アトラ・ハシス

第三回リアクション

『諜報』

川岸満里亜/鈴鹿高丸

「意外だわ」
 取引に応じると返答をした際の、レイニ・アルザラの第一声がそれだった。
「あなたのその返事、まるで村の事を考えているみたいな言い方ね」
 情報を得ること……諜報の重要性も、自分が適任であることも、認識していると、シャオはレイニに話し、彼女の依頼を基本的に了承すると告げたのだが……。そのシャオの返答は、レイニにとって意外であったらしい。
「考えていないとでも思ったか?」
「ううん。利用する為に村の存続を願ってはいると思っていたけどね。私が提示した報酬については、一切触れず、重要性の方にまず触れてくるなんて、思いもしなかった」
 レイニは小さく吐息を付く。
「あなたのことも、誤解してたってことかしら。眼力には自身あるんだけど、それに囚われ過ぎてしまうのは、私の悪い癖ね」
 そう言ったレイニの表情が少し柔らかくなっていることに、シャオは気付く。
 自分に対しての警戒心が消えた……もしくは、虚勢を解いたということか。
「あんたの目論見は考慮に入れておく。当面、俺からタウラスに近付く必要もないしな。だが、向こうから来る分には感知しないし、責任も持てん。そっちでしっかり手綱を引いておけ。それと……俺は、あんたの部下じゃない。あんたの都合のいいままに動くとは限らん。それを忘れるな」
「わかったわ。あ、でもタウラスの手綱は私には引けないみたい。……私は彼を信頼のおける部下として見てたんだけど、どうも彼から見た私は……。
 まあ、あなたはにどうでもいいことね。取り消すわ、タウラスに近づくなって件。あなたの判断に任せる。だけど、彼を危険に巻き込むようなことは得策じゃないって、それはわかるわよね?」
 相槌を打つと、レイニは紙束を取り出し、シャオに渡した。それは、一部盗賊語で書かれた文書であった。
「これが今、私が知っていること。島の地形に、気候、あなたが出ていない時期の会議で語られた事。今月の会議で報告される予定の件。……あとは、タウラスがラルバの事を何かしら掴んでいるみたいだけど、私は詳しく知らない。先住民に捉えられている可能性があるわ」
 紙には他に、ラルバの容姿や、彼が大陸で騎士であった事、得意武器は大剣。風魔法と武術の複合技を使い、戦闘能力に優れていいる事。
 伐採の件についての詳細。こちらで伐採を行った場所や、問題になっている伐採地の件。……等が書かれている。
「他に何か重要な情報を掴んだら、伝書鳩で伝えるわ。あなたも急を要する情報を入手した場合は、伝書鳩を利用してちょうだい。無論、文字は盗賊語で」
 鳩を飛ばす場所も地図に印す。
「そうそう。取引相手であり、部下じゃないって言葉は一応了承するけど、あなたはここの住民で、私はここの長。会議で承認してくれたんだし、そういう関係であることは、理解していてね。
 提示した、報酬も変更するわ。私があなたに支払える対価は、相応の金銭と情報……でいいかしら?」
 シャオが頷くと、レイニは敬意を示すかのように、立ち上がり、シャオと目線を合わせた。
「お願いね、シャオ・フェイティン。村長として言うわ。あなたの帰る場所はこの村なのだから、決して無理はしないように」



 ――湖の集落で諜報活動を始めて数日。

・仮面の集団に山の一族が襲われた
・メンバーの一人の捕縛に成功したが、後日自害した
・難民村の住人、アルファード・セドリックが、こちらの集落に滞在している
・生贄の儀式について。生贄となる女性の名はシャナ
・儀式に必要な祭具とその種類
・ラルバ・ケイジが儀式に使われる祭具盗取に関わった疑いをかけられ、軟禁されている

 昼間の行動だけでは、どうやらタウラスと同程度の情報が限界だ。
 本番は、これからだ。
 さらに、綿密な調査を続けるシャオ。
 山の一族の滞在場所を掴むが、さすがに警備が厳しく近づくことはできない。
 そんな時、山の一族の女性が数日置きに族長宅に通い、対策を練っているという話を耳にする。精力的に活動をする、族長を気遣うたわい無い噂話だった。

 儀式と祭具、山の一族についての、更なる詳しい情報を求め、シャオ・フェイティンは注意深く族長宅を見張り、山の一族が族長に接触を図るのを待った。
 それは深夜だった……。
 都合がいい。
 シャオは黒装束を纏い、闇に溶ける。

 舞い落ちる雪の音が聞こえるような、静かな夜だった……。
 周囲を探り、盗聴できそうな場所に目星はつけてある。おそらく寝室。ほのかに明りの漏れる窓の下。シャオは意識を集中し、耳を澄ます。

「色々とつまづいているところもあるが――まあ順調だろうな」
 そんな男の声が聞こえる。
「でも――石は、どうするの? あいつからは無事だと連絡があったから、短刀はいいとしても」
 甘い調子を帯びた、女の声が応えた。
「あの婆さんが一番の問題だ……がな、ちょうどいいことに、来月、一緒にあっちの村にいくことになってる。そこで――勝負をかける。やって、くれるな?」
「もちろん……貴方の為なら」
「それと、会議の方で相手側を懐柔できないようなら、そうだな、その代表者辺りには、いなくなってもらおうか……ホームステイに行く者の中にも、一族じゃないやつらをまぜる。そいつらを使ってな」
「悪い、人ね……」
「あっさりと、向こうの状況も知ることができたし、送り込む口実もできたからな……都合のいいことだよ」

 そこから先は、男と女の時間であった。
 雪が奏でる僅かな音に紛れ、シャオは白い闇へと消え去る。



 ラルバと接触後、伝書鳩でレイニ・アルザラに情報を送る。
 その返事は簡潔だった。

 シャオの住処付近でシオンが襲われたもよう。詳しい事情を説明してほしい。
 来月、難民村で代表会談が行われることになったため、できれば戻ってきてほしい。直接話が聞きたい。
 村の詳細が仮面の一味に知られた恐れがある。彼等の目的はいまだ不明だが、代表者の揃うこの機会になんらかの行動に出る可能性があ るのではないか。対策を頼みたい。
 ――そんな内容であった。

 ホラロに関して探りを入れるよう依頼をしたのだが、その件に関しては、「彼は先住民や仮面の人物とは無関係だろう。ホラロ・エラリデンは文明の復活を切望しているマッドサイエンティストであり、先住民を蛮族と卑下している」との返事が書かれていた。

 族長宅で耳にしたあの件の報告は、避けた。
 今はまだ、シャオ・フェイティンの胸の内だけに、在る。

※このリアクションは以下のPCに発行されています。
シャオ・フェイティン