川岸満里亜
タウラス・ルワールが原住民との交渉結果の報告に、レイニ・アルザラの執務室を訪れると、そこには先客、オリン・ギフトの姿があった。どうやら、難民達のカルテが出来上がったらしい。
「そう、「構わない」って言ったのね。まずは、その言葉だけもらえれば十分よ。タウラス、偉いっ!」
タウラスの報告を受けたレイニは晴れやかな笑みを見せた。
「よかった、領地って概念なかったみたいね。言質も取れたし……まあ、そんな理屈通じる相手じゃない気もするけど。伐採に関しては、彼等の方面の木々は切らないよう指示を出しておくわね。
会議でどのように報告するかや、今後の交渉に関してはあなたに任せるわ。でも、強い反発が出そうな交渉を行う際には、私や会議を通して」
微笑んで、お疲れ様とタウラスを労うレイニ。
「で、戻ってきたばかりで申し訳ないんだけど」
タウラスは、出発前に、自分を補佐役として使ってくれないかとレイニに申し出ており、レイニはそれに了承していた。
カルテを一枚タウラスの前に出す。マール・ティアウォーターのものだ。半ば強引に診断をし、登録をさせたのだが……。
「何か病気にでも?」
「ううん、そうじゃないんだけど。彼女を寮に入れて欲しいの。いつまでもテント暮らしをさせておくわけにはいかないわ」
「そうですけれど……このカルテを見ると、彼女はもうすぐ15になるようですけれど?」
「15になったからといって、すぐに放り出すようなことはしないわ。15歳になったら、学校に通う義務がなくなるだけ。その後、身寄りのない者については、仕事の斡旋をして、仕事が決まり、生活が安定するまでは、最大3ヶ月間は公的援助をしようと、今オリンと決めたところよ。
見てのとおり、雪が降り始めたわ。恐らく来月はメートル単位で積もるでしょうね。そうなっては、テント暮らしなんて無理。他の木造の家だって倒壊の恐れがあるんじゃないかしら」
レイニは船乗りとして様々な地を見てきた。大陸の北部では、冬の間は、1階は雪に埋もれ、2階から出入りをしている家をよく見かけた。雪の重みで倒壊する家や、雪掻きでの転落事故の話も良く耳にしていた。
無論、食料も採れない。海へ下ることも果たして可能なのか? 川は凍結するだろう。
「私が言っても従わないと思うから……あなたが行って、彼女を説得してほしいの」
そう視線を落として言ったレイニは、娘を陰ながら気遣う母親のような表情をしていた。
この村に、大切な人を失わなかった人などいない。一見気丈なレイニもまた、心に傷を抱えて生きているのだろう。
「……それに、彼女だけに限らず、勝手を許していたら、秩序が全くなくなってしまうわ」
もう一枚カルテをタウラスに差し出す。こちらは白紙だ。
「村外れに住んでいる男を知っているかしら? このカルテは彼の分。住民登録をしない者とは取引はできないわ。今後は品物の安全性、衛生にも気をつかっていかなければならない。……この男にも、村の一員として協力するように要請してほしいの」
村外れの男……シャオ・フェインティンの事だと、タウラスは気付く。タウラスは自分達とは違う方法で道を開ける人物として、彼に一目置いている。
「分かりました。行ってみます」
「ええっと、それから、オリンの言っていた、薬草の採取ね……この辺りにどれだけあるかしら……」
オリン・ギフトは、カルテの提出と共に、必要になると思われる薬草をリストアップし提出していた。
「とりあえず、交渉に向かっていた人達に、採取に行ってもらうわ。他に必要と思われることがあったら、詳細の説明をお願い。私は医療のことはわからないし」
図解されたリストをタウラスに渡し、交渉のない期間、フッツとピスカに採取をさせるよう、彼に指示を出す。
「ここに来る前に村を回ってみたのですが、大雪になるのでしたら、少々建て付けに不安がありますね。ここや、学園と使われている棟の補強、補修を行ってはどうでしょう?」
「そうね、それも早急にやった方がいいわね。オリン。申し訳ないけど、高等クラスの授業に組み込んでおいて。こちらの棟は私達で補強しましょう」
タウラスの提案で住民達による補強が決まる。レイニを含め、公務に携わる人物は利便を考え、この棟に住んでいることが多く、タウラスももう暫らくはここで暮らすことになりそうだ。
一通り、報告等が終わった時。執務室のドアが叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのは、髪や髭が伸び放題の怪しげな男性であった。
「…………誰でも入れるっていうのも問題ね。警備隊が欲しいわ……」
レイニが呟く。
「おやおや、あなたのような、若い女性がこの村を治めているとは意外ですねぇ」
小馬鹿にしたような口調は3人に不快感を与えた。
「どなた? 見たこともないんだけど。原住民でもなさそうだし」
その言葉は訛っておらず、服もかなり擦れているが、原住民のものとは違い、大陸で一般的だった衣服だ。
「私は、ホラロ・エラリデンと言いましてね。あなたに相談があるんですけれどねぇ」
「エラリデン……ホラロ・エラリデン……?」
レイニの表情が変わる。
「あ、二人はもう戻って。私はこの男と少し話をするわ」
タウラスとオリンは退出を命じられる。男に興味はあったが、居座るわけにもいかず、部屋を出る。
「あの男性、どなたかご存知ですか?」
タウラスはオリンに聞いてみる。オリンは眉間に皺を寄せて、考え込んでいた。
「ホラロ・エラリデン……」
その名は聞いたことがある。魔法工学会では有名だった人物の名だ。確か、少女猥褻か何かの罪を重ね、学会から追放されたという曖昧な記憶がある。
「まさか、な……」
「?」
奇妙な男であるが、レイニに危害を加えることは取り敢えずなさそうだということで、二人は自らの職務に動き出す。数少ない成人男性である彼等には、やらねばならぬことが大量にあるのだ。
※このリアクションは以下のPCに発行されています。
タウラス・ルワール
オリン・ギフト