Lin。
ギフト夫妻の指に光る指輪を目にするたび、自分の指を眺めるようになった。
この指にも印をつけるべきなのか、彼女にも印を贈るべきなのか…。
新しい指輪は、区切りを意識させるのではないかと気になった。
出会うまでの時間も、歩んできた道全てが今を培ってきたもので、そういう流れの上に在る彼女に惹かれたのだから、そのままで居てほしい。
だから、以前に贈られただろう指輪も、そのまま大切にしてほしいのだけれど…。
病院からの帰路、月明かりに左手を翳してみる。
思い浮かぶのはきまって母の指にあった印だ。
父から贈られた一番の宝物はあなただから、指輪は二番目の宝物だと話していた。
頬に触れる柔らかい指と、硬い指輪の感触を、いまでも思い出すことができる。
父を亡くしてからも、一度もはずすことのない品だったから、形見として指から抜き取ることはしなかった。
いまとなってはそれが少し悔やまれる。
あの指輪なら迷わず贈っていた。
自分がここに在る歴史を見てきた品だから、持っていて欲しいと素直に思えただろうから。
大陸で暮らしていた頃、結婚を意識したことは一度もない。
ただ、そのときが来れば街中の店を訪ねて、吟味に吟味を重ねて、一番似合うと思う品を選び、それを受け取ってくださいと申し込むべきなのだろうと、漠然と思っていただけだった。
しかし、村にある店は限られていて、オリンのように作る技術もなく、自分にできるのはせいぜいシロツメクサを輪にすることくらいで…思い通りにいかないものだと苦笑したものだ。
だからあのとき、約束は唇に誓うことにしたのだけれど…。
それだけでもいいのではないかと思いはじめている。
形ある印を持てば、どこか安心してしまう気がするのだ。
ふとしたとき、別々の場所に居る時間、指輪でつながりを感じられるだろうけれど、それより、直接触れることのできる場所へ戻って、つながりを確かめたい。
手を離さないと決めたこと、傍を離れないと誓ったこと、揺るぎない気持ちをいつも伝えられるなら、形はなくてもいい気がするのだ。
翳していた手をおろせば、暖かい明かりの灯る窓が目に入る。
こうして一人思案に暮れている間も、彼女は印を待っているのかもしれない。
一人で考え込むのは悪い癖だと、最近少しわかってきた。
このまま部屋を訪ねて、ありのままに話せば、きっと、頷いてくれるだろう。
自分らしい答えに辿り着けていると思うから。
それでも形ある印もほしいと言われたら……
「オリンさんの仕事をもうひとつ増やすことになるかな…」
これ以上、あの夫婦の邪魔をしていいものか、気が引けるけれど…。
そのときは想いをこめて、できる限りの品を仕上げよう。
どれほど時間がかかっても困ることはない。
あの手は離さないと決めたから。
共にあればいつでも、印を贈ることができるから。