鈴鹿高丸
その水面は鏡のごとくに静かながらも、決して凍らず。
降りしきる雪を吸い込んで。
折を問わず、人々に恵みを与えてくれる。
象徴であり、支えであり。
そんな、ナ・ウスタ湖にさらなる豊穣と加護を願って。
今年も、儀式が執り行われる。
* * *
儀式の役割は、まず中心的な者として、二人。
儀式の要となる、舞台での奉納の儀式を行う、巫女。
そして、儀式全般の取りまとめ、巫女とともに儀式を進める、祭司。
まずこの二つで、男女が一人ずつ。
昔ならば巫女、祭司ともに年齢も決められ、長い清めの期間も設けられていたのだが、ここ近年はそういった取り決めも特に気にはされていない。そのとき立候補をした者の中から族長が選ぶというのが通例になっていた。
そして今、オントの前には、立候補を申し出た者たちの名前が並んでいた。
実は、数はそれほど多くない。
みんな、儀式に参加したり、宴を催すことには歓迎であるようなのだが――自ら進んで祭司や巫女に、と言えばそうでもない。儀式事態の『重み』は薄らいでいるとはいえ、大事な役には変わりない。気楽な立場で楽しみたい者が多いのだろう。
まず、祭司。
こちらは本当に少ない。
と、言うより、一人だけだった。
オントも名前だけでなく、普段からよく知る――少年。
ルビイ・サ・フレスだった。
歳は13。少々……ではなく、これまでそんな歳の祭司はいなかっただろう。
だが、歳の割にはしっかりしている。それは何よりオントがよくわかっている。
だいたいがまず、他に候補がいないのだ。
これはこれで、面白いかもしれないしな。
そんなオントの心のつぶやきとともに、あっさりと祭司は決まるのだった。
問題は、巫女だった。
確かに候補者は少ない。たったの四人である。
だが、それこそが問題だった。大人数であるなら誰を選んでもさほど文句は出ないだろう。ただ四人から選ぶとなると、選ばれた者と選ばれなかった者にしこりが残ることがあるかもしれない。悩みどころではある。
その立候補者はといえば、
ヴィーダ・ナ・パリド
アディシア・ラ・スエル
メルフェニ・ミ・エレレト
カレン・ル・ジィネ
の四人である。
こちらもこれまでの慣習から言えば、年齢的にも、また湖の部族であることからもヴィーダが相応しいと思えた。カレンは湖の部族ではあるが、ナの名を持たない、生粋の部族民ではないし、他の二人はさらに、歳も若い。
だが、祭司に指名するルビイからして十分すぎるほど若い。つりあいという点で考えるなら、メルフェニ、アディシアもありだろう。あえて他部族の者に巫女をさせ、部族間の垣根を取りう払うきっかけの一つにもできるかもしれない。
しばし、そうやって迷った末に――オントが選んだのは。
カレン・ル・ジィネ。その名だった。
歳は16。巫女には向いている。少々ルビイとのバランスが悪い気もするが、さほどではないだろう。
選択の余地がなかった祭司と違って、住民たちを納得させる意味もあった。カレンならばそこそこに皆の受けもいいし、ナの名を冠さないとはいえ、湖の部族でもある。ヴィーダは個人的にもオントに頼み込みにきていたが、逆にそれが……ひいきされていると思われても良くない。
それに、オントにはもう一つ案を思いついていた。
立候補した四人を呼ぶ。
「えー、集まってもらったのは他でもない。まあ、分かっているだろうが、巫女の件なんだがな」
集まってきた四人を前に、早速用件を切り出す。
「まどろっこしいのも好きじゃないから、さっさと言う……巫女は、カレン・ル・ジィネ、お前にやってもらう。がんばってくれ」
唐突な言葉に、いざ、と構えていた四人があっけに取られる。
選ばれてない者も、選ばれた者も、同じように硬直し――
「え、え……ほんと、ですか? ありがとうございます!」
普段柔らかな口調で、どちらかと言えばおっとりとしているカレンが、思わず声を大きくする。
と、声を出した後で周囲に気づき、口を押さえる。
そう、カレンが選ばれたということは、他の三人は選ばれなかったということなのだ。
「おめでとう! がんばれよ、な」
重くなりそうな雰囲気を察して、年長のヴィーダが声をかける。それにあわせるようにして、メルフェニ、アディシアも祝いの言葉をかけた。
「……あー、話はこれで終わりじゃないんだ。ちょっと落ち着いてくれ。で、せっかく立候補してくれたのに悪いしな、少し考えたんだ。メルフェニ、アディシア――お前たち二人には、巫女のお手伝いとして、色々と助けてやって欲しい。お願いできるかな? 清めは特に手も欲しいしな」
話しを向けられた二人が、内容をかみ締めるように一拍置いて、同じように頷く。
そして、オントはヴィーダの方を向く。
「ヴィーダ、それでお前には、俺の手伝いをお願いして良いかな。儀式の準備中も俺は他事でも忙しいかもしれん。儀式全体の取りまとめというか、まあ色んなところに顔を出してやってほしいんだ……シャナの面倒も含めてな」
最後は小さい声で。
オントにそこまで言われては、ヴィーダも納得せざるを得なかった。
そして、儀式が始まる。
最初に、清めの儀式。
まずは、カレンとルビイが儀式のために用意された真白な衣装に着替える。揃いとなっているものである。
それぞれに着替えを済ませ、オントとヴィーダの前に出る。
その後、湖での清めだ。
「……人選しておいてなんだが……可愛い姉妹が完成って感じだな」
思わず吹き出すオント。
性別を間違えられることもあるルビイである。確かに、並ぶと巫女と祭司というよりは、これから出かける姉妹といった風に見えた。
「もう、からかわないでください! これでも緊張しているんですから」
ルビイが頬を膨らませて怒る。だがそれがまた、いっそう少女のように見えなくもなかった。隣のカレンまでもが一緒になってくすりと微笑む。
「じゃあ、きっちりとな。風邪を引かないように気をつけるんだぞ。アディシアとメルフェニもな」
続いて巫女と同じような格好をして出てきたメルフェニとアディシアにも声をかけるオント。
「「はい、がんばります」」
二人の声がぴったり重なる。
顔を見合わせるその動きまでぴったり同じに、二人ともが真っ赤になる。
「うん、まあ心配することもなさそうだな! 何かあったらいつでも言ってくれよ、ほい、いってこい」
今度はヴィーダが、両腕でメルフェニとアディシアの肩を抱きかかえるようにして送り出す。
「がんばりましょうね」
最後に落ち着いた声でカレンが声をかけて、四人は湖へ向かった。
まずルビイが、次いで交代してカレンが、湖の畔にある東屋で、湖から汲んだばかりの水を使って自らの身体を清める。
冬の水である。オントが心配するのも分かる。身を刺すかのように冷たい。
一度暖まって落ち着いてから、次はカレンがすくった湖の水をアディシアとメルフェニに振り掛けるようにする。
「冷たいから、すぐに暖まらないとね」
二人に声をかけ、すぐに暖まらせる。
「ありがとうです、カレンさん」
明るく好奇心旺盛のアディシアはもちろんだが、人見知りをするメルフェニも含め、既に三人は打ち解けていた。儀式、という共通の目的があるからだろうか。お姉さんと二人の妹、といった風情である。
と、それをにこやかに見守る隣の家の少年、といったところのルビイだろうか。
全員の清めが終わると、続いてすぐに儀式の参加者全員への清めが始まる。
狩人と工夫の立候補者は、合わせればかなりの数にのぼっていた。まだ昼過ぎ。ゆっくりと形式にそって行う『清め』は、全員に行えば、これから一日仕事になるだろう。
アディシアとメルフェニにも巫女の代わりとして清めを手伝ってもらう。オントが助手のような扱いで二人を採用したのは正解と言えた。
そして次の日から、『設え』が始まる。
まず、狩だったが……こちらは最も盛況だった。
冬の狩はそれなりに危険も伴う上に、何より収穫が少ない。普段の生活では冬は滅多に狩に出ないことが暗黙の取り決めであったので、狩を生活の糧としている者たちが、久しぶりの狩だとこぞって名をあげたのだった。
その中でも、中心に立ったのは二人――セイル・ラ・フォーリーと、アガタ・ナ・ベッラだった。
特にセイルの気合の入り方は尋常ではなかった。狩をする者たちの取りまとめ、ということではないのだが、とにかく率先して先へ行く。狩りまくる。
それこそ、他の狩をしている者たちの頭上から降ってこんばかりの勢いで次々と獲物を狩る。雪間から少ない獲物を見つける技術はさすが本職だった。
「うぉぉぉぉ! 狩るぞ! 狩るんだ! 猪でも熊でもなんでこぉぉい!」
実際にはそうそう猪や熊が見つかるわけでもなく、だいたいが雪ウサギなどだったが、本当に猪を一匹手にしてきたときは皆が沸いた。
一方。アガタは常に一歩退いて、突っ走るセイルに引っ張られるようにして他の皆が暴走しないよう、サポートに回っていた。率先するセイルに、それを行き過ぎないように抑えるアガタ。自然にそんな役割分担もできて、順調に狩は進んでいた。カケイも捜索の合間に捕らえたものを提供してくれていたりもした。
また、狩のメンバーの中には、ラルバ・ケイジも混ざっていた。
さすがに一人にするわけにはいかないので、常にアガタが側についてのものだったが、それでもこれまでの経緯にしたらありえないほどの変化だった。
「まあ、たまにはこういうのもいいかもしれないな……」
ぽつりと呟くラルバ。普段世話をしているリエラによると、妹を心配するのも限界が近づいているのか、かなり沈みがちであったらしい。早く解放してやりたいと思いながらも、少しでも気が晴れればいい、とアガタは見守る。
実は、事前にこんなやり取りがあった。
場所は、ケセラの住まい。
そこには、オント、ケセラ、アガタの三人が顔をつき合わせていた。
「オント様、ケセラ様、シャナ様に、後はラルバ。この四人の周辺は、不穏で、危険です。こういうときこそきっちりと護衛・監視をつけるべきです」
アガタが言う。話があると二人を呼んだのはアガタ自身だった。
「ラルバか……解放とは言わなくとも、正直そろそろもう少し緩めてやってはどうですかね、ケセラ様」
「そうじゃな……とは言っても、目を離すわけにはいかんが……」
ケセラが返す。
「手伝いをするなら、狩を手伝いたいと、リエラが聞いているそうだけどな……アガタ、お前も狩に行くんだったよな。なら――監視役、お前がやるってのはどうだ」
オントの一言。
言い出した以上、断ることのできない話だった。
まあ、どのみち他の者が狩の取りまとめをするならそのサポートでもいいと思っていたところだった。セイルがやる気を見せているそうなので、それでもいいかと納得する。
また、カケイが捜索の合間に様子も見に来てくれるらしい。
オントとケセラ、シャナには一族の中でも信頼できる近しい者――ということで、アイリと他何人かがつくらしかった。
「シャナについてはな……言ってもきかんのはもう分かった。まあ、刺激すると逆効果だろうし、アイリがそれとなく監視して、制御してやるようにするわ」
最後にケセラがため息をつきながら言った言葉が、印象的だった。
次に、工夫。
狩と違い、こちらの集まりはそれほどには良くなかった。
湖のほとり、中心から見て今年の吉方にやぐらを組み、儀式を行うための場を作る。働きが地味だからだろうか。
そこそこに人が集まっているものの、リーダーシップを取る人間がおらず、いまいち作業ははかどっていなかった。
そうして一日、二日と経ち。
「く、見てられねえな! ちょっと集まれや!」
そう叫んだのは。
意外なことに、ラトイ・オ・アーリ、だった。
集まった者たちを数班に分け、作業指示をする。
遅々として進まない作業を見てられなくなったのか、それとも名を上げようとしたいが故の行動なのか。
普段はその行動の強引さからお世辞にも人望があるとは言えないラトイだったが、今回ばかりはそうとも言えないようだ。明らかに作業効率が変わり、順調になる。
少しだけ、ラトイを見直す者たちも増えてきていた。
最後に、儀式の終わり、宴席とも言える『分け』の準備。
主に、狩人たちが取ってきた食材のうち儀式で使うもの以外を当日に向けて捌き、保管し、一部は調理も始めていく。また、会場の準備もある。
こちらは狩人、工夫と違ってそのほとんどが女性で占められていた。
「――火さえ通ってりゃたいがい何でも食える。後は心意気だ。上手に作ろうなんて思わねぇでいい」
隣に立つ女性にそう語るヴィーダも、全体の取りまとめをしながらこちらに顔を出すことが多かった。言いながら豪快にウサギを捌いていく。
「へぇー……そうなんだ、まあ、そうよね。心は大事だよね」
普通ならツッコミを入れるところだろう。だがその相手は、あっさりと納得する。しかも、表情を見る限りは本気のようだった。
もちろん――その隣の女性とは、シャナ・ア・クーだった。予想通りというかなんというか、生まれてこの方一度も料理などしたこともないらしい。
それでも、見よう見真似で作業を進める。思ったとおり、筋はいいようだ。このままヴィーダの教えを聞いて覚えていったら、ゆがんだ料理観が完成される不安はあるが。
本格的に覚えれば、ヴィーダを抜くのはすぐかもしれない。堂々とシャナに語ってはいるものの、ヴィーダはお世辞にも料理などできないと認識はしていた。
と、まあ思うことはあれど、笑いながら共にすごす。お忍びでしかこうすることはできないと思っていたが、ケセラも諦めたらしい。
それは、心地よい時間でもあった。
と、一部の様子とは別に。
相当の人数が携わっているこの『分け』の準備についても、自然に中心となる人物は絞られてくる。
だが、それは狩人や工夫たちとはまた少し違った様相を見せていた。
「……こらそこ、そこはそうじゃないってば! それに、それはこっちじゃなくてあっちに設置だって!」
声を張り上げるのはテセラ・ナ・ウィルト。そこは『分け』の会場となる場所だった。雪除けを設営して、席を作っていく。単純なことだが、今年はいつもの年の儀式よりも、より多くの場所を作らなければならない。他部族の生き残りの者たちも参加するからだ。
やると決まった以上、楽しまなきゃ損。もちろん参加するし、するとなれば口を出さずにはいられない。仕切りならもうお手のもの。テセラはすっかりいつものポジションに落ち着いていた。
……族長も言ってたけど、これを機会に他部族との軋轢が減ってくれたら万々歳よねぇ。
心の中でつぶやきながらも、目は生気に満ち輝いているのだった。
「あれ? さっきと配置変わってるじゃないか。どうしたんだい?」
そのテセラの背中越しに、テセラよりもさらに威勢の良い声が投げられる。
振り向くテセラ。そこにはテセラよりも背も高い、どことなく迫力を感じる体格と燃えるような赤髪を持った女性が仁王立ちしていた。
アルマ・ナ・ラグア。それが彼女の名だった。
彼女はこのすぐ近くで、食材・料理の準備を取り仕切っていた。こちらも生来の面倒見のよさ、姉御肌なところが発揮されてのものだ。また、アルマ自身も料理には自信があったりもした。先ほどのシャナにも時々声をかけたりしている。
「席が増えてるね……ってことはまた準備する料理の量も増えるってことだね。なら早めにこっちにも言っとくれよ」
「あー、他部族の人たちの予定人数が間違ってたみたいでね。ごめんごめん、でもこっちも必死なのよ」
言葉の応酬。一つ一つを取り出せば棘を感じるそれらだったが、激しく言い合いながらも二人はお互い少しのしこりも感じてはいない。ある意味、息はぴったりだった。
「で、調理のほうはほっといていいの?」
二人で会場を見下ろすようにしながら、ふとテセラが口に出す。ヴィーダがいるとはいえ、長い間離席するわけにもいかないのではないだろうかと推測したのだ。
「んーマユラがあちこち口出してくれてるわ。今日は具合もよさそうだしね。くれぐれも無理しないように言ってはあるけれど……しかし、とても十に満たない子には見えないね、ありゃ」
そう、まとめているのはこの二人だけではなかった。
「ああ、それじゃ入れすぎです。薬膳といっても、やたらと薬草を入れればいいと言うものではないんです」
慣れない薬草の扱いに四苦八苦している年上の女性に、落ち着き払って指摘とアドバイスをするマユラ。『分け』の料理の一部に薬草を入れて薬膳とする、その案はマユラが提案したものだったので、まあアドバイスするのはあたり前であるとは言えたが――アルマの言うとおり、その様子はとても十を越えない少女のそれではない。
しかも、彼女はまだ負傷中の身である。確かに多少歩いて回るには問題ないほど回復はしていたが……それでも無理をする時期ではない。ただまあ、良くも悪くも言ってもきかないのは姉リエラとともに、この姉妹の常ではあった。
マユラとしては本当は巫女にも興味があったのだが、怪我のせいで迷惑をかけるのは本意ではない。そしてそれならば、とこの準備には気合が入っていた。
そのまま、大人たちの間を縫うようにして歩き回り、口を出していく。
あれ?
と――案の上疲れが身体に来たのか。
違和感に気づいた、その瞬間にはもう。
身体がぐらりと揺れる。力が抜ける。
あ、だめだ――
マユラがそう、思ったとき。
がしっと、腕をつかまれる。
その勢いで、もたれかかるようにしてしまう。
「だ、誰……?」
見上げると、そこには人懐っこそうな笑顔があった。もたれかかっているから見上げているものの、背はマユラとさほども変わりない。
女の子にでも見える容貌――それは、ルビイ・サ・フレスだった。
「え、ルビイさん……? 祭司のお仕事はどうしたんですか」
慌てて離れたマユラが困惑した表情を浮かべる。
そう、ルビイは祭司に立候補し、選ばれている。こんなところにいるはずはなかった。
「いえ、実は……祭司ってこの時期あまり忙しくないみたいで。『清め』は巫女のカレンさんのお仕事ですし、アディシアさんやメルフェニさんもいますし。それで、怪我も気になるんで、マユラさんの様子見にきたんですが……ちょうどよかったみたいですね」
にっこりとした笑みを崩さない。
なぜだか、頬が上気するのが分かる。風邪でも引いたのだろうか。
そんな二人を微笑ましく見る周囲の皆。
マユラもやっぱり女の子なのだった。
まあ、この後リエラに変わって治療を手伝おうとしたルビイ。
手当てをするためには服を脱がさないといけないということに気づいて、今度はルビイの方が顔を真っ赤にして慌てるということもあったのだが、それもまた、微笑ましい出来事ではあった。
そうして、ここ最近のトラブル続きだった集落が嘘のように、慌しくも平穏に、儀式の準備は進んでいった。
舞台は完成し、『分け』のための場所もできあがり、料理の下ごしらえもすんで。
あっという間に、『祓え』の日がやってきた。
* * *
その日は、小雪が舞い散る、美しくも寒い日だった。
舞台はうっすらと白い衣を纏って、ただただ静謐に。
湖畔には、舞台を湖と挟むようにして、人々が集まってきていた。
二重三重に、相当の人数になっている。
かなり――いや、集落にいるほとんどの人間がそこには集まっているようだった。
そこにはケセラ、カケイの姿もあった。
儀式を大切にする山の一族だけあって、他の部族の儀式もないがしろにするわけにもいかないのだろう。
衆目の視線が舞台に注がれる。
その、舞台の脇。
今日の主役たちが、そこにいた。
「……すごい、人ですね……」
ルビイが周囲の様子を覗き込んで、不安そうにつぶやく。
「段取りも練習してきたし、きっと……ルビイさんなら大丈夫」
メルフェニが全員分の衣装のチェックをしながら声をかける。
自分の分も含め、儀式用の衣装の手直しをしたのはメルフェニだった。染める、縫うといったことは趣味にしていたので、苦にもならないどころか、少し楽しんだりもできた。
「……じゃあ、行きましょうか」
こちらも少し固い声で、カレンが言う。
そして、四人は舞台へ上がる。
メルフェニとアディシアの二人が、それぞれ先導するようにカレンとルビイの前に立つ。
舞台の奥、湖の手前に組まれた祭壇の元へ。
一旦そこで、祭壇の脇に補佐の二人が、祭司のルビイが真ん中に、座る。
一人、カレンが舞台の中央へ進む。
足跡が舞台に残り、またゆっくりと白に染まっていく。
まず、祭壇――湖に向かって、一礼。
そして、反対側――人々に向かって、一礼。
礼のたびに、巫女の白装束の裾がふわりと翻る。
ゆったりとした巫女の装束は、ところどころに細工がちりばめられていて、カレンによく似合っていた。
身体を動かすのは苦手だけど、何度も練習したし、きっと大丈夫。やれるはず。
心の中で自分を励ましながら、ゆっくりと息を吸い込む。装束は薄着だし、吸い込んだ空気も凍るように冷たい。けれど、それが返って落ち着きを呼んでくれそうだった。
左足をそっと上げて――最初のステップ。リズムを取るように、踏み下ろす。
乾いた、高い音が響き渡る。
そのまま、くるりと回る。追いかけるように白い布が、手に持った柊の枝が軌跡を描く。
四方に炊かれた松明の灯りに、ちりばめられた装飾が輝いて。
幾本もの光が舞台の上をゆっくりと、蛍たちが舞うように、風にそよぐように、小雪の中を漂う。
人々はただただ、息を呑む。
見ている皆も、その光景に吸い込まれるように。
静けさの中、カレンの踏む緩やかなステップだけが響き渡った。
やがて、その動きが止まり。
舞台の中央――座り込むように、伏せる。祭壇に向かって、頭を下げた姿勢を保つ。
それを見計らって、アディシアが静かに歩を進める。祭壇の中央に立つ、ルビイの下へ、贄とするウサギを抱え、手渡す。
次にメルフェニが、清めを済ませた青銅の短刀を手渡す。
ルビイはそれらを祭壇の上に一旦置き。
湖を称え、そして豊穣を祈る祝詞を読み上げる。
それが終わると。
短刀を大きく掲げ――祭壇の上のウサギに振り下ろす。
血が激しく噴き流れ、祭壇から湖へ滴り落ちる。
赤い雫は湖の透明に混じり、消えていく。
ルビイが、最後にもう一度祈りを唱え、そして深く、深く一礼する。
カレンが立ち上がり、柊の枝を一振り。儀式の終わりを告げる動作。
しばらくの間、静けさがあたりを包んだ後。
どよめきのような声があがり。
どこからともなく、よくやった、お疲れ様、と声がかかり。
四人は、息をするのを思い出したかのように、深く息を吐き出した。
そうして、無事に『祓え』は終わったのだった。
* * *
『祓え』は日が沈むのと時を同じくして始まったので、それが終わる頃にはもう陽はとっぷりと暮れていた。
そしてここからが、部族の皆にとって最も楽しみな――『分け』――言ってしまえば、『宴』の、始まりだった。
用意された広い場所に、次々と人が集まる。
あっという間に、場は人で溢れた。
先ほどの『祓え』と違い、既にあちこちでざわめき――いや、喧騒が起こり始める。
一杯に並べられた飲み物と、清められた食べ物が次々と消費されていく。
人々は陽気に語らい、飲み、そして騒ぐ。
部族も関係なく、見知らぬ人同士でも杯を酌み交わす。
「目一杯働いた後のお酒は美味しいわねぇ、ほんと」
軽く頬を上気させながら、その頬に手をあて、テセラが杯をあける。
「お、テセラ、あんた意外といける口だねぇ! ほら、どんどん飲みなよ。アタイたちが準備したんだ、遠慮はすることないさね」
そのテセラを見つけて声をかけるのは、アルマである。二人はすっかり意気投合して、かなりのハイペースで呑み続ける。まさに男勝りだった。
「オイオイ、アタイの酒が飲めないっていうのかい?」
やがてすっかり出来上がったアルマが辺り構わず絡み始めた。
ただでさえ姉御肌のアルマ。こうなるともう手を付けられない。テセラも後ろではやし立てるばかりである。
「ちょっとはしゃぎすぎじゃないですか、アルマさん。それくらいなら良いですけど、あまり度が過ぎるようなことは控えてくださいね」
見かねて、マユラが忠告する。お得意の黒いオーラが――と、思いきや。
「だーいじょーうぶ、だって。マユラ、あんたは怪我してんだから歩き回らないでほらほらこっちこっち。ちょこーっとこれ飲んでみ」
酔っ払いには適わない。ましてやそれがアルマならなおのこと。
多少のお酒は百薬の長、と言われ押し切られて飲んでしまう。
五分後。
気持ちよさそうに眠るマユラの姿がそこにはあった。
「こうしていると、歳相応の可愛い子よねぇ……」
テセラはなおも杯を傾けながら、マユラの髪を撫でるのだった。
と。
派手な喧騒の隙間を縫うように。繊細だけれど、消え入ることはない強さをもって。
人々の耳を心地よく通り抜けていく声が。
歌が、流れ始める。
澄んだ歌声は、いつしか――喧騒を吸い込むようにして、広がっていって。
いつのまにか、歌声だけが響いていた。
誰とはなしに、皆の視線がその歌声の主に集まる。
栗色の長い髪をリボンで束ねた、少女。
それは、フェネア・ナ・エウルだった。
引っ込み思案なフェネアは巫女に立候補するまでのことはできなかったが、宴で余興として、歌を歌ってもいいかとオントに聞いていた。それもまあ、オントに許可をもらったらすぐ逃げるように立ち去るほどの人見知りぶりだったが。
歌も、人前で歌ったことなどはなかった。
私の歌だって構わないよね……今日はお祭り、なんだから……。
そう思っての、フェネアにとっての大冒険だった。
だけれど、歌ってみると。
言葉は口をついて流れ、周りのことは気にならなかった。
とても自然に。
その歌声に、ラルバは郷愁の念を揺り動かされ、涙を流し。
だいぶ打ち解けたセイルと静かに杯を交わす。
ラトイも、珍しく穏やかな表情で歌を聞き入る。
ヴィーダはシャナと、そしてオントと静かに目を合わせる。
いつしか――歌につられるように、メルフェニが旋律に合わせて踊り始めた。
風の術を少しだけ織り交ぜて、軽やかに。
それを見て――同じように、アディシアも自らの部族の舞を、踊り始める。
それぞれに、違う由来の歌と舞――けれどもそれは、なぜだか綺麗に折り重なって、見る者の目を惹きつけて。
柔らかい、ゆったりとした時の流れに引き込んでいく。
やがて、歌が終わり喧騒が戻っても。
朝まで続く宴の中で。
歌声がもたらした暖かな何かが、皆の心に残ったのだった。
●PCリスト(登場順)-------------------------------------
【ルビイ・サ・フレス】
「マユさん、怪我してるんだからあまり張り切って動き回らないで下さいっ!傷開いたらどーするんですかー!(>_<)」
【ヴィーダ・ナ・パリド】
「皆、無事にこの冬を乗り切ろうぜ」
【メルフェニ・ミ・エレレト】
「少し恐く無くなりました」
【アディシア・ラ・スエル】
「よろしく」
【カレン・ル・ジィネ】
【セイル・ラ・フォーリー】
「うぉぉぉぉ! 狩るぞ!狩るんだ!猪でも熊でもなんでかもーん!」
【アガタ・ナ・ベッラ】
「春が、来たな…」
【テセラ・ナ・ウィルト】
「なにか困ったことがあったら、遠慮なくこのお姉さんに相談してねん♪」
【アルマ・ナ・ラグア】
【マユラ・ナ・スウラ】
「改めて皆様、よろしくお願いいたします(ぺこり)
多少のハメ外しは大目に見ますが、不埒なことはわたくしが許しませんからねっ」
【フェネア・ナ・エウル】
「あ…えっと、未熟者ですが精一杯頑張るので宜しくお願いします…っ」
※マスターより
こんにちは、鈴鹿です。
この度はスケジュールの変更なども含め、参加者の皆様に色々とご心配、ご迷惑をおかけしました。
イベントシナリオということで本編の要素はあまりいれず、雰囲気重視で書かせていただきました。何気に楽しく書くことができました。
四回アクション、どうぞよろしくお願いします。
こちらも精一杯執筆させていただきます。
また、三回リアにリンクが貼られている「アクションの書き方」をもう一度ご確認の上、ご協力をお願いいたします。
第四回は難民側の村での会議が行われる予定です。
それでは、次回以降もぜひぜひ、よろしくお願いします。