川岸満里亜
定期会議後、タウラス・ルワールは、ホラロ・エラリデンがなんらかの手術を受け、入院していることを知った。レイニへの報告を終えた後に、タウラスはホラロの病室に向かった。
病室のドアは開いており、声をかけて入室しようとしたタウラスの動きがピシッと止まる。
「じっとしていれば、すぐ済みますー」
「ひ、人が動けないことをいいことにー。や、やめて下さいよー。痛っ」
「ほら、動くからです。抵抗しなければ、痛くしませんから」
「あはははは、くすぐったいじゃないですかー」
「モジャモジャは子供に嫌われますよ〜」
ギラリと光るナイフ。
ベッドの上、襲っているのは、女。襲われているのは、男。上が女。下が男。組み敷いているのが女。押さえつけられているのが男。
タウラスの脳は急速に情報を処理する。
「あ、タウラスさん。いらしてたんですか」
女の方が、タウラスの存在に気付いた。リィム・フェスタスだ。
「……な、何をされているんです?」
半裸のホラロ・エラリデンを押さえつけての行動……。普段のリィムではとても想像できない。
「ホラロさんを改造しようかと思いまして」
「改造?」
「ええ、毛深いままじゃ、印象が悪いですから。体中の無駄毛を処理して差し上げているんです!」
「…………」
女性が恋人でもない男の毛の処理をするものか? しかも果物ナイフで? いや、村にある刃物は限られているから、それも仕方がないのか?
タウラスはリィムの意外な一面を見てしまった気がした。
「あ、剃りたくないっていうものだから、仕方なく強行したんです……。あはは、ちょっとやり過ぎでしたでしょうか? ……で、タウラスさんはどのような用事でいらしたのですか?」
会話を変えようと、タウラスに用件を聞くリィム。
タウラスは気持ちを切り替えて発言する。
「ホラロ殿の人なりをよく知るために参りました。レイニ殿が仰るには、私は人を外見で判断しないタイプのようですから、ホラロ殿のこともじっくりと理解していこうかと思っています」
「それはそれは、ご熱心ですねぇ。敬服いたしますよー」
ホラロはにやけた笑いを見せる。
「暫らくは散策されていたようですが、いつ頃この島にいらしたのですか?」
「そうですねぇ。洪水の直前からですねー。いやあ、あの時期は山菜やら、果物を採ることができて、なんとか生き延びることができましたー。皆さんとお会いできなければ、今頃私は凍死していたかもしれませんねぇ」
タウラスは、レイニ・アルザラよりホラロが掴んでいた情報を聞いている。
彼の言葉をそのまま信じていいのか。この男は村の薬となる人物なのか……。
黙考するタウラスを見、ホラロの顔から笑みが消える。
「ふむ。どうやら、私から聞き出したいのは、そういう話ではなさそうですねぇ」
「洪水前には、ホラロさんはどんなことをされていたのですか?」
ホラロの過去を知らないリィムは、気楽な調子だ。
「魔法学の研究ですよ〜。自国では結構有名だったんですけどねぇ。……まあ、いい機会ですし、リィムさんにも聞いてもらいましょうか」
レイニから話を聞いた時の衝撃が蘇り、タウラスの身体に緊張が走る。
ホラロ・エラリデンはゆっくりと語りだす。
「私がこの島に着いたのは、洪水の1週間くらい前です。海の部族という方々が、漂流していた私を引き上げてくださいましてね〜、その後も食事や宿のお世話になったわけです。まあ、そのお礼にと思い、近々天変地異が起きるって話しをしてあげたんですけどねー。誰にも信じてもらえませんでした」
洪水が起きる前から、彼は予期していたというのか?
この人は一体……。
リィムの顔も緊張を帯びる。
「魔力の根源の仮説に、万物の理。引いては、自然の均衡が崩れるって話なんですけどね……。笑い飛ばされました。海辺は危険だと再三話したんですけどねぇ。これだから、野蛮人は……。でもまあ、私も大陸には戻れない身分、魔法は封印され、自分の身を守ることも出来ない有様。困り果てているところに、耳に入ったのが、この山、ア・クシャスです。なんでも、この山に住む一族がなんらかの儀式を行い、島を守っているという話しじゃないですか。その部族が呪術師ばかりだという話を聞いているうちに、もしやと思いまして。
魔力により崩れる均衡を、保つ……もしくは、調和させる儀式なんではないかと。私は藁にもすがる思いで、この山まで辿りつきました。あ、もちろん、お世話になった海の部族の方にも声をかけましたよー。でも、誰も海辺から離れようとはしませんでしたねぇ。言葉は通じても、所詮蛮族は蛮族。我々文明人の言葉を理解することなど、出来ないんですねぇ。そして、洪水は起きました。
この山にも儀式を行っている一族等、人はいるようですが言葉の通じない人種などとは、もう話す気にもなりません。私は、一人生きる為の研究を始めようと決意をしました。しかし、いやあ、日々生きていくだけで、精一杯でしてねぇ。そんな時に、あなた方を見つけたわけです」
「自然の均衡が崩れるって……?」
それが、洪水の原因なのだろうか……。リィムの脳裏にあの恐怖が蘇る。首を振って必死に恐怖を追い払う。
「詳しいことは分かりません。でも、リィムさんくらい魔力があれば、感じません? 風の悲鳴、水の泣声、炎の怒り、大地の叫び、が」
「いえ……特には」
「まあ、私は感じていたわけです。自然界のバランスの崩れを。そんな時に、大規模な魔法軍事実験をやるとの話を聞きましてね、これはヤバイと思いましたよー。そして、今という結末を迎えたわけです」
思考の渦に引き込まれる二人。
ホラロはそんな二人を満足気に見ていた。
「ほら、あなた方はきちんと話を聞いてくれるでしょ? あなた方が文明人である証拠です。あの村長さんも、魔力はほとんどなさそうですが、話をちゃんと聞いてくれました。ここを取り巻く海流が異常だったとかで。島になんらかの力が存在してもおかしくないと、理解を示してくださいましたよー」
そして、ホラロはいつもの、にやけた笑みを浮かべる。
「というわけで、タウラスさん。私は貴方達の味方です。村に貢献しますよー。オリンさんとも約束しましたしねぇ。で、オリンさんと近々研究を再開しょうと思いましてね。魔法研究所を設けようと思うのですが、リィムさん、助手やりません?」
「……はい?」
「タウラスさんは、魔法は不得手ですよね? でもまあ、協力してくれると嬉しいですねぇ〜。あの村長さんは頭が固くてねぇ。オリンさんと共同ならと、研究所の許可は出してくれたんですけどねぇー。
どうにも、意見は合わなくてねぇ。……私達文明人が、蛮族を纏めてあげるのは当然だと思いません? 仮面の男だかなんだか知りませんが、被害が拡大していくだけじゃないですかー。我々が島を支配すべきです」
ホラロは、彼等を凌駕するような魔法具を作り出すことが可能だ、と言う。だから、二人にも協力をして欲しいと。
リィムは技術者として。
タウラスは、支持者として。
「先住民を支配という考えは認められません」
リィムはきっぱりと言った。その考えはリィムの理念と相反する。
タウラスは……
レイニの考えがなんとなく解った。
彼女はホラロを飼いならしておきたいのだろう、と。
先住民にホラロの知識を渡すわけにはいかず。
先住民に、彼が洪水の真相とするものを吹聴することで、大陸の民である自分達が敵意を向けられることを懸念し。
彼を目の届くところに置き。生活に一応の満足をさせ、飼いならしておきたいのではないか。
「考えはともかく、リィムさんには協力して欲しいですねー。その魔力、一目置いているんですよ〜。タウラスさんは、どう思います?」
リィムとタウラスは顔を見合わせた。
どう答えるべきか……。
※このリアクションは以下のPCに発行されています。
タウラス・ルワール
リィム・フェスタス