鈴鹿高丸
まるでそれは、神の雄叫びのようだったという。
島のどんな呪術師も、我らも、それを止めるどころか、知ることすらできず。
前触れもなく、為す術もなく。
全ては押し寄せる水の奔流に飲み込まれていった。
だけれども。
ア・クシャスは人の全てを見捨てなかった。
ただひとつ、神を見上げるこの地だけは、その災厄から逃れることができた。
海に沈んだ同胞に悼みを捧げよう。
そして、守り神ア・クシャスに祈りと命を捧げよう。
唯一残ったこの地は、神の許にあり。
ア・クシャスに捧げる次の儀式は、よりいっそうの意味を持つ。
それを為さないでは、この地も滅びる。
為さないわけには。
* * *
集落に現われた老婆は、脇に長身の男を従え、高らかに、歌うようにそう告げた。
その声は老婆とは思えぬほどに大きくよく通り、聞く者の心を揺さぶるような、『力』を持った声だった。
彼女の名は、ケセラ。ケセラ・ア・ロウン。
沈んでしまった外の部族の者たちはその大半が彼女を知らなかったが、『湖の部族』の中に知らぬ者はいなかった。
守り神の山、ア・クシャスのその名、『ア』をミドルネームに持つその老婆は、ア・クシャスを祀る『山の一族』の一人だった。『山の一族』はその誰もが呪術師であり、さらには特異な能力を持つ者もいると言われている。
言われている、というのは彼らが他の部族とも滅多に接触しないからだった。そもそも、姿を見ることすらまれなのだ。
ただ、ケセラを含め数人の者だけは湖の部族と交わりがあった。主に生活用品をそろえるためなどに、月に何度か『湖の部族』を訪れるのだ。
ケセラは中でも、『契りの娘』の世話役をしているということだった。
――契りの儀式。そちらは、『湖の部族』だけではなく全ての者が知っている言葉だった。
二十年に一度、執り行われる儀式。産まれたときより決められた『契りの娘』が二十となるその日に、娘を神に捧げ、神の鎮護と人々の加護を祈祷する儀式。
それは古の昔より途切れることなく続いてきたが、最近はその意義を信じる者も減ってきていた。
だが――そこへきての、大洪水だった。
島のほとんどは突然の大洪水で水没した。だが唯一――先ほどケセラが朗々と謳っていたように、ア・クシャスを中心とした一帯のみが、その難を免れたのだ。ただア・クシャス周辺が他の地より高いところにあっただけではない。それならば、他にも山はあったのだ。
それでも、残ったのはこの一帯のみ。
そうなれば――嫌が応にも、神の加護を感じられずにはいられない。
ア・クシャスのふもとにある湖に住む『湖の部族』の者たち、そしてなんとか水難を逃れ合流した者たちは――かなりの多数が神の加護を信じるようになっていた。
「で、つい先日来られたばかりで珍しいですな、ケセラ様。どうされたのですか?」
ケセラの正面に立つ男が、渋々と、言った様子も隠さず問いかける。かなりの偉丈夫である。背が高いだけでなく、全体的に骨太で、隆々とした筋肉が衣服の上からでも分かるほどだ。どちらかと言えば引き締まった身体つきの多い部族の中ではその見た目だけで異彩を放っていた。
「聞いての通りじゃ。儀式が近いことは知っているな? そこでじゃ……族長であるお主に力を借りたいことがある」
ケセラは今度は微かに聞き取れるかどうかというほどの小さな声で語りかける。
そう、目の前の男――オント・ナ・ウスタは『湖の部族』の族長でもあった。
「――族長であるお主なら知っておろうが……契りの儀式に使う三種の祭具――あれが、消えた。できる限りの人手を使って探して欲しい」
淡々と語るケセラ。だがその内容は深刻なものだった。
半年後に迫っている『契りの儀式』には生贄となる娘だけでなく、儀式を進めるために三種の祭具が使われる。
短刀、鏡、黒石。どれ一つ欠けても儀式は行えない。
さっそく、オントは集落の中で使えそうな者を集め、三つの祭具の見た目をケセラが説明する。
消えた祭具は恐らく盗まれたのだろうという話だった。
しかし、祭具の保管されていた間は結界が張ってあり、ケセラの想像しうる限り、選ばれた者――ケセラと『生贄の娘』以外は入れないはず。
そして、その場所に痕跡等も無かったらしい――
ただ、最大にして唯一の手がかりが一つだけ。
今も無言のまま控える長身痩躯の男――ケセラの息子で、カケイというらしい――が、時にして祭具が無くなったと思われる時間の前後、人影を見たというのだった。
付近は一族以外の人が入り込むことすら滅多にない。カケイは気になり追ったのだが、一族でもさらに能力の高いカケイにして見失ってしまったという。
その後姿は、闇夜にまぎれる為か、漆黒の衣だったらしい。
手がかりは、その男と、祭具の見た目のみ。
ケセラは集まった者たちに、カケイに協力し怪しい者を見つけるために森を捜索して欲しいと伝える。
深い皺が刻まれた表情の読み取りにくいケセラのその顔からも、誰の目にも焦りと苛立ちが感じられた。
まだ、半年あるとは言え――一大事であることには違いなかった。
* * *
その頃、集落のはずれ――『湖の部族』と呼ばれる由来でもある大きな湖――ナ・ウスタ湖のほとり。
その水辺に打ち上げられるようにして、一人の青年が倒れていた。
歳の頃なら、二十歳くらいか。
見つけたのは、部族の娘。水を汲みにきたところだった。
倒れている人影を見つけ、慌てて近寄る。
肩が揺れているところを見ると、かろうじて息があるらしい。だが、かなり深い怪我を負っているようでもあった。
慌てて男手を呼ぼうと集落へ戻る。
青年は、急ぎ医術師の家へと運ばれた。
だが――見知った顔ではない。ぼろぼろになっていてはっきりとはしなかったが、どの部族の物とも知れぬ出で立ちをしている。
明らかに、島の人間ではないようだった――。大洪水の前にも後にも、島の外からの人間など数えるほどしか訪れていない。
さらには――青年の左手は硬く握り締められ、その手の中には――鈍く黒く輝く、大振りな宝石が握り締められていたのだった。
※NPC
●ケセラ・ア・ロウン
年齢:61
性別:女
髪:白髪
瞳:鳶色
『山の一族』の中でも、『契りの娘』の世話役をしている老婆。
『湖の部族』の集落にも時々やってくるので、名前は知られている。
一族の中でも影響力の高い人物で、呪術の腕も相当らしい。
●カケイ・ア・ロウン
年齢:33
性別:男
髪:黒
瞳:黒
ケセラの息子とのこと。
かなり身長が高く、細身だが恐ろしく鍛えている様子。
また呪術の腕も相当で、『山の一族』の中でも護衛・警備のようなことをしているらしい。
祭具捜索の指揮を取る。かなり無口。
●オント・ナ・ウスタ
年齢:37
性別:男
髪:こげ茶・短く刈り上げている
瞳:とび色
『湖の部族』の長。
原住民の中では背も高く、がっしりした体格。
排他的な者が多い原住民の中、おおらかな性格で洪水を逃れた他部族を受け入れている。
どっしりとした親父性質だが、部族全体のために厳しい判断をすることもある。
未だ独身。
※ルール
部族について
原住民を選んだPCは部族の民となります。基本的には『湖の部族』となりますが、洪水で沈んだ部族の生き残りという設定でもかまいません。その場合は部族名を作成し明記をお願いします(『丘の部族』等)。
また、例外的に『山の一族』であることを選ぶことはできません。
呪術について
人々は、生まれながらにして呪術の属性を持っています。属性が火であれば、火を熾したり、消したり。水であれば、水を操ったり、鎮めたり。魔力値により、その規模が決定されます。また、魔力値はあっても、呪術師として習練をしていなければ使うことは困難です。呪術については、自由設定欄で習練経験の有無をご記入ください(記入なしの場合は習練経験無しといたします)。
魔法使用例【属性風】
魔力0 使えない。才能が全くない。
魔力1〜10 軽く操れる程度。殆ど何もできない。
魔力11〜20 自分の近くに風やカマイタチを起こすことができる。
魔力21〜30 かなりの範囲に風を起こし、また風を操り少しの間なら空を飛ぶことも。
魔力31〜40 巨大な竜巻を起こすことさえもできる。
RAリスト(及び条件)
・a1-01:カケイとともに祭具の捜索/怪しい者の捜索に乗り出す
・a1-02:独自に祭具の行方/儀式について調べる(方法を明記)
・a1-03:『ア・クシャス』/山の一族の社に向かってみる
・a1-04:行き倒れの男に話を聞く/関わる
・a1-05:その他、集落内で行動をする
※マスターより
恐らく全ての人にはじめまして、鈴鹿高丸です。
今回、川岸さんと一緒にこの企画を立ち上げ、やっていくことになりました。
これまでに別名でいくつか商業作品のマスターをやっていますが、心機一転この名前で精一杯書かせていただきますのでよろしくお願いします。
さて原住民側の話は、探索・NPCとの係わり合い・謎の解明がメイン……の予定です、今のところは。予定は未定ですが。
ただ、難民との関わりは今後必ず出てくる事項になります。このあたりも睨んで行動する方は、集落内での行動を選び集落の取りまとめなどに向かうのもありかと思います。
それでは、よろしくお願いします。