川岸満里亜
威勢の良い声が、届く。
身を起こして窓の外を見れば、汗を流し働く村人達の姿がある。
元気な声に励まされる。
早く自分もその中に混ざりたいと。
セルジオ・ラーゲルレーヴはそう思いながら、療養生活を送っていた。
年齢的な理由も、体力づくりのお陰もあっただろう。
目を覚ましてから10日くらいで、体力は回復した。
お世話になった、オリン・ギフトや、イリー達に挨拶をすませ、その後に村長に全快の報告をする。
労いの言葉と、当座の生活援助の約束をいただき、続いて老夫婦の元へ。
果樹園の被害は相当なものらしい。明日から、老夫婦を手伝い、出来る作業から始めようと心に決める。
それから。
気になっていたことがある。
家に戻り、一休みして。
昼食に外へ出る。
今日は食堂で食べようと決めていた。
村で唯一の食堂に入ると、ウエイトレスをしている少女が花のような笑みで迎えてくれた。
ミコナ・ケイジだ。
微笑返し、席につく。
消化がよく、栄養のあるものを頼んだ。
厨房には調理師がいるらしいが、フロアーには、ミコナ一人である。店長の姿はない。
「ユズさんは?」
ミコナに訊ねると、複雑な顔で、「別室で昼寝をしています」との返事が帰ってきた。
「食後に、少し、お話しさせてほしいんです」
食事を運んできたミコナにそう言って、一人、食事を食べる。ミコナと会話を楽しめたら最高なのだが、彼女は仕事中である。
そう、「仕事」をしているのだが……。
彼女は給料を貰っていない。
本人がそう言っていたわけではないが、彼女がお金を所持していないことを、セルジオは知っている。給料どころか、小遣いももらっていないらしい。
今日は、その件について、ユズさんと少し話がしてみたいと思ったのだ。
食後、ユズ家の居間の通される。
忙しく走り回っているミコナに対し、この女性の姿はなんだろう。
ソファーに座り、お菓子をつまみながら、ペットとじゃれている。
セルジオは、自分がミコナの友達であることや、彼女が非常に頑張っていることなどを、ユズに話して、こう切り出す。
「彼女はこれから兄妹と暮すことになるでしょう。彼女をきちんと雇用としてみていただけませんか? 賃金が少なくても賃金をもらえる権利は彼女にあるのですから」
ユズは明らかに不愉快そうに聞いていた。
扱い憎い人だということは、村長の言葉でなんとなく分かっていたが……。
「ミコナはうちの子よ。あの子にとっても、兄や妹達と暮すより、ここで暮していた方がいいに決まっているじゃない。それに、一人で暮らすのは無理だったあの子を引き取ってあげた恩を忘れ、兄が見つかったから、うちの手伝いはもうしません、はいさよなら〜なんて冷たいことを言う子だとは思わないけどねぇ。
雇用として雇う? 家の仕事を手伝うのに、賃金なんて払う必要があるの? 私も給料なんて貰ってないわよ。ここの収益は家のお金。家のお金は家長が管理するものでしょ。そのお金でミコナも養っているわ。必要なものは買ってあげてるし、何も不自由させてない。本人に聞いてごらんなさいな」
不敵に笑って見せるユズ。
……強敵なようだ。
「あの子は私が嫁に出してあげるわ。それまでは、うちの一員として、家事と家業の手伝いをしてもらうつもりよ。もちろん、嫁に行く際には、持参金を持たせてあげるわよー。
でも、うちを見捨てるというのなら、それなりの覚悟はしてもらいたいものねぇ。無論、お金は一切出さないわよ」
更に、今までの養い料を兄に請求しようかしら。とユズは笑ったのだった。
なるほど、ミコナがいつになっても、この家から出れないわけがわかった。
「セルジオさん……お体に触りますから、そろそろ……」
ミコナが顔を出す。気になって戻ってきたらしい。
「はい。有意義なお話、ありがとうございました」
にこりとユズに微笑んで見せて、セルジオは、居間を後にする。
「何を話していたのですか……」
食堂の入り口で、心配そうにミコナが訊ねてきた。
「大したことではありませんよ」
「そうですか……」
「ご馳走様でした。また来ます」
余計な発言は、ユズからミコナへの叱責に繋がるだろうと、今日のところは何も言わずに去ることにした。
「あの……」
セルジオの背に声がかかる。
「私、散水塔の管理人やらないかって、お話をいただいたんです。無理って断ってしまったのだけれど……。やっぱりやってみたいんです。そういう、管理人とか向いてないのわかってるんですけれど……。
だから、頑張ってみようと思ってます。自分で、この家から一歩外へ踏み出して……。
頑張ってるみんなのように。あなたの、ように」
ミコナは微笑んでいた。
「また……会ってくれますか?」
ミコナの問いに「ええ、もちろん」とセルジオは答えた。
「た、たまには夕飯作らせてください。調理の手伝いもしているので、パーティの時より上手くなった、と思います」
ちょっと顔を赤らめていう彼女がとても可愛らしかった。
「是非、お願いします」
「はいっ。では、セルジオさん、さよ……またねっ」
ミコナは嬉しそうに微笑んで、食堂に戻っていった。
セミロングの茶色の髪が、風でふわりと踊った。
その後ろ髪もまた、セルジオの脳裏に焼きついた。
輝かしい、思い出として――。
※このリアクションは以下のPCに発行されています。
セルジオ・ラーゲルレーヴ