アトラ・ハシス

第五回リアクション

『相見えて』

川岸満里亜

 子供達の姿は微笑ましかった。
 沈みそうな気分を、輝く笑顔が浮かせてくれる。
 自分……テセラ・ナ・ウィルト自身も、難民村の人々とそれぞれの生活についての話をしながら、天候の回復を――儀式が無事終了することを、願って待っていた。
「テセラさん!」
 突然、大きな声で名を呼ばれて、反射で弾かれたように立ち上がり、振り向く。
 声の主は、ラルバ・ケイジだった。湖の集落で長く軟禁されていた難民の青年――。
「ちょっと、こちらへ」
 テセラの手をとって、ラルバは会議室の外へ、彼女を連れ出した。
 湖の集落で、何が起きているのか……仮面の集団を統率しているのが誰なのか、テセラは大体のところを知っていた。
 難民村がその人物により、狙われていることも。だからこそ、自分が子供達についてきたのだ。
 何も起こらずに、この計画が滞りなく終わるように。
 ラルバは、テセラに経緯と現在の事態について、語った。
 巨大なエネルギーをもった生命体が社から村に近付いていると。
 もしや……族長。
 二人は同じ人物を脳裏に浮かべる。
 儀式を乗っ取ろうとしていた人物。ア・クシャスの力でも手に入れたというのだろうか。
「確認に行きます」
 その考えが正しければ、自分達の問題だ。こちらの村に被害を及ぼすわけにはいかない。
 テセラとて、皆を纏める立場にある者。まだ、族長ほどの人望はないけれど、湖の集落の為に、皆をまとめ、精を尽くしてきた。
 ラルバと共に、外へ出る。
 役場棟を離れると、雨の勢いが強くなった。
 食堂の脇を走りぬけ、門が見える位置に着く。
 ラルバがテセラの手を引き、門付近の家影に隠れる。
「信じられない……なんて、力だ……」
 魔力が殆どないテセラには感じられなかったが、ラルバは、痛いほど精神に衝撃を感じていた。
 雨の音に混ざり、幾人もの足音が響く。
 テセラは、見た。
 数人の仮面の人物が、村を取り囲んでいく様子を。
 その中心の人物の姿を……。
 目は尋常でなくぎらつき、とこどころ膨れ上がるように、張り裂けんばかりに筋肉が膨らみ、血管が蛇のように浮き出ている――異形の生き物。
 それは、族長と呼んでいた人物、だ。
 信じられない光景に、固まっていたテセラと、族長の瞳が重なり合った。
 ――彼は笑ったような気がした。
「危ないッ!」
 ラルバの叫び声が聞こえ、彼に力強く引き寄せられた瞬間。
 眩しい光と共に、激しい爆音が鳴り響いた。身体に何かがぶつかる衝撃を受けかがら、抱えられたまま、地面に投げ出される。
 動けずにいるテセラを抱き上げ、ラルバは建物の影に隠れた。
 激しい雨が、一瞬上がった火を消し去った。
「大丈夫か?」
 ラルバの問いに何も答えられなかった。
 テセラを抱きかかえたまま、ラルバは慎重に身を隠しながら、役場棟の裏口へと着く。
「理性を失っているのか……。もともと、そういう人物だったのか……ッ」
 テセラを下ろしたラルバは、呻くように呟いた。
 儀式は失敗したのだろうか。
 それなら、今、湖の集落はどうなっているというのだろう。人々は無事だろうか。
「族長、あなたは一体……」
 雨の冷たさを感じないほどに、テセラの鼓動は高鳴り、身体は熱く……それなのに、震えていた。

※このリアクションは以下のPCに発行されています。
テセラ・ナ・ウィルト