鈴鹿高丸
「黒神石の件だが……一人では荷が勝ちすぎるだろう。特にカケイあたりはかなりの使い手だ。こいつと一緒にやってくれ」
深夜。
仄かな灯りの中。
そこはオントの家の地下から続く、湖の畔の、その地下にある場所。
湖の部族の族長にだけ伝わる、湖の守護を祀り、祈りを捧げる場所らしい。
今は、そこは――オントとその配下・協力者の者――『仮面』たちの本拠地のような形になっていた。
そこへ案内されたヴィーダ。
直後に、そう言われたのだった。
そしてオントの背後から、仮面をつけた者が一人、進み出る。
「おい、仮面を取りな」
オントからそう命が出ると、その者の手が、ただ目の部分に穴を開けただけの仮面を掴み――ゆっくりと、外す。
「…………!?」
あまりの驚きに。ヴィーダは声をあげることさえできなかった。目を白黒させ、現われたその端正な顔を凝視する。
「……シャナ……?」
その顔は――シャナのものだった。ただ、よくよく見れば――どことなく多少、薄汚れ、精悍な印象が見受けられた。髪の毛もぼさぼさで、長さも違う。
何より、しっかりと見れば分かる、その体格は――男のものである。
「誰なんだ……?」
ヴィーダの呟きに、本人ではなくオントが応える。
「特に名前は付けていない。好きなように呼ぶといい。それで……見間違えるのも無理はない。こいつは――」
と、説明が始まった。
この男は――シャナと血を分けた、双子であると。
ことの始まりは二十年前――シャナと、この男が生まれたときのこと。
本来なら、契りの徴を持って産まれてくるのは女子。そして、もちろん、一人。
しかし産まれたのは双子だった。しかも、男女の双子。
そして、二人共に徴はあった。
あってはならない、双子の、同時に二人の契りの存在。
あってはならない、男子の契りの徴。
その男子は――一族全員に知られる前に、殺された。
殺されたはずだった。
その役割を命じられたのは、『契り』から見れば、伯父に当たる者。
それは、アイリの父親でもあった。
そして、その男は、湖の部族の族長――当時であるから――オントの父と、親交があった。
産まれ出でた命を絶つことができなかったその男は、オントの父に赤子を預けた。だがオントの父はほどなくして亡くなり……必然的に、オントがこの『名無し』の世話をすることになったという。
そしてそれが、オントがこの『儀式』にも関わることになった、その始まりだったらしい。
話を全て聞くと、ヴィーダはただ一つ、頷いた。
分かった、と、一言だけ伝えた。
会談準備のため戻っていったオントを見送ってから。
無口なこの『名無し』と、手はずを話し合う。
ふと、聞いてみる。なぜオントに従っているのかと。
彼は言う。
オントには育ててもらった恩があると。そして、話に聞く妹。それが生贄になるのを防ぎたい、と彼は言葉少なに語った。
それを聞いて。
ヴィーダは改めて、心に決めたことがあった。
やはり、はっきりとしなければいけないことがある。
* * *
作戦は、うまくいった。
ヴィーダの仕掛けた水流。一瞬だけ、気を引くことができればよかった。
隠身は、『名無し』の術だった。シャナと同じ『契り』の力を持つだけあって、その力はカケイにも引けをとっていなかった。相手も、まさか自分と同等の力を持つ者がいるとは思っていないだろうという、その隙をついたのだった。カケイが手負いであったことも幸いした。
ヴィーダの顔は見られてしまったが――それも問題はなかった。ヴィーダとしては、一人ぐらいには見られてもいい、と思っていたからだ。
ヴィーダがシャナを死なせたくないから、黒神石を盗んで逃げた。
そう周囲に思ってもらえれば、ヴィーダにしか目はいかなくなる。それでよかった。
また『名無し』も背中に大きな傷を負っており、逃げる際にもヴィーダを抱えたせいで多少悪化はしていたが、そちらも命に別状はなく、普通に立って歩いてという分には問題ないようだった。さすがに激しい戦闘などはできないだろうが。
そして二人は再度、同じ場所で、オントの前にいた。アイリもいる。
話によれば――襲撃が成功し、会談からの帰り道で、ケセラをしとめたらしい。アガタの邪魔もあり逃がしたが、明らかに致命傷は与えていたとのこと。
それで、世話役はアイリになりそうだということだった。
「よくやった。じゃあ、石をこっちに」
オントが、手を差し出す。
だが。
ヴィーダは、身じろぎもしない。
隣に立つ『名無し』が、そしてオントが、アイリが。不思議そうな顔をする。
「石は、渡せない」
小さいけれど、はっきりと。ヴィーダは告げた。
「……なんで、マユラを傷つけた? 時間がないから手段を選んでられないってのは分かる。だが納得は出来ん。女の子の体に消えない傷を作って、仕方ないなんて言わせねぇ。だいたい儀式を止めるだけなら祭具はいらないだろう? 祭具を奪うより壊したり捨てたりする方が手っ取り早い、それをしないって事はまだ何か隠してる筈だ。全てを話さないと動けねぇよ」
声はだんだんと大きく、そして、訴えるように。
「儀式の事だけじゃなく、部族の奴らもきちんと守れよ! 傷つけさせるな、殺させるな。そしてあんたも死ぬな。全てが終わったら、全部自分の責任だとか言って死ぬつもりじゃないだろうな。俺はそれも許さないからな」
疑念と、怒り。
全てを話してくれない、悲しみ。
色んなものが、混ざっていた。
「……やれやれ。やはり、まあ、そこに行き着くか。アイリ」
ため息とともに、オントが、部屋の隅にいるアイリに声をかける。
「はい」
手を上げるアイリ。
すると、扉から一斉に。
十名ほどの仮面の者が二人を取り囲み、押さえつけようとする。
「怪我をしてくれていて、助かったわ」
アイリが言う。
咄嗟に、ヴィーダも『名無し』も術を使おうとするが――
『名無し』は背中の怪我がたたって集中ができなかったのか、放った衝撃はアイリに打ち消された。
ヴィーダは……一瞬で近づいたオントに、その腕をつかまれていた。
オントの顔を、見上げる。
胸をまさぐられ、黒神石を取り上げられる。
「ただ、従ってくれていれば良かったんだが、な……ケセラがいなくなり、アイリ主導で儀式を行えるなら、祭具を奪ってもらう必要もない。そいつをシャナの代わりに贄にしなくてもいい。だから、ついでに――スケープゴートにでも、なってもらおうか……じゃあな、ヴィーダ」
オントはそういうと、触れるか触れないか、というような口付けを、ヴィーダに。
そっと離れる。
そして、二人は、拘束された。
※このリアクションは以下のPCに発行されています。
ヴィーダ・ナ・パリド