アトラ・ハシス

第二回リアクション

『契りの娘と』

鈴鹿高丸

「……わかった。ついてこいよ」
 それが、しばらく逡巡した後にヴィーダが出した結論だった。
「本当? ありがとう! ……うわぁ。信じられない。ほんとに外の世界見れるなんて……ありがとう!」
 その場で飛び跳ねないばかりの勢いではしゃぎ、なおも「ありがとう」を繰り返すシャナ。放っておくといつまでも続けていそうなので、落ち着け、と声をかける。
「とにかく。そうと決まれば善は急げ、だ。さっきの高飛車女が戻ってくる前に、出発しよう」
 シャナの手を取り、歩き出す。まだ疲れはだいぶ残っているが、そうも言ってられない。
「……高飛車女? あ。ああ。アイリさんのことね……高飛車って、何かしら?」
 やはり箱入り娘、というわけか。意外なところで無知なところがあるようだ。歩きながら、高飛車、という言葉の意味を説明してやる――が、言われてみるとなかなかこういう言葉を説明する、というのは難しい。
「確かに――アイリさん、そういうところあるかもね。けど、便利な言葉があるのねえ」
 それでもなんとなく分かったのか、頷くシャナ。
「……まあいいや。でさ、ほんとに祭具を持ち出したやつ、見てないのか? それと――祭具のこと、儀式のこと、『契りの娘』だってことは自分で分かってるのか? 他の山の一族との違いってのは――あるのか? ああ。質問ばっかりになってるな……でも、とにかく分からないことが多いんだ。知りたいんだ」
 矢継ぎ早に出してしまった問いだったが、シャナは嫌な顔もせずに答えてくれる。
「自分が『契りの娘』だって自覚はあるわ、もちろん。物心あるときからずっとそう言われてるし、お世話役、なんて人もいて、それが特別扱いだってのもさすがに分かってる……『契りの娘』はね、二十年に一度、儀式をおこなった――その後に最初に産まれた娘がそう言われるらしいわ。まあ、私のことなんだけど……受け継がれていくってわけ。そしてもう一つ――『契りの娘』には、産まれたときからはっきりとその証が刻まれてるの。ア・クシャスの徴がね」
 そこまで語ると、おもむろに肩をむき出しにする。同性なのに、一瞬、どきりとしてしまう。
 その、むき出しになった右肩には……ア・クシャスを示す、蛇のような、龍のような姿をかたどった痣があった。
「後なんだっけ。祭具の力――それは、私にはよく分からない。儀式で必要になる――んだし、明らかに力は感じるんだけどね。紅玉の短刀、銀鏡、最後に黒神石と。この三つよね……で、盗まれたことについてなんだけど……うん、さっきも言った通り、盗まれたそのときは、儀式の間には私はいなかったし……何も見てないわよ?」
 嘘を言っているようには見えない。
 けれど、ほんの少し、ほんの少しだけれど、盗まれた話をするときだけ――ヴィーダは、シャナが動揺を隠そうとしているように、そう感じた。
 ――何か隠しているのかもしれない。
 そんなことも頭をよぎるが。
 山を降りる最中も、無事集落に着き、しばらくヴィーダの家で寝食をともにすることになった後も。
 何かを見つけるたびにものめずらしそうに喜ぶシャナを見ていると、それだけでヴィーダは、なぜか満足な気分になれるのだった。

※このリアクションは以下のPCに発行されています。
ヴィーダ・ナ・パリド