に投げつけた言葉の数々は、半分自分自身への言い聞かせだったのだろう。
 “この村の利益を一番に考えなければならない”
 “ここが一番だと、皆を愛し一番に考えていると、皆に表してあげなければならない”
 “そう生きるしかない”のだと、常に自分に言い聞かせているのだろう。
「ホラロとオリンと……魔法堪能な人物を執務室に呼んで……あのことを、話さないと」
 来月の儀式……。正常に行われなかった場合、何が起こるのかは、定かではない。
 何も起こらないかもしれない。洪水が起きるかもしれない。もしかしたら、それ以上の事態が発生するかもしれない――。
「私達はまた、自分達だけ助かるのかしら……」
 およそ半年前の悲劇が脳裏を掠める。
 彼女が助けられたのは、船に乗ることのできた僅かな人達だけ。
「私が犠牲になってあげられればいいのに」
「馬鹿なことを言わないでください」
 小さな言葉を聞き逃さず、強い口調で返す。
 無言で、歩いた。
 時折風が、雪を舞い上がらせ。
 身体に降りかかった。
 風の属性に生まれながら。
 吹き飛ばすこともできない2人……。
 ゆっくりと、負担がかからないように歩き。
 やがて、役場棟の前に。
「そのことは、私から話します。レイニ殿は少し休まれてください」
 身体の負担が少し軽くなる。気付けば感じていた僅かな震えも、もう感じない。
 執務室の前で、立ち止まる。
「ううん。私が言うわ。あなたこそ休みなさい、タウラス。……今日は本当にお疲れさま」
 自分の手から離れた彼女は、タウラスを労うように微笑んだ。
 その顔は既に、強い眼を持つ、村長レイニ・アルザラのものに戻っていた。
 自分も、答えを出さなければならない。
 何を守り、どう生きるのか――。

*        *        *

 魔法堪能者に、洪水の可能性と、協力要請についての話があった。
 ただし、この島は魔法の力に守られており、先住民の儀式が成功すれば、およそ20年は今まで通りの生活が出来るとのことで、それほど緊迫した状態ではないとも聞かされた。
 今はまだ、空も大地も普通で、実感が湧かない。
 難民村の殆どの人物が、先住民の儀式が何者かに阻まれ、難しい状態にあることを知らない。
 だから、話を聞いた魔法堪能者達も、さほど苦悩することなかった。
 リィム・フェスタスはいつもの通り、共有食製造と温泉開発に精を尽くし、夜、研究所を訪れた。
 ――魔法研究所。
 ホラロ・エラリデンが設立した施設である。魔法学校も兼ねている。
 リィムは、その魔力の高さを認められ、助手をやらないかとホラロに誘われていた。
 『魔法具を作り出す』というホラロに対し、リィムは『生活を豊かにする為の道具』であるのなら、作成を手伝うと答えた。そして、それは全てにおいて。つまり、ホラロが作るものも含め、研究所で製造するのは、生活を豊かにする為の道具に限定することを条件として。
「生活を豊かにする為に使うかどうかは、本人次第ですよー」
 ホラロはリィムの条件に対して、首を縦に振らなかった。
 仕方なく、リィムは当座様子を見ることにした。たまに訪れては、軽く質問をしてみる。
「鉄などの製造が困難な現状で、どうやって……そもそも、魔法具というものは、どのように作成するんですか? イメージ的には、とても特殊な施設や道具・素材が必要な感じがするんですけど」
「ええ、そうですよ。ですから、素材や道具の製造から始めなくてはならないんですよー。道具に関しては、レイニさんが、例の件で魔法の研究を進めることに前向きになってくれましたからね、最優先で用意してくださっているところです。問題は素材の方でしてねぇ。特殊な鉱石が必要なんですが、雪の中の探索は危険ですしねー。私は行きたくないんですよ。ですから、リィムさんに手伝ってもらおうかと」
「は、ははは……」
 なるほど、自分は主に探鉱の面で求められていたのか。
 それにしても……暇だった。
 ホラロはリィムの相手をしながら、訳の分からない文や数式を書いている。鍵のついたケースに入れられた小さな物体を調べているようなのだが、リィムにはそれが何なのかも、わからなかった。
 ぼーっと眺めがなら、リィムはぽつりと言った。
「ホラロさん、子供を作りませんか?」
 カタン、とホラロがペンを置く。
「リィムさん、その気になってくれましたか〜!」
「あ、え、う……ちがっ」
 リィムは両手を振り、慌てて否定する。
「え〜と、私と……って意味ではなく、ホラロさんが誰かと再婚して、自分の子供を作るって意味です、ホラロさん自身の子供なら、ホラロさんが……ドノヨウニカワイガッテモ……他人は口出しできないと思いますし〜」
「はっはっはっ。そうですか。いやあ、大陸には子供を愛する同志達がいましたが、自分の子供は一番身近ですからねー。ついつい手を出して、捕まっている人がいましたけれどねぇ。ここでは、自分の子はドノヨウニカワイガッテモ平気だと。いやあ、それはいいことを聞きましたよ〜」
 うわあああ、この人、ホントに変態だ。
 いつものようにリィムの身体に悪寒が走る。しかし、顔には表さずにっこり微笑む。
「……で、素材が揃ったら、どんなものを作成するつもりですか? 生活を豊かにする魔法具をバンバン作成すれば、タウラスさんとか船長さんとも違った『知的な男性』と評価されて、お相手も結構直に出来るかもしれませんよー」
「いやいや、この村で知的な男性といえば、オリンさんでしょう。彼がいる限り、私の評価は伸びないでしょうねぇ。比べられてしまいますからね〜。私はどうせ、魔法だけの男ですよー」
「そんな、卑屈なこと言わなくても。ホラロさんにだって、他にもいいところが…………………………………」
 沈黙。
「え、えーと、ほ、ほら、その紫色の目とか! 紫色の目の子がほしいから、結婚したいって人、いるかもしれないですよ?」
「では、リィムさん、紫色の目の子ほしいですか〜? ほしいですよね? 産んでくれてもいいですよー」
「いえ、結構デス……」
 笑いながら、
「別に評価がのびなくてもいいですよー、自分のやりたい事をやれれば。ほしいものが手に入ればもっといいんですけどねぇぇ」
 と言って、ホラロは仕事に戻る。
 ホラロは、先住民を卑下している。魔法具作成について彼が語った際に、『先住民を凌駕できる魔法具を作れる』と彼が言っていた事が、リィムは気がかりだった。何のために彼は魔法の研究をしているのだろう。そして、魔法具とはどういうものなんだろう。
「んー。魔法具ですが、温度調節装置なんてあったらいいなと思うんです。ハウス栽培にも使えますし、家庭にあっても便利でしょ?」
「……ふむ。リィムさんは、全く魔法具の知識がないようですねー。魔法具自体はそんなに珍しいものではないんですけどねぇ。いいでしょう、ちょっと説明をしてあげましょう〜」
 ホラロは、作業を中断すると、紙とペンをリィムに手渡し、説明を始めた。
 概略は次の通りである。
・魔法具とは、魔法効果を勝手に発動するものではあらず。人の関与により、その効果を発す。
・特殊な鉱石を精錬し純度の高い魔法石(仮名)を作る(作業日数1ヶ月〜)。
・更に練成を行うことで、効果を高める(作業日数3ヶ月〜)。
・魔力を通しやすい物質にバランス良く配合し、魔法具を作り出す(作業日数1ヶ月〜)
「そんなところでしょうか。一般的なのは、能力を高めたり、魔法効果を高めりするものですねー。『鉱石に含まれたエネルギーを利用する』ものと、『鉱石を媒介に周囲の魔力エネルギーを利用する』タイプの、2通りの魔法具作成が可能です。前者は一般的で、複数の魔法具を同時に利用することも可能です。限度はありますが。
 後者は一般には知られていない技術です。こちらは、一人の人間の一つの意思でコントロールしなければ、制御することはできません。……研究を進めれば、リィムさんが言うような夢のような魔法具もできるかもしれませんけどねぇ」
「でも、その特殊な鉱石がこの島で採掘できるとは限らないのでは?」
「そうですね〜。大変珍しい鉱石ですので。大陸でもわずかな場所でしか、採掘できませんでしたしねぇ。ですが、この島にはあると思いますよー。魔力の流れや、山の一族という特異な存在が、確信させてくれます〜」
 魔法具完成までの一連の流れをまとめながら、一つの魔法具を作り出す作業の大変さをリィムは知る。
「何分、資料は私の頭の中にしかありませんから。有用な魔法具完成までは、数年はかかるでしょうねぇ〜」
 なるほど。とりあえずは、彼が魔法具を手に先住民を攻めたりすることはなさそうだ。
 ……それは同時に、当座自分達には、大きな力に対抗できる力がないという現実を知ったことにもなる。

「ブエックション」
 ガタガタ震えている男の子に、毛布を被せてあげる。
「寒中水泳にしても、場所と時期を考えんとなー」
「好きで落ちたわけじゃね〜よ」
 仏頂面で橘・花梨が熾した火にあたっているのは、学園高等科生徒のバリである。アルバイトを希望してきた彼を、花梨は雇い入れた。現在、海で研修中である。高等科の教師、オリン・ギフトからは、子供の本分は学業であるため、生徒のアルバイトは放課後に限定して許可が出ている。現在その学園は冬休みの為、バリは連日花梨の元で研修を受けているのだ。
 海水を汲んで塩にする特訓を行う。バリは水属性であり、花梨は魔法での脱水を期待したのだが、彼には魔法の才能が全くないようであった。
「ほら、白く濁ってきたやろ? で、どうするんだっけ?」
「んーと、これは、塩じゃないから、濾して他の容器に移しといて、鍋を洗って、もう一度煮る」
「そうやそうや、バリは、物覚えええなー」
 バリの頭を撫でる花梨。
「よせよ〜」
 恥ずかしそうに、花梨の手から逃れるバリ。でも、なんだかちょっと嬉しそうだ。
 それなりの量の塩を作るのには、時間がかかる。今回は釣りも考え海に出てきたが、塩だけの場合、水や風魔法堪能者の協力を得て、村の東側の崖から海水を汲み上げた方が効率が良いだろう。
 しかし……。
 花梨は疑問に思った。
 以前、海に下りてきた時には、海岸にたどり着くまで、もっと時間がかかった。
 今、キャンプを張っているこの場所は、以前は海辺からずっと離れていた。
 海面が上昇しているのだ。
 満潮の所為っちゅーわけではなさそうやし。時期のせいやろか?
 それにしても随分……。
「ねーちゃん、花梨ねーちゃん!」
 バリの声で、意識が引き戻される。
「そろそろ火からあげないとやばいんちゃう?」
 数日行動を共にしているせいか、バリはたまに花梨の口調につられる。
「そやそや」
 慌てて、鍋をあげる花梨。
「それにしても……ねーちゃんかぁ。可愛いやっちゃな、バリ〜♪」
 鍋を置くと、ぎゅうっとバリを抱きしめる花梨。
 はなせよ〜とじたばたもがきながらも、バリは満更でもない様子だった。

「薬草の種類って沢山あるんだね。なかなか覚えられない……」
 学園高等科の生徒、アリンの方は、オリン・ギフトの元、医療の研修を受けていた。
 彼女の場合、バリとは違い冬休み明けには学園を卒業である。卒業後、オリンの元で働くことを望み、オリンはそれに応じた。
 オリンは彼女に、応急処置や、薬草の種類などを、優しく丁寧に教えていた。
 紙に書き出しながら、一生懸命覚えようとしているアリンの傍を、少しだけオリンは離る。
「少し早いが、今日はそろそろ終りにしよう」
 戻ってきたオリンの言葉に、アリンはもう少し。と答えた。
「もう少し、勉強したいの。早く……早く、先生の役に立てるようになりたい。早く、先生に認めてもらいたいの……」
 そんなアリンに、オリンはこっちに来るように、言った。
 研修に使っている部屋を出て、休憩室に入る。
 そこには、小さなテーブルに並べられた料理と、可愛らしいお菓子があった。
「お誕生日、おめでとう」
 オリンの言葉に、信じられないといったように、アリンは首を振った。
「私、今日が誕生日だなんて、話してないっ」
 学生名簿を見れば分かると、オリンは、微笑む。そして、立ち尽くすアリンの背をおし、ソファーに座らせた。
 背に、触れただけで……。彼の手が、自分の背に触れただけで、アリンの鼓動は激しく高鳴る。
 冷凍保存されていた僅かな果実と、手作りの甘いお菓子。砂糖もあまり手に入らないので、それは、ここでは滅多に食べれないお菓子だった。手の凝った料理も、アリンには久しぶりのものであった。
 彼女は祖母と二人暮し。祖母の稼ぎはとても少なく、今まで満足な食事をとる事もままならない状態だった。
「ありが……とう」
 オリンは、はにかむ彼女の隣に腰掛けた。
 飲み物を注ぎ、二人だけのパーティが始まる。
「美味しい! でも、私も料理は得意なんだっ。こっちに来てからは、家事は全部私がやってるの。だから、私すぐにでも先生の……」
 そこまで言って、アリンはハッとしたように、赤くなる。
「早く……大人になりたいな。先生につりあう女性になりたい……。どうすれば、大人になれるんだろう……」
 俯いた彼女に、オリンは優しい口調で語りかけた。
「ゆっくりでいいから、自分の道を確かに歩んでいけばいいんだよ」
「怖いの……。ゆっくりしてたら、また、失ってしまいそうで。だから、大人と認めてもらえるように、なりたい……」
 その顔には、まだあどけなさが残る。しかし、見つめる瞳は真剣だった。
「そんなに、待ちきれないのなら……」
 オリンは、アリンに小さな袋を手渡した。
 戸惑いながら、アリンは袋の中を覗いた。
 中には、春色のピンクのルージュが入っている。
 オリンは彼女が少しだけ背伸びができるよう、プレゼントに口紅を選んだのだった。
「つけて、みてもいい?」
 アリンの言葉に、オリンは頷いてみせる。
 しかし……。
「……や、やっぱりやめとく」
 アリンは袋を閉じたのだった。
「だって……」
 見上げた瞳が涙で潤んでいた。
「だって、今口紅つけたら……先生を、汚しちゃうかもしれない、から……」
 言葉の意味はすぐに分かった。
 彼女の頭に手を添えて、そっと……
 小さな唇に、唇を重ねた。
 触れただけのキスであったけれど。
 アリンには初めてのことで……そのまぶたから、涙が一筋、落ちた。
 抱きしめられて、愛する人の腕の中で、「好き」と、何度も何度も呟いていた。

 お願い――
 掴みかけた幸せを
 どうか奪ってしまわないで
 多くは望まないから
 平凡でいいから
 希望の欠片を
 壊してしまわないで

 朝が来ると信じていたいの
 春が来ると信じていたいの

 前を向いて歩くから
 涙を力に変えるから

 だから本当に必要なものを
 なくてはならないものを
 どうか
 奪ってしまわないで
 光を、消さないで――

RAリスト(及び条件)
・b5-01:原住民の集落へ行く
・b5-02:山の一族の儀式を見学する
・b5-03:ホームステイ計画に関わる
・b5-04:商売をする
・b5-05:村造りに携わる
・b5-06:定期会議で発言
・b5-07:暗躍する
・b5-08:その他

※マスターより
こんにちは、川岸です。
今回は資料が長くなりすぎたので、別ページにいたしました。重要な事項も載っていますので、ご確認お願いいたします。
第四回難民資料

さて、ゲームも後半に向かい、のほほんとしていられなくなってきました。
アトラ・ハシス難民には、予定調和というものは存在しません。どんな終わり方になるのか、どういう終りがハッピーエンドなのか、それは私にはわかりません〜。

アクションを拝見して、まず、想像をしてみます。環境やここで生きる人物達の想いに絡め、イメージをし、それがどのような結果を生んだのかを、リアクションで返しています。
最後だから、ボスを倒せるはず!
最後だから、想いの力や根性で全部なんとかなるはず!
最後だから、マスターがハッピーエンドにもっていくはず!
という考えはこのシナリオでは通用しませんので!(笑) 物語のハッピーエンドを目指す方は、最後まで、リアクションから情報を集め、自分に出来ること、出来ないこと……事態を打開するための方法を考えていってください。
最終回には、数年後の様子も書きたいと思っています(書ける状態の終わり方であれば!)。

また、こちらのシナリオは、原住民側の展開に大きな影響を受けます。……というか、受ける方向に進んでいる(進んだ)。と言い表すのが正しいでしょう。
原住民側の展開次第では、いくつかの対策は必要なくなるかもしれません。このあたり、私も予想できません……。
こちらも、どのような展開になるかは、この世界に生きる人々の行動次第です。

『能力値に関して』
アクションとキャラ設定に左右されますが、能力値は大体以下のように見ています。

3以下で非常に劣っている。
8前後で普通。
14,5くらいで優れている。
20あれば特異。
30以上の能力があるなら、もはや人の領域を超えた、性格破綻者。

実行している方もいますが、能力はアクションで補っていけます。
体力が3以下でも、魔法(主に風)で補ったり、体力のある人に助けてもらうなどすれば、湖の集落と難民村の行き来も可能でしょう。
信頼が3以下でも、言動で培っていけば、信用を得ることもできるでしょう。

ただ、知識の数値が高いからといえ、何でも知っている。または体力が高いから、戦闘技術をもっているかといえば、無論そんなことはありません。
それはスキルの問題ですので、PC設定の内容で判断しています。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。