鈴鹿高丸
ヴィーダと名も無い仮面の男――シャナの兄――が、一室に軟禁されて数日。
怪我もあるが、両手両足を縛られている。
この状態でも食べられるものを与えられ、怪我の治療も最低限はおこなってもらっているが――厳しい状況なのは間違いなかった。
「起きてるかい……?」
問いかけに、男は小さな声で、ああ、と返した。
「諦めちゃいないよな」
その問いにも、同じ答えが返ってくる。
それなら、まだ希望があった。
「なら……しばらくの間は、一切抵抗せず、人の目がある時はずっと横になったまま、顔も隠していてくれ。いざってときのために体力を温存するのと――周りに、あんたが弱ってると思わせたい。どのみち、俺は元々体力が無いから顔色もすぐに戻らないだろうしな」
近づいているとはいえ、儀式までまだ日はある。今の状況なら、オントも儀式の日までは強引なことをしないだろうとは思えた。
後は、オントと話をもう一度、してみたかった。オントになら話してもいい、と山の一族の見張りの人間には伝えてある。アイリの部下なら意味はないかもしれないが、なんにしろオントに伝わり、興味を持ってくれればいい。
後はまず、体力の回復も含めて待つばかり。
だが、それはそれで結構苦痛だ。
「名前、ないんだっけ、あんた……それも不便だな」
ヴィーダが声をかける。そうするとやはり、話しているしか時間を保つ方法はなかった。
そうか…? と応えがある。
「そうだよ。呼ぶ時不便だし、何よりその人を表すモノだから結構大切なんだぜ……そうだな……セゥって呼んでも良いか? 空って意味なんだけど、どうだ?」
しばらくして。
「……構わん。しかしなんだな、妙な感じだな……名を付けられるっていうのも」
戸惑うような雰囲気が、言葉からも伝わってきた。
「……あんたは十分オントに恩を返した、だからもう自由になっても良いんじゃないか?」
また間をおいて、ヴィーダは話し始める。一度それを口にし始めると、言葉は止まらなかった。
「勿論今までしてきた事の罪は罪、償わなくちゃいけない。それでも心は自由になっても良いだろう? 俺の事は気にするなよ、結構これでも幸せなんだ。家族って呼べる奴はもういない、でも部族の奴らがいて、オントがいて。オントの事は、例え事が全て思惑通りに進んだとしても、儀式が成功しても何も知らない奴らの中で族長で居続ける事ってのも、償いだと思うんだ。後はシャナの事。シャナはあんたの事気付いてたと思う。祭具を盗んだ奴の事、何か知ってる風だったのに、何も言わなかった。きっと全てを自分の心にしまう事で、あんたを守ろうとしたんだ。だから全てが終わったら兄妹で沢山話せよ。色んな物を見て、知って、成長していけば良いんだ、二人で」
一気に喋りきって、息をつく。
「……そうなると、いいな……ありがとう」
最後の一言は、励ましの言葉に対してだったのか、なんだったのか。
でも、少しだけ、この男――セゥを身近に感じるのだった。
数日後。
部屋の扉を開けたのは、オントだった。
ヴィーダは驚いていた。
オントが来たことにではない。
その顔を見ても、激昂することもなく、穏やかな自分にだった。
こんな扱いを受けても、裏切られたという思いは沸いてこなかった。
黙って立つオントの目を見て、静かに問いかける。
「最期だから本当の事を教えてくれ。あんたはア・クシャスに成り代わりたいのか? それとも憎んでる? 多くの者を傷付けて騙して、それでも望んだ事って一体何だ? 何を手にしたかった?」
答えはない。
「……安心しろよ、他の奴らに言うつもりは無い。外にいる奴らには、あんたは族長なんだ。俺の口から全てが洩れるのが心配なら俺の喉を潰して行けばいいさ、それで全てを知る事が出来るなら安いもんだ……でももしあんたが少しでも部族の事を思うなら、ア・ク
シャスに干渉せず、アイリを止めて儀式を成功させてくれ」
オントは無表情のままだった。セゥも言葉を発しない。同じく、オントの答えを待っているのだろう。
「……力だ。族長程度じゃ、力が足りん。命とともにいつか消えてなくなる権力などどうでもいい。そんなものを越えた、永遠が欲しい――それだけだよ。俺は、神になる。それまで――ここで大人しくしているんだな」
踵を返し、オントは出ていった。
※このリアクションは以下のPCに発行されています。
ヴィーダ・ナ・パリド